表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/31

第十七話:コンクリート・ジャングルの支配者

 アビス・タワー、第一階層。

 そこは、俺の知る「ダンジョン」の概念を、物理的な暴力で殴りつけてくるような場所だった。

 青木ヶ原の樹海が、自然の脅威そのものであったとするならば、ここは文明の死骸と自然の暴走が、不格好に抱き合ったまま腐敗したような空間だ。


 かつてオフィスビルだった骨組み。

 その鉄骨の肋骨に、極彩色の蔦が筋肉のように絡みつき、脈動している。

 床を埋め尽くすのは、苔むしたタイルカーペットと、そこから突き出した巨大なシダ植物だ。

 頭上を見上げれば、ひび割れた蛍光灯の列が、まるで深海魚の発光器官のように、頼りない明滅を繰り返している。


「……趣味が悪いな、ここは」


 俺は革靴の裏で、ぬかるんだカーペットを踏みしめた。

 グチャリ、と湿った音が響く。

 長年放置された雑巾のような、カビとホコリ、そして植物の青臭さが混ざった空気が、鼻腔の奥にへばりつく。

 空調は死んでいるはずなのに、どこからか生暖かい風が吹き抜けていく。それはまるで、この巨大な建造物が吐き出す、熱を持った吐息のようだった。


『カズよ。ここはいささか、湿気が多すぎるぞ』


 隣を歩くフェンが、不快そうに身震いをした。

 その銀色の毛並みは、自身の魔力でコーティングされているためか、汚れひとつ付いていない。だが、本人はこのジメジメした空気が気に入らないらしい。

 彼女は頻繁に、前足で鼻先をこすっている。


『それに、匂いが混濁しておる。獣の臭い、草の臭い、そして……あの焦げ付いたような臭いはなんだ? 鼻がバカになりそうじゃ』

「焦げ臭いのは、電子機器がショートしてるんだろ。壁の中に埋まってる配線が、植物の根っこに食い破られてるんだ」


 俺は壁面を指差した。

 そこには、かつてエレベーターホールだったと思われる空間があった。だが、扉はねじ曲がり、その隙間からは太い木の根が溢れ出している。

 根の隙間には、半分だけ原形を留めたコピー機や、ひしゃげたスチールデスクが飲み込まれていた。

 文明の利器が、圧倒的な生命力によって陵辱され、苗床にされている。


 ガサリ。


 前方の茂みが揺れた。

 ただの風ではない。明確な意思を持った動きだ。

 俺の視界に、即座に情報ウィンドウがポップアップする。

 【ラベル閲覧】。

 スキルが発動し、茂みの向こうに潜む「それ」の正体を暴き出す。


『名称:オフィス・ゴブリン』

『ランク:E』

『状態:待ち伏せ、空腹』

『装備:破損したカッターナイフ、丸めた雑誌』


「……オフィス・ゴブリンだと?」


 ふざけた名前だ。

 だが、姿を現したそいつを見て、俺は納得せざるを得なかった。

 茂みから飛び出してきたのは、小柄な緑色の小鬼だ。

 しかし、その格好が異様だった。

 腰には、ボロボロになったスーツのズボンを布切れのように巻き付け、首からは社員証のストラップのようなものをぶら下げている。

 手には、錆びついた大型のカッターナイフが握られていた。


 ギギッ! ギギャッ!


 ゴブリンは耳障りな奇声を上げながら、俺たちに向けて威嚇をしてきた。

 その後ろから、ゾロゾロと仲間たちが現れる。

 全部で六体。

 どいつもこいつも、サラリーマンの成れの果てのような格好をしている。


『なんじゃ、あれは。……人間か? それとも魔物か?』


 フェンが呆れたような声を出す。

 彼女にとっても、この奇妙な魔物は理解の範疇を超えているらしい。


「魔物だよ。この環境に適応して進化した……あるいは、この塔の悪意が産み出した冗談みたいな存在だ」

『ふん。……品がないのう。あのような薄汚い布を巻きおって』


 フェンは興味なさそうに鼻を鳴らすと、あくびをした。

 戦闘態勢にすら入らない。

 Eランクの魔物など、彼女にとっては道端の小石以下だということだ。

 俺も同感だ。

 わざわざ『竜殺しのダガー』を抜くのも面倒くさい。


「フェン、手出しは無用だ。……実験台になってもらう」


 俺は一歩前に出た。

 ゴブリンたちが、獲物を見つけた喜びに顔を歪める。

 彼らは俺を、ただの無防備な人間だと思っているのだろう。

 カッターナイフを振り上げ、一斉に飛びかかってくる。


 俺は動かない。

 ただ、視界の中にある「文字列」を見つめ、意識を集中させる。


 【ラベル書き換え】。


 俺の指先が、虚空にある不可視のキーボードを叩く。

 対象は、先頭を走るゴブリンの足元の地面。

 そこには『材質:フロアマット』というラベルが貼られている。

 俺はそれを、書き換えた。


 『材質:強力粘着シート』


 瞬間。

 ベチャッ!


