第八話:見えざる軌道と圧倒的暴力
安宿『とまり木』の変色したカーテンを透かして、朝の陽光が室内に忍び込んでくる。
俺は重たい瞼を持ち上げ、スプリングのへたったベッドから身を起こした。
昨晩のレベルアップに伴う身体の再構築、その反動だろうか。目覚めは驚くほど爽快だった。かつて毎朝感じていた、慢性的な倦怠感は欠片もない。指先の感覚一つとっても、以前とは解像度がまるで違っていた。
隣を見る。
昨晩、俺を抱き枕代わりにして、寝ていたはずの、巨大な銀色の主――フェンの姿がない。
ふと、狭いユニットバスの方から、カチャカチャという硬質な爪音が聞こえた。
俺はあくびを噛み殺しながら、ベッドを降りて洗面所へと向かった。
半開きになったドアの隙間から、中の様子が覗ける。
そこには、狭い空間に身を押し込んだ、巨大な銀狼の後ろ姿があった。
フェンだ。
彼女は器用に後ろ足で立ち上がり、前足を洗面台にかけて、鏡に映る自分の姿を凝視している。
昨日俺が贈った『銀月の首飾り』が、ふさふさとした銀色の胸毛に埋もれながらも、鏡の中でキラリと赤い輝きを放っていた。
『……む、こうか? いや、もう少し顎を上げた方が輝きが増すか……?』
脳内に直接響く念話でブツブツと独り言を呟きながら、首を少し傾けてみたり、鼻先を高く上げてみたりしている。
どうやら、鏡に映る自分の姿――正確には、自慢の銀毛と首飾りのコーディネートを研究しているらしい。
その横顔は真剣そのもので、時折うっとりとした瞳で鏡の中の自分を見つめ、満足げに尻尾を左右に揺らしている。
「……お気に入りみたいで何よりだ」
俺が声をかけると、フェンの背中の毛がバッと逆立ち、肩がビクリと大きく跳ねた。
『お、起きたか! 見、見ておらんな!?』
慌てて振り返るフェン。その勢いで、洗面台の上のコップが落ちそうになるのを、俺はとっさに手を伸ばして受け止めた。
狭い浴室の中で、巨大な狼と密着する形になる。
「ああ、見てない見てない。……ただ、銀色の毛並みに赤がよく似合ってるなと思っただけだよ」
『ふ、ふん! と、当然だ! こ、これは単なる装備の点検だ! ズレていては戦闘に支障が出るからな、念入りに確認していただけだ!』
フェンは早口の念話でまくし立てると、誤魔化すように鼻先で俺を押し退け、浴室から逃げ出した。
ベッドの上に飛び乗ると、気まずそうに前足で顔を隠して丸くなる。だが、その尻尾の先だけは、嬉しさを隠しきれずにパタパタとシーツを叩いていた。
俺は苦笑しながら、洗面台の前に立った。
「はいはい、そういうことにしておこう。……さて、顔を洗って準備するか。今日からが本番だぞ」
『む……わかっておるわ! 早くせよ!』
俺は鏡に向かい、冷たい水で顔を洗った。
水滴のしたたる顔を上げ、鏡の中の自分を見る。
数日前と同じ安物のスーツ。だが、そこに映る男の顔つきは、まるで別人のように変わっていた。
目の下のクマは消え、頬には健康的な血色が戻っている。何より、瞳の奥にある意志の強度が違う。かつて社会の歯車として摩耗しきっていた、死んだ魚のような眼はそこにはない。
レベル99。
その暴力的なまでの数値が、俺の肉体だけでなく、精神の芯までを鋼鉄に変えたのだと実感する。
「……よし」
俺はネクタイを締め、ジャケットを羽織った。
以前なら、このスーツは社畜の拘束衣だった。だが今は、俺という存在を世界から隠蔽するための擬態であり、同時に舐めてかかってくる愚か者をあぶり出すための踏み絵でもある。
振り返ると、フェンがベッドの上で待ち構えていた。
すっかり気を取り直したのか、堂々としたお座りの姿勢でこちらを見下ろしている。
『カズよ、遅いぞ。我はもう待ちくたびれた』
「悪かったな。……行くぞ、フェン」
俺は修復した『亜空の背嚢』を背負った。
羽のように軽い。中には大量の水や食料、そして予備の武器が入っているはずなのに、重さを微塵も感じさせない。
腰には、鞘に収まった『竜殺しのダガー』。
指には『賢者の小指輪』。
装備は万全。体調も絶好調。
