放課後文芸部
あの春、図書室の窓のそばで
わたしはヒナ先輩に恋をした。文芸誌をめくる横顔、しおりをそっと差し込む指先。それを見ているだけで、胸が痛かった。でも、先輩は知らない。
わたしがどれだけ手紙を書き直したか、
どれだけあの日の返事を待ち続けていたか。
「希」——わたしの名前も、きっともう忘れてしまったよね。
──ラブレター、渡せただけの春──
図書室の窓辺に、あの人はいた。
文芸誌をめくる細い指先。うつむいた横顔。
春の光がカーテン越しに揺れて、先輩の髪に落ちていた。
希は言葉が出せなかった。
心臓の音ばかりが喉を塞いで、息も詰まっていた。
──今日、渡すって決めたのに。
制服のポケットには、震える手で何度も書き直した手紙。
だけど、書けたのは「好きです」だけだった。
図書室の扉を開けると、先輩がふり返った。
「……あれ? 希ちゃん?」
名前を呼ばれただけで、目の奥が熱くなる。
声が震える。言葉にならない。
「あの……」
「……これ…」
たったそれだけ。
封筒をそっと差し出した。
先輩は優しく笑って、「ありがと」って言った。
──それが、最後の言葉だった。
翌日、先輩は転校した。
教室の机に残された紙。転校届けの文字。
返事はなかった。
でも、渡せただけでよかった。
……そう思おうとした。
それから数週間。春が終わる頃、
希は図書室の隅っこで、本を開いていた。
ヒナ先輩がよく読んでいた詩集。
そのページに、ひとつだけしおりを挟んだ。
“また会えたら、もう少しだけ強くなれていますように。”
誰かがそれを見つけるとは思っていなかった。
ただ、自分の気持ちをどこかに残したかっただけ。
本をそっと閉じて、棚に戻す。
その音すら、静かな夕暮れの空気に溶けていく。
それだけで、もう充分だと思った。
それだけで。
……だけど、
希の頬を伝った涙は、ページに触れることなく、静かに床に落ちた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
名前を呼ばれるたびに揺れる想い。
言えなかった「好き」と、渡せただけの手紙。
春の終わりに、ページの隙間に残した、たったひとつの気持ち。
この物語が、あなたの中に
そっとしおりのように残ってくれたら、嬉しいです。