「ギャッ!?」


 勢いよく踏み込んだゴブリンの足が、地面に吸い付いたように固定された。

 慣性の法則は容赦ない。

 上半身だけが前に進もうとし、下半身はその場に留まる。

 結果、ゴブリンは盛大に前のめりに転倒し、顔面から地面に激突した。

 さらに、その顔も粘着質な床に張り付き、身動きが取れなくなる。


「ギ、ギギッ!?」


 後続のゴブリンたちが、仲間の急な失態に驚き、足を止めようとする。

 だが、遅い。

 俺はすでに、次のラベルを書き換えていた。

 彼らの頭上にある、腐りかけた天井の配管。

 『状態:劣化』というラベルを、『状態:崩落』へと変更する。


 バキバキッ! ドサァッ!


 轟音と共に、天井の一部が抜け落ちた。

 錆びた鉄パイプやコンクリート片が、ゴブリンたちの頭上に雨のように降り注ぐ。

 悲鳴を上げる暇もなかった。

 五体のゴブリンは、一瞬にして瓦礫の下敷きとなり、ピクリとも動かなくなった。


『……相変わらず、地味な戦い方をするのう』


 フェンがジト目で俺を見上げてくる。


『我ならば、爪の一振りで全員の首を飛ばせるぞ?』

「お前の爪だと、魔石ごと粉砕しちゃうだろ。それに、こっちの方が確実だ」


 俺は瓦礫の山に近づき、その隙間から転がり落ちてきた魔石を回収した。

 Eランクの魔石が六個。

 労力に対する対価としては、悪くない。

 何より、自分の手足を使わずに敵を排除できるのは、長期的な探索において大きなアドバンテージになる。

 【ラベル書き換え】のスキルは、MPを消費する。だが、レベル99になった現在の俺のMP総量は、以前とは桁違いだ。この程度の書き換えなら、呼吸をするのと変わらない感覚で行える。