『うむ! 存分に暴れさせてもらうぞ。この首飾りの力も試さねばならんからな!』
俺たちは部屋を出て、薄暗い廊下を歩き出した。
カビ臭いホテルの空気さえ、今の俺には新鮮な冒険のプロローグのように感じられた。
◇
青木ヶ原の朝は早い。
宿を出て大通りへ向かうと、そこは既に喧騒に支配されていた。
ダンジョンへ向かう探索者たち、彼らを目当てに客引きをする商人、物資を運ぶトラックの排気ガス。それらが入り混じり、独特の熱気を形成している。
俺たちが通りを歩くと、周囲の視線が突き刺さるのを感じた。
無理もない。
泥一つついていないビジネススーツ姿の男が、見たこともないほど美しい銀色の狼を連れているのだ。
嘲笑、値踏み、あるいは単なる好奇心。
「おい見ろよ、スーツだぜ。観光客か?」
「犬の散歩じゃねえんだぞ、ここは」
「へへ、どうせ浅い層でピクニックして帰ってくるんだろ」
すれ違いざまに投げつけられる、遠慮のない囁き声。
以前の俺なら、それだけで胃が縮み上がり、視線を地面に落としていただろう。他者の評価こそが自分の価値だと、そう思い込まされていたからだ。
だが今は、それらの言葉が意識の表層を滑り落ちていくだけだ。
俺の視界には、彼らの頭上に浮かぶウィンドウが見えている。
『氏名:高梨 ヨシオ ランク:E 状態:二日酔い』
『氏名:斎藤 タカオ ランク:D 状態:金欠、装備劣化』
彼らの技量、装備の質、今の体調までもが手に取るように分かる。
ステータスという絶対的な指標の前では、虚勢もハッタリも通用しない。自分よりも遥かに格下の存在が何を言おうと、気にする価値すらないのだ。
俺は背筋を伸ばし、堂々と歩を進めた。
フェンもまた、周囲の雑魚など眼中にないといった様子で、銀色の狼――まさに王者の風格を漂わせながら俺の横を歩いている。
『カズ、人間どもがジロジロと見てくるぞ。不愉快だ、噛み殺してよいか?』
魔法を使って、フェンが俺の脳内に直接、話しかけてきた。
『ダメに決まってるだろ。ただの注目だ。お前の毛並みが綺麗だから見てるんだよ』
『ほう? ならば仕方あるまい。美しすぎるのも罪なことよのう』
フェンは満更でもなさそうに鼻を鳴らし、その銀色の胸を張って歩き始めた。首元の宝石を見せつけるような仕草がもふもふとして愛らしい。先ほどの鏡の前での一件を思い出して、俺は口元を緩めた。
ダンジョンの入り口であるゲート前広場に到着する。
巨大な洞窟の開口部が、黒い口を開けて待ち構えている。
つい、数日前のことを思い出す。そう、そのときの俺はここへ、高野課長たちの命令で捨てられるために連れてこられた。
あの時は、この黒い穴が地獄の入り口に見えた。入れば二度と戻れない、絶望の顎のように感じられた。
だが、今の俺には、そこが宝の山への入り口にしか見えない。
「入るぞ」
俺とフェンは、青木ヶ原ダンジョンの内部へと足を踏み入れた。
◇
ダンジョン内部の空気は、外とは明らかに異なっていた。
湿度が高く、濃密な魔素を含んだ大気。
肌にまとわりつくような重圧感があったはずだが、レベル99になった俺の肉体は、それを心地よい微風程度にしか感じない。
視界の端には、常に半透明のウィンドウが浮かび、地形情報や魔素濃度をリアルタイムで表示している。
浅い層には目もくれず、俺たちは一気に中層エリアを目指した。
途中、ゴブリンやオークといった雑魚モンスターが現れたが、フェンが軽く威圧を放つだけで、悲鳴を上げて散り散りになって逃げていく。
時間の無駄だ。俺たちが用があるのは、もっと奥。
かつて俺が恐怖し、逃げ惑った、あの中層エリアだ。
一時間ほど歩き、周囲の景色が変わり始める。
岩肌が荒々しくなり、照明代わりの発光苔の光量が落ちていく。
中層エリア。
ここからは、Cランク以上の探索者がパーティを組んでようやく挑める領域だ。
「……ここだな」
俺は足を止めた。
視界には、無数の情報ウィンドウが重なり合うように浮かんでいる。
地形情報、罠の有無、そして敵性存在の気配。
『敵性反応多数:前方200メートル』
『種族:スケルトン・ナイト、スケルトン・アーチャー』
