第四十五話 星の定め
「……。K、名前を聴いたら怒るかい?君の名前、生来持っている名前、それを聴いたら君は怒るかい?」
「……。私の名前を知ったとしても、何かが変わるとは思えないのだけれど。」
「それでも良い、友柄の名前を知りたい、ただそれだけの好奇心だから。」
何日か経って、シードルは相変わらず毎日の様にやってくる、このあたりで鍛錬をしているから、その休憩とサボタージュの為だ、と言っていたけれど、私が毎日鍛錬場に出ている事を知っていて、そして尚且つ私がそろそろ一日の鍛錬を終えようという時間帯に現れるものだから、本当に星の標でもあるのではないだろうか、と疑っている部分がある。
「……。リリエル、それが私の名前よ。フルネームなんて答えようものなら、師匠に殺されても仕方がないもの、それで許して頂戴。」
「リリエル、素敵な名前だ。……。ねえリリエル、僕達は友柄だよね。」
「……。友だなんて、必要のない事柄だと思っていたけれど、そうね。私達は友達と言えるのかもしれないわね。」
「うん、きっとそうだ、僕達は友柄、友達だ。だから……。だからこそ、師匠はそう言ったんだろうね。」
「そう言った?」
シードルと星を眺めながら、シードルの言葉の意味を考える、シードルの師匠が何かを言っていたんだろうか、それとも、私の師匠と繋がりがあって、という話なのだろうか。
何を言って、どんな事をシードルが言われたのか、それに関しては熟考しなければならない気がする、と思った時、気配がした。
「……、師匠?それに、もう一人誰かが……。」
「K、お前は本当に俺の思った通りの弟子だったな。」
「……?」
「そいつを殺せ、殺し合え、残った方が暗殺者として生きる、殺された側の師匠、つまり俺達のどっちかってのも、その場で殺し合う、それが、俺とモンドの約定だ。昔馴染みってのはな、つまるとこそーいうこったな。」
「シードル、てめぇが死のうがなんだろうが構わねぇけどな、Aの弟子に負けたなんざ言われたら、てめぇの命はねぇと思えよ?」
師匠ともう一人、師匠と同じ様な身長で、師匠が肉付きが良いのに対して、すらっと細身な短髪の男性、この男性がシードルの言った「絶殺のモンド」だろう。
殺し合え、そう言った、確かに師匠はそう言った、私はまだ、人を殺した事がない、私はまだ、その手を汚した事がない。
でも、それを言っていられるのも今の今までだったんだろう、師匠の言う事は絶対だ、それはシードルも私も、変わらない認識だと思っている、師匠同士が殺し合い、そして弟子同士が殺し合う、ある意味そんな凄惨な終わり方をしなければならない、とは思えなかった。
「……。シードル、貴方は知っていたの?」
「知っていたと言えば嘘になる、知らなかったと言えば偽りになる、そう言う事だよ、K。星の標があった、僕はそれに従った、それが定めだと知っていたから、それに従った。……。君と殺し合いをする、なんていう標までは見えなかった、でも、なんとなくそんな気はしていた、暗殺者の弟子である以上、その存在を知っている人間は消さないといけない、師匠同士が旧知の仲だったとして、その二人もいつかは殺し合わなければならない、それを僕は知っていた、だから、遅かれ早かれ、こうなっていたんだと思う。」
「……。それが、友柄だったとしても?」
シードルが私から離れたと思ったら、懐からナイフを取り出して、それを構える。
師匠の言う事は絶対、そして、ここで殺さなければ、私は復讐を遂げる事は出来ない。
答えは一つ、わかり切っている事だ。
「……。」
「それで良い、それで良いんだよ、K。」
ホルスターに入れていたナイフを取り出す、これを握るのは初めてではない、ダミー人形がズタボロになるまで、これを握り続けたのだから、感覚はわかっている。
ただ、それを生身の人間にする、と言うのが、どうしたって実感が湧かない、どうして、私とシードルが殺し合わなければならないのだろうか、一瞬だけ、それが頭をよぎる。
ただ、師匠の言う事、命令は絶対、これが最終試練なのだ、これが、私が暗殺者として、復讐者として生きるに値するか、それともここでのたれ死んで終わりの人生なのか、その明暗を分ける、ただそれだけの事だ。
私はしぬわけにはいかない、私は生き抜いて、復讐を遂げなければならない、私は、ここで死んでしまったら、今までの五年間を無駄にする事になる。
「……。」
「……。」
お互い、言葉はいらない、もう、わかり切った事だ。
言葉は憐憫に、憐憫は怯えに、怯えは躊躇いになる、だから、言葉はいらない。
一瞬だ、一撃だ、一撃必殺、それをしなければ、私は生き残れない。
「……!」
「貪る流星……。」