「さて、先へ進むか。……ネットの情報だと、5階層あたりに中継地点があるらしい」

『うむ。……そこには美味いものがあるのか?』

「あるわけないだろ。ただの休憩所だ」

『つまらん。……早くもっと強い獲物を出せ。腹が減ったわ』


 文句を言いながらも、フェンは俺の少し前を歩き、索敵を行ってくれている。

 その尻尾が、左右に揺れているのを見るだけで、この殺伐としたダンジョンが、少しだけ平和な散歩道のように思えてくるから不思議だ。



 3階層に到達した頃、周囲の植生が変化を見せ始めた。

 低層階のオフィス跡地とは異なり、ここは吹き抜けの広大な空間を利用した、立体的なジャングルとなっていた。

 かつてショッピングモールか何かだったのだろうか。

 数階分の高さがある吹き抜けには、巨大な樹木が何本もそびえ立ち、その枝が複雑な足場を形成している。

 エスカレーターは滝のように植物に覆われ、手すりの上を極彩色のトカゲが走り回っている。


「……足場が悪いな」


 俺は慎重に、太い根の上を歩いた。

 一歩踏み外せば、数十メートル下の地面まで真っ逆さまだ。

 もちろん、レベル99の身体能力があれば、着地しても無傷で済むだろう。だが、精神衛生上よろしくない。


『カズ、あれを見ろ』


 フェンが立ち止まり、上空を見上げた。

 彼女の視線の先には、ドローンのような物体が浮遊していた。

 いや、ドローンではない。

 よく見ると、それは巨大な蜂のような昆虫だった。

 金属的な光沢を持つ甲殻に覆われ、腹部からは赤い光が点滅している。


『名称:スカウト・ビー』

『ランク:D』

『特徴:集団行動、警報フェロモンの散布』


「偵察バチか。……見つかると面倒だな」


 あいつに見つかれば、仲間を呼ばれる。

 この足場の悪い場所で、飛行型の魔物の大群に襲われるのは避けたい。

 俺はフェンに合図を送り、物陰に身を隠そうとした。


 その時だ。


「きゃああああああッ!!」


 悲鳴が響いた。

 女性の声だ。

 それも、かなり切羽詰まった、恐怖に染まった声。


 俺とフェンは顔を見合わせた。


『……人間か?』

「みたいだな。方向は……あっちか」


 声の聞こえた方角は、俺たちが進もうとしていたルートの少し先、吹き抜けの中央にある広場のあたりだ。

 俺たちは即座に動き出した。

 隠密行動から、強襲モードへ。

 俺は根の上を蹴り、フェンは枝から枝へと軽やかに跳躍する。


 数秒後、広場の全貌が見えてきた。

 そこは、かつてイベントスペースだったと思われる円形の場所だ。

 その中央に、一人の少女がへたり込んでいた。


 年齢は十代後半だろうか。

 ピンクがかった茶髪をボブカットにし、探索者にしては派手な、フリルのついた軽装鎧を身につけている。

 彼女の周囲には、三台の小型カメラドローンが浮遊し、忙しなく彼女を撮影し続けていた。

 配信者だ。

 東京のダンジョンでは珍しくない、探索の様子を生放送して稼ぐ『動画配信者』というやつだろう。


 だが、今の彼女は、視聴者に愛嬌を振りまく余裕など失っていた。

 彼女を取り囲んでいるのは、十体以上の魔物の群れ。


『名称:ハイ・オーク』

『ランク:C』

『状態:興奮、殺意』

『装備:粗末な鉄斧、革の腰巻き』


 豚の顔を持つ巨漢の戦士たち。

 身長は二メートルを超え、その筋肉は岩のように隆起している。

 彼らは鼻息を荒くし、よだれを垂らしながら、無力な獲物をじりじりと追い詰めていた。

 Cランクの魔物が十体。

 これは、中堅のパーティでも全滅しかねない戦力差だ。


「い、いや……こないで……!」


 少女は涙目で、震える手で杖を構えている。

 だが、魔力切れなのか、杖の先端からは頼りない火花が散るだけだ。

 ドローンが彼女の恐怖に引きつった表情をアップで捉え、空中に投影されたコメント欄が高速で流れていくのが見えた。


『逃げろ!』

『あかん、これ詰んだ』

『誰か救援呼べよ!』

『運営何してんだ!』

『終わったな……』


 無責任な言葉の羅列。

 安全圏から他人の不幸を消費する、現代のコロッセオの観客たち。

 俺は舌打ちをした。

 助ける義理はない。

 だが、目の前で人間が魔物の餌になるのを黙って見ているほど、俺も落ちぶれてはいない。


「フェン」

『うむ。……あの豚ども、臭いのう』


 フェンが低い唸り声を上げる。

 彼女もまた、状況を理解し、戦闘の許可を求めている。


「数は十。……少女には指一本触れさせるな。あとは好きにしろ」

『承知! 久々の運動会じゃ!』


 フェンが跳んだ。

 銀色の流星となって、広場へと急降下する。


 ドォォォォォンッ!!