『推奨対処:打撃による粉砕、または魔石の破壊』
カシャン、カシャン。
暗闇の奥から、乾いた金属音が響いてくる。
現れたのは、朽ちた鎧を身にまとい、錆びた剣を手にした骸骨の集団だった。
スケルトン。
アンデッド系のモンスターであり、物理攻撃に対する耐性が高い厄介な敵だ。体をバラバラにしても、周囲の骨を集めて再生する面倒な特性を持っている。
「カズ、骨だぞ。食う所がないではないか」
「文句を言うな。準備運動には丁度いい」
フェンがつまらなそうに欠伸をする。
俺はダガーの柄に手をかけた。
以前なら、この数を相手にするなど自殺行為だった。震える手で剣を構え、死を覚悟しただろう。
だが、今の俺には『視える』。
骸骨たちの胸の奥。肋骨の隙間に、赤く明滅する小さな輝きがある。
【ラベル閲覧】が、その正体を暴露している。
『弱点:呪核』
『状態:露出』
再生を司る核だ。あそこを潰せば、再生することなく土に還る。
俺は地面を蹴った。
――遅い。
それが、加速した世界での最初の感想だった。
俺自身の速度が上がりすぎたせいで、周囲の景色がスローモーションのように感じられる。
スケルトンが剣を振り上げる動作一つ一つが、コマ送りのように緩慢だ。
俺はその懐にするりと入り込み、ダガーを一閃させた。
ヒュンッ。
風を切る音すら置き去りにする速度。
『竜殺しのダガー』の白銀の軌跡が、正確無比に肋骨の隙間を通り抜け、赤い核を貫いた。
パリンッ!
硬質なガラスが割れるような音が響き、スケルトンの動きが停止する。
次の瞬間、骨の体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ち、サラサラと砂になって消えていった。
「……なるほど、これがレベル99の力か」
手応えすら感じなかった。
豆腐に針を通すような容易さ。
俺は次々と襲いかかってくるスケルトンの群れの中を、まるでダンスでも踊るかのように駆け抜けた。
剣を避ける必要すらない。最小限の動きで躱し、すれ違いざまに核を突く。
十体以上いたスケルトンの群れは、一分も経たずにただの骨の山へと変わった。
『ふん、まあまあの身のこなしだ。主にしては上出来ではないか?』
後方でちょこんと座って見ていたフェンが、偉そうに講評をくだす。
『お前に褒められるとは光栄だな。……さて、魔石を回収して先へ進むぞ』
俺たちはさらに奥へと進んだ。
この程度では、俺たちの力試しにもならない。
もっと強い、もっと速い敵が必要だ。
俺の【ラベル閲覧】の真価を発揮できる相手が。
◇
中層エリアの深部。
そこは、複雑に入り組んだ迷路のような地形が広がっていた。
天井が高くなり、巨大な石柱が林立している。物陰が多く、奇襲にはうってつけの場所だ。
俺たちの前方に、数人の探索者パーティの姿が見えた。
四人組。戦士、軽戦士、魔法使い、僧侶。バランスの取れた構成だが、その様子がおかしい。
彼らは円陣を組み、背中を合わせ、必死の形相で周囲を警戒している。
その顔には、隠しようのない恐怖が張り付いていた。
「くそっ、どこだ!? どこから来る!」
「見えない! 速すぎるんだよ!」
「回復が追いつかない……! リーダー、もう撤退しましょう!」
彼らの装備は傷つき、戦士の鎧は鋭利な刃物で切り裂かれたように大きく破損していた。
何かに襲われている。だが、敵の姿が見えない。
空気が切り裂かれる音だけが響き、そのたびに誰かの体から血が噴き出す。
『……カズ、臭うぞ。獣の臭いだ』
フェンが鼻をひくつかせ、低く唸る。
俺は目を細め、空間全体の情報をスキャンした。
ウィンドウが次々と展開される。
『敵性反応:高速移動物体×3』
『推定種族:疾風のワーウルフ(ハイスピード・ワーウルフ)』
『ランク:B』
『状態:狩猟モード、興奮』
ワーウルフ。
人狼と呼ばれる魔獣だが、こいつらはその変異種だ。
風属性の魔力を纏い、音速に近い速度で移動する。並の探索者の動体視力では、その姿を捉えることすら不可能とされる『見えない死神』だ。
ヒュンッ!