シードルが動いた、私に突撃をしてきた、そしてそれは、私の一挙手一投足よりも、少しだけ遅かった。
貪る流星、師匠から教わった確殺の技、腹を掻き切って、そのナイフを首までもっていき、喉笛を千切って敵の息の根を止める技。
「……。」
「これで……、良いんだ、ね……、リリ……、エル……。」
「……。」
これで良い、貪る流星を受けて、今際の言葉を発する気力がある事に驚いたけれど、これで良いんだ。
私は生きなければならない、私は生きて、復讐を遂げなければならない、だから、これで良い。
「K、終わったか?」
「師匠……。」
「ふむ、お前の面、その眼、暗殺者として相応しくなってきたな、それで良い、この死体を片付けたら、戻るぞ。」
「はい。」
師匠とモンドの戦い、も一瞬でケリが着いた様子だった、師匠が値に濡れたナイフを持っていて、モンドが倒れている、だから、私達が勝って生き残る事になった、それが正解だろう。
これで良い、これで良い、これで良い。
そう思うしかなかった、私もそうだった、シードルがモンドの弟子だと明かした時から、心のどこかでそれを感じ取っていた、心のどこかで、シードルか私か、どちらかしか生き残れないと理解していた。
そして、私には果たすべき復讐がある、果たさなければならない、どんな屈辱や凌辱の末でも、生き残って果たさなければならない復讐がある、だから、これで良いんだ。
「……。」
そろそろミルギールに到着する、東の街は意外な事にも、今日は雪が降っていない、冬の最中だから、吹雪になっていてもおかしくはなかったはずだけれど、機関車の窓からは、雪が降っている様子は伺えない。
「……。」
あの日、シードルを殺したあの日、師匠がモンドという旧知の仲の暗殺者と袂を別ったあの日、私は、暗殺者として生きていく事が決まった、と感じた。
私の中で決定事項になった、という話でもあって、師匠とモンドとの取り決めの中での話として、私が暗殺者になる事が決まった、という話でもあった、師匠はモンドと旧知の仲ではあったけれど、結局、暗殺者と暗殺者は共存が出来ない、いつの日か、私も師匠と対峙する日が来る、師匠と袂を別って、師匠に殺されるか師匠を殺すか、その選択をしなければならない日が来る、それはある意味での絶対的な宿命だ。
暗殺者は暗殺者として、自分の存在を知っている人間を放置しておけない、放置していたら、それは暗殺者として綻びを産む事になる、さらに言えば、アジトを知られている以上、それは敵対者として認識されても不思議ではない。
現在の私のアジトが、師匠が買った一軒家であるのと同時に、私が放逐された時に師匠のアジトを特定していた事、それに関してばれていたら、私と師匠は敵対関係にならざるを得ない、そういうものだ。
「……。」
そうなった場合、私は容赦なく、何も感じることなく、師匠と敵対するだろう、そういうものだ、そういう風に育てられたのだから、その確証はある。
友柄であったシードル、一か月と少ししか関わらなかったシードルでさえ、何も感じずに手に掛けたのだから、世話になった師匠とはいえ、私の目的に反するのであれば、殺す事に何の躊躇いもないだろう。
たとえそれが誰であったとしても、たとえそれがアルビアやゴランだったとしても、私は障害になると感じたら殺める事に躊躇いはない、躊躇は、死の道を行く事になるだけだ、躊躇いや戸惑い、迷いは、あれああるだけ死に近づくだけ、だからないと断言できなければ、私は生き残れない。
だから、誰であったとしても、それがかつて、幸せを祈った相手だったとしても、恋をした相手だったとしても、友柄だったとしても、師匠だったとしても、それは変わらない、私は、私の目的を遂行するために、私は、私の復讐を遂げる為に、誰であろうと容赦はしない。
「……。」
あと一時間もすればミルギールに到着する、Hに報告をして、依頼者からベンの振り込みをしてもらって、それで私の仕事は一旦お終いだ。
後はカンパニーとして、隠れ蓑として動くだけ、暫くは暗殺の仕事はないはずだ、アルマノの軍関係者、に関しては、後釜が育ち切っていない程度には殺してきた、そうHが言っていた、師匠もそうだけれど、私と師匠とがブッキングせずに殺して回っていて、後は残り何人か、しか幹部は残されていないはずだ。
という事は、もう少ししたら、施政者たる大統領に刃が届く日が来るのかもしれない、その日が来たら、師匠とは争奪戦になる、施政者を暗殺するだけの依頼、をする莫大な財産が動くのだから、それは当たり前だろう。
私は誰にも容赦しない、誰にも、誰であったとしても、それを超えられるわけにはいかない、私は、自分自身の手で復讐を遂げると誓ったのだから。