 着地の衝撃で、広場の床が揺れた。

 突然の乱入者に、オークたちが驚いて動きを止める。

 もうもうと立ち込める粉塵の中から、巨大な銀色の狼が姿を現した。


「グルルルルルゥ……ッ!!」


 フェンが咆哮する。

 それは、ただの獣の吠え声ではない。

 大気を震わせ、生物の本能に直接訴えかける、王者の威圧。

 オークたちが怯み、後ずさる。

 少女もまた、突然現れた怪物に目を見開き、悲鳴すら忘れて固まっていた。


 俺はその隙に、音もなく広場の端に着地した。

 オークたちの注意は完全にフェンに向いている。

 俺は視界を開き、戦場全体を俯瞰する。


 【ラベル閲覧】。


 情報が洪水のように流れ込んでくる。

 俺は素早く、オークたちの頭上に浮かぶラベルを次々とタップし、書き換えていく。


 『装備:鉄の斧』 → 『装備:発泡スチロールの斧』

 『敏捷性:C』 → 『敏捷性:E(泥酔状態)』

 『連携:B』 → 『連携:F(仲間割れ)』


 そして世界の法則が、局所的に書き換わる。


「ブモォッ!?」


 先頭のオークが、フェンに向かって斧を振り下ろした。

 だが、その一撃はあまりにも軽く、そして遅かった。

 フェンが避けるまでもない。

 斧はフェンの鼻先に当たる直前で、パコンッという間の抜けた音を立てて砕け散った。

 発泡スチロールだから当然だ。


「ブッ!?」


 オークが自分の武器を見て、マヌケな顔をする。

 その隙を、フェンが見逃すはずがない。


『遅い! そして脆い!』


 フェンの前足が閃く。

 鋭い爪が、オークの巨体を軽々と弾き飛ばした。

 数メートル吹っ飛び、壁に激突して動かなくなるオーク。


 残りのオークたちが激昂し、一斉に襲いかかろうとする。

 だが、彼らの足取りはおかしい。

 まるで千鳥足のようにふらつき、お互いにぶつかり合っている。


「ブゴッ! ブモッ!」

「グギッ!?」


 一人が転び、それに巻き込まれて二人目が倒れる。

 後ろから来た奴が、前の奴の背中に斧を叩きつける。

 現場は一瞬にして、コントのような泥仕合と化した。


 少女は、ポカンと口を開けてその光景を見ていた。

 ドローンのカメラも、状況が理解できずに右往左往している。

 コメント欄が加速する。


『は?』

『何が起きてるんだw』

『オーク弱すぎね?』

『あの犬、強くね!?』

『斧が壊れたぞww』


 混乱する戦場の中、フェンだけが水を得た魚のように暴れ回っていた。

 彼女は、まるでボール遊びでもするかのように、オークたちを次々と跳ね飛ばしていく。

 噛み砕くことすらしない。

 ただの前足のビンタだけで、Cランクの魔物がゴミのように宙を舞う。


『弱い! 弱すぎるぞ! 張り合いがないわ!』


 フェンが楽しそうに叫ぶ。

 俺はため息をつきながら、戦場の隅で傍観していた。

 ラベルの書き換えが効きすぎたかもしれない。

 これでは戦闘訓練にもならないな。


 わずか一分足らず。

 十体のハイ・オークは、すべて地面に伸びていた。

 死んではいないが、気絶しているか、戦意を喪失して震えている。

 完全なる制圧。


 フェンは満足げに鼻を鳴らし、最後の一体を踏みつけて勝利のポーズを決めた。

 そして、俺の方を振り向き、尻尾をブンブンと振った。


『どうじゃカズ! 我の華麗なる勝利は!』

「はいはい、お疲れ様。……派手にやりすぎだ」


 俺は苦笑しながら、フェンに歩み寄った。

 その時、背後から声がかかった。


「あ、あの……ッ!」


 少女だ。

 彼女は杖を杖代わりにして、よろよろと立ち上がっていた。

 その瞳は、涙と驚愕と、そして微かな希望で揺れている。


「た、助けてくれて、ありがとうございます……! もうダメかと……」


 彼女は深々と頭を下げた。

 その拍子に、周囲のドローンが一斉に俺たちの方へレンズを向けた。


『うわ、イケメンきた』

『スーツ? サラリーマンか?』

『あの犬の飼い主?』

『なんでスーツでダンジョンにいんだよw』

『すげえ、オークを瞬殺したぞ』


 空中に浮かぶコメント欄が、俺の姿を品定めするように流れていく。

 俺は眉をひそめた。

 目立ちたくはない。

 特に、こんな得体の知れない配信のネタにされるのは御免だ。


「……礼には及ばない。通りがかっただけだ」


 俺は短く告げると、踵を返した。


「行くぞ、フェン」

『うむ。ここは騒がしい。……あの空飛ぶ虫も、ブンブンとうるさいしな』


 フェンが虫と呼ぶ、ドローンを睨みつけると、ドローンたちは怯えたように高度を上げた。


「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 少女が呼び止める。

 俺は立ち止まらずに背中で聞いた。


「お礼をさせてください! それに、お名前を……! あんな強いわんちゃん、見たことありません! もしかして、有名なランカーの方ですか!?」


 わんちゃん。

 フェンの耳がピクリと動いた。

 彼女が「犬扱い」に腹を立てて振り返ろうとするのを、俺は目線で制した。


「……名乗るほどの者じゃない」


 俺はそれだけ言い残し、植物の茂みへと足を踏み入れた。

 フェンも俺に従い、少女とカメラに一瞥もくれずに闇へと消えていく。


「あ……」


 少女の声が遠ざかる。

 俺たちは、再び静寂なジャングルへと戻った。



 少し離れた場所まで移動してから、俺は大きく息を吐いた。


「……面倒なことになったな」

『なぜじゃ? 人間を助けたのじゃぞ? 褒められこそすれ、面倒なことはあるまい』


 フェンが不思議そうに首を傾げる。

 彼女には、現代社会の「拡散」という概念が理解できていない。


「あのカメラだ。……今の映像、生中継されてたんだぞ。俺たちの顔も、お前の戦いぶりも、全部世界中に流れたってことだ」

『ほう? 世界中に? ……ということは、我が美しい姿が、世の中に知れ渡ったということか!』


 フェンは目を輝かせ、胸を張った。


『よいことではないか! 我を崇める下僕が増えるかもしれんぞ!』

「……お前なあ。有名になれば、それだけ厄介事も増えるんだよ。変な奴が絡んできたり、組織に勧誘されたり……」


 俺は頭を抱えた。

 平穏に、自由に最強を目指す。

 それが俺のモットーだったはずだ。

 だが、今の出来事で、その計画に狂いが生じる可能性が出てきた。


「まあ、顔は遠目だったし、名前も言ってない。……なんとかなるか」


 楽観的に考えることにした。

 東京のダンジョンには、奇抜な格好をした探索者は山ほどいる。

 スーツ姿の男と犬のコンビなんて、すぐに忘れ去られるだろう。

 ……そう願いたい。


「気を取り直して進むぞ。5階層までは一気に行く」

『うむ! 次こそは歯ごたえのある獲物を頼むぞ! 発泡スチロールはもう飽きた!』


 俺たちは再び歩き出した。

 目指すは下層への階段。

 だが、俺の予感通り、この塔はそう簡単に俺たちを通してはくれなかった。


 4階層。

 そこは、「書類の沼地」と呼ばれるエリアだった。

 床一面に、泥のように溶けた紙屑が広がり、足を取られる悪路。

 その沼の中から、触手のように伸びてくるインクの塊。


『名称:インク・スライム』

『ランク:D』

『特徴:物理攻撃無効、装備を汚す』


「うわ、最悪だ。……スーツが汚れる」


 俺は眉を寄せた。

 物理攻撃が効かないスライム相手に、ダガーは意味をなさない。

 フェンも、自分の毛並みが汚れるのを嫌がって、遠巻きに吠えているだけだ。


『カズ! なんとかせよ! あの黒い液体、臭いぞ!』

「分かってるよ。……ラベル編集」


 俺はスライムの核となる部分にラベルを見つけた。


 『属性:液体』。


 俺はそれを書き換える。


 『属性:固体(乾燥)』。


 ジュワッ!


 水分を失ったスライムは、一瞬にして乾いた粉末となり、サラサラと崩れ落ちた。

 ただの黒い砂の山ができあがる。


「……掃除機があれば吸えるのにな」

『ほう! 見事じゃ! さすが我が契約者!』


 フェンが尻尾を振って褒めてくれる。

 俺たちは、粉になった元スライムを踏み越えて進んだ。


 そして、ついに5階層への階段が見えてきた時だった。

 階段の前に、巨大な影が立ちはだかっていた。


 これまでの雑魚とは、明らかに格が違う気配。

 そいつは、かつて受付カウンターだった場所を玉座のようにして座っていた。

 身長は三メートル近い。

 全身を、硬質な樹皮と、コンクリート片で鎧のように覆った巨人。

 その顔には、目も鼻もなく、ただ巨大な裂け目のような口だけがあった。


『名称:ゲートキーパー(門番樹)』

『ランク:B』

『状態:覚醒、排除モード』

『スキル:根の拘束、酸の吐息』


 Bランク。

 中層クラスの魔物が、こんな浅い階層にいるとは。


「……フェン。出番だぞ」

『うむ。……やっと、少しはマシなのが出たようじゃな』


 フェンが身を低くし、喉の奥で唸りを上げる。

 門番樹がゆっくりと立ち上がり、その裂け目のような口から、シューシューという不気味な呼吸音を漏らした。


 さあ、第1ラウンドのボス戦だ。

 俺はダガーを抜き、軽く手の中で回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*
 ▼ 同じ作者の小説です ▼
 ご興味をお持ちいただければ幸いです♪
。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*

【悪役令嬢/もふもふ/スローライフ】
追放令嬢が拾った伝説の魔獣は、食いしん坊な黒猫でした。 ~「不敬だぞ!」と怒る最強魔獣を、ご飯とブラッシングで完全攻略しました~


*:・゜✧ ブックマークや評価、いつも励みになっています ✧・゜:*
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