風鳴りと共に、戦士の肩から鮮血が噴き出した。
見えない爪が、鎧ごと肉を抉り取ったのだ。
「ぐあぁぁっ!」
「リーダー!?」
どこから攻撃されたのかも分からない。
彼らはパニックに陥り、闇雲に剣を振り回し、魔法を放っている。だが、その攻撃は全て空を切るだけだ。
影のような残像が、石柱の間を縫うように飛び回っている。
「……なるほど、あれがそうか」
俺には見えていた。
通常の視覚ではない。【ラベル閲覧】による情報補正が、奴らの姿を赤く縁取って表示している。
確かに速い。だが、見えないわけではない。
『助けるのか? カズ』
『ああ。まあ、助けるのはついでだ』
俺は足元の小石を拾い、軽く指で弾いた。
コツン、という音が静寂を破る。
「誰だ!?」
探索者たちが一斉にこちらを向く。
俺はゆっくりと彼らの方へ歩み寄った。横には銀色の狼を従えて。
「下がってろ。そいつらの相手は俺たちがする」
「な、なんだお前は!? スーツだと……?」
「バカか! ここをどこだと思ってる! 早く逃げろ、アイツらの攻撃は目には見えねえんだ!」
戦士が血を吐きながら叫ぶ。
親切なことだ。だが、その警告は不要だ。
俺はスーツの襟を直し、フェンに視線を送った。
『フェン、準備はいいか?』
『いつでもよいぞ。……あの程度の犬っころ、我の敵ではないがな』
フェンが身を低くし、臨戦態勢に入る。
その瞬間、敵も標的を変えたらしい。
三つの赤い影が、一斉に俺たちに向かって殺到してくる気配があった。
キィィィィン……!
耳鳴りのような高周波音。
ワーウルフたちが、トップスピードに乗った。
右から一体。左から一体。そして正面から一体。
連携の取れた波状攻撃。
普通の目で見れば、それは不可視の風の刃が迫ってくるようにしか見えないだろう。
だが。
俺の視界の中で、世界が変質した。
【ラベル閲覧・拡張機能:未来予測軌道】
視界に、鮮烈な赤いラインが走った。
それは、ワーウルフたちが『これから通る道』を示している。
地面を蹴る角度、筋肉の収縮率、風の流れ。あらゆる情報を演算し、世界が導き出した確定未来の軌跡。
まるで、ジェットコースターのレールのように、その軌道は俺たちの目の前で交差していた。
見える。
奴らがどこを踏み、どこで跳躍し、どの角度で爪を振り下ろすか。
全てが、事前に書かれた脚本のように視覚化されている。
「……右、仰角30度。距離15メートル。急速に接近中」
俺は短く、無機質なデータを口にした。
それは命令ではない。事実の通達だ。
「フェン、右だ。一歩踏み込んで、首を狙え」
『分かっている!』
俺の言葉が終わるよりも早く、フェンが動いた。
銀色の閃光。
彼女は、何もない空間に向かって跳躍し、その鋭い牙を虚空へと突き立てた。
ガギィッ!!
そこに、まるで自ら当たりに来たかのように、ワーウルフの首が現れた。
フェンの牙は正確にその喉笛を捉え、勢いのままねじ切る。
「ギャッ……!?」
悲鳴を上げる間もなく、一体目のワーウルフが絶命し、地面に転がる。
残る二体が、仲間の死に動揺して軌道を変えようとする。
だが、その『変更しようとした意志』さえも、俺の目には新たな赤いラインとして更新されて映し出される。
「左、ジグザグに来る。フェイントだ。惑わされるな。……直進してくるぞ、タイミングを合わせろ。3、2、1……今!」
俺は指を鳴らした。
フェンはその合図と同時に、その場で回転した。
遠心力を乗せた尻尾の一撃――『鉄尾』が、空間を薙ぎ払う。
ドォォォォン!!
左から迫っていたワーウルフが、まるでホームランを打たれたボールのように吹き飛んだ。
石柱に激突し、ベチャリという不快な音と共に肉塊へと変わる。
「な、なんだありゃ……!?」
「見えてるのか……? あの速度が?」
背後で、探索者たちが呆然と呟く声が聞こえる。
俺は構わずに、最後の一体へと視線を向けた。
正面から来ていた個体。仲間が瞬殺されたことで、恐怖に駆られて急停止しようとしている。
地面を爪で削り、強引にブレーキをかける。
だが、もう遅い。
「逃がすな。……正面、距離8メートル。足が止まった」
『死ね!』
フェンが吠える。
彼女の身体から、銀色の魔力が爆発的に膨れ上がった。
【空間掌握】。
フェンリルとしての固有権能。
彼女は物理的な距離を無視し、空間そのものを圧縮して、一瞬で敵の目の前へと『転移』した。
「ガァッ!!」
銀色の爪が閃く。
五本の斬撃が、残るワーウルフを紙細工のように切り裂いた。
鮮血が舞い、三体目の魔物が音もなく崩れ落ちる。
静寂。
戦闘開始から、わずか十数秒の出来事だった。
Bランクの魔獣、それも速度に特化したワーウルフの群れが、一方的に蹂躙されたのだ。
『ふぅ……。まあ、こんなものか』
フェンが血振るいをして、優雅に着地する。
その銀色の毛並みには、返り血の一滴すら付着していない。首元の『銀月の首飾り』が、守護の結界を展開し、汚れを弾いていたからだ。
彼女は誇らしげに俺の方へ歩み寄ると、尻尾を振って見上げた。
『どうだカズ! 今の動き、完璧であったろう?』
「ああ、完璧だ。俺の指示よりも速かったな。勘が戻ってきたか?」
『ふふん、当然のことよ。我に怖いものなどないわ!』
俺はフェンの頭を撫でてやった。
柔らかい毛並みの感触。
この圧倒的な暴力と、愛らしい感触のギャップ。これが俺の相棒だ。
俺は踵を返し、助けた探索者たちの方を見た。
彼らはまだ、腰を抜かしたまま動けないでいた。
信じられない、という表情で俺とフェンを交互に見ている。
「怪我は? 回復薬くらいならあるが」
俺が声をかけると、リーダー格の戦士がハッと我に返った。
「あ、ああ……いや、大丈夫だ。僧侶がいるからな……。それより、あんた……いや、貴方方は一体……?」
畏怖と尊敬の入り混じった眼差し。
彼らの目には、俺はどう映っているのだろうか。
スーツ姿の不審者か。それとも、絶体絶命の窮地を救った英雄か。
「ただの通りすがりの探索者だ。……礼はいらない。その代わり、この魔石は貰っていくぞ」
俺はワーウルフたちの死体から、手際よく魔石をえぐり出した。
Bランクの魔石。そこそこの値がつくはずだ。
彼らはコクコクと首を縦に振るだけで、反論などできる状態ではなかった。
「行くぞ、フェン」
『うむ。次の獲物を探すのだ!』
俺たちはその場を後にした。
背中で、彼らがざわめく声が聞こえる。
「おい、見たかよ今の……」
「あの銀色の狼……それに、あの指示出し……」
「『銀狼の主』……そう呼ぶにふさわしい強さだったな……」
銀狼の主。
ふん、悪くない響きだ。
俺は口元を少しだけ緩め、暗いダンジョンの奥へと進んでいった。
◇
その後も、俺たちの快進撃は止まらなかった。
出現するモンスターは、全て俺の【ラベル閲覧】によって丸裸にされ、フェンの圧倒的な暴力によって粉砕された。
罠があれば、その構造と解除方法がウィンドウに表示される。
隠し部屋があれば、その入り口がハイライトされる。
迷宮の秘密など、俺の前では無意味だった。
数時間後。
俺の『亜空の背嚢』は、回収した魔石とレア素材でパンパンに膨れ上がっていた。
以前の俺なら、一年かけても稼げないほどの金額が、たった数時間で手に入った計算になる。
『カズ、腹が減ったぞ。もう帰らんか?』
フェンが俺の足元で座り込み、恨めしそうに見上げてくる。
確かに、これ以上の長居は無用だ。アイテムボックスの容量も限界に近いし、何より俺たちの存在が目立ちすぎ始めている。
すれ違う探索者たちが、俺たちを見ては道を開け、ヒソヒソと噂話をしているのが分かる。
「そうだな。今日はこれくらいにしておこう。……いい稼ぎになった」
俺は充実感と共に、帰路についた。
帰り道、再びあのゲート広場を通る。
行きと同じ場所だが、そこを歩く俺の心持ちは、朝とはまるで違っていた。
俺はもう、誰かに怯えて歩く必要はない。
この力があれば、俺は自分の足で、自分の意志で、どこへでも行ける。
俺はフェンの背中を軽く叩き、街の灯りへと向かって歩き出した。




