第四十一話 脱走
「ふぅ……。」
師匠との鍛錬、貪る流星を、人形相手に練習して、ゴムナイフはもう何本目か、ボロボロになって、それだけは師匠が新しくくれて、それを繰り返しているうちに、私はいつの間にか十二歳になってから半年が経とうとしてた。
子宮摘出、を医者にされてから、私は色々と諦めがついた、気がする、こうして生きていくしか道は残されてない、って言うのを改めて自覚して、私は復讐の為に牙を研ぐ獣になった、って師匠は言っていた、そういう目をしてるんだって。
ただ、他の四人は期待出来ない、とも師匠は言ってた、M,T、E,Lの四人は、師匠が怖くて従ってるだけ、恐怖心からそれに従ってるだけだから、一人前になる事はないだろう、って。
それに、四人が鍛錬中に何かを相談してるところは見かけた、なんて言っていたか、脱走がどうのって言っていた気がする。
そんな事をしたって、私達に行き場も生きる道もない、数年前に私達の痕跡は消された、殆どの人間が、それに殆どの記録から、私達の情報は消えた、師匠の言葉だ。
だから、私達が今更誰かに助けを求めたとしても、師匠にとって都合が悪い存在、として消されるだけ、それを私は理解していた、ただ、それを四人に話す程親切な人間でもない、お節介焼きでもない、そう言う事を言ったとしても、彼らは覚悟を決めないんだと思う。
「……。」
大人と同じ大きさの人形の、下腹部にゴムナイフを刺して、それを上に立てて首を掻き切る、その動作をずっと反復してやっているうちに、私はだいぶん体力もついてきた。
そもそもが村娘、遊ぶのなら外で遊ぶが当たり前だったから、街の子達よりは体力はある方だったんだろうけど、それでも、貪る流星、って言う技術を鍛錬できるくらいには、体力は増加してた。
「あ、K……。」
「T,どうしたの?」
「えっと……、その……。……。うちら、逃げる……、から。Kは、ここに残るんしょ?だから、うちらの事、見逃してほしい、って……。」
「……。私は何かを言うべきじゃないんだと思う、T達がどんな選択をしたとしても、それを咎めるべきじゃないし、賛同するべきでもない。私は師匠について行く、それを選んだ、だから、T達がどういう結果を選んだとしても、私は何も言えないよ。」
鍛錬の合間、今日は師匠は出かけてて、Tが鍛錬場に出てきた、と思ったら、何度か小耳にはさんだ、脱走計画を実行するみたいだ。
って言っても、私にはどうしようもない、止める事も出来なければ、手を貸す事も出来ない、今の私には、師匠の技術が必要だ、だから、私はここを離れるつもりはない。
「そっか……。じゃあ、K、元気でね。うちは……、うちの名前は……、タロントン、だから……。」
「きっと、元気でね、タロントン。」
「じゃあ、行くね。」
T、初めて名前を聞いたT、タロントンは、私に背を向けて、他の三人と一緒に鍛錬場を離れて何処かに行く、今は夏の時期で、雪解けはしてるから、ある程度寒い格好でも死ぬことはないんだろう、私は今の薄手の恰好で冬を過ごせ、って言われても平気だけど、あの子達は辛そうだったから、それで良いんだと思う。
ただ、責任はとれない、どうなったとしても、師匠が追っ手を放って、四人を消したとしても、それはおかしくはない出来事だ、だから、「そうなった場合」私は生き延びて、あの子達は死ぬ、って言う事になる。
皮肉な話だとは思う、私はそれを知ってて黙ってた、あの子達がここを出ていって生き残れる可能性と、ここに残って生き残れる可能性、を考えた時、ここに残った方が生存率は高いと思う、ただ、それでも選んだ道であるのなら、私には止められない、止めようがない、そもそも、私とあの子達じゃ、目的が違いすぎるんだ。
「……、もう一回。」
私は何も知らない、私は何も見てない、私は何も干渉してない。
それで良いんだ、それで良い、きっとそれしか方法がない、私が生きていく為にも、私が目的を果たす為に、復讐を遂げる為にも、そうするしかない。
何度も何度も、貪る流星を繰り返して練習する、まだ生身の人に、本物のナイフでした事はない、その時には覚悟が鈍ってしまう事があるのかもしれない、その時には、私も怖がるのかもしれない、ただ、その時がいつ来ても良い様に、その時に死なない様に、私は鍛錬をし続ける。
「……。」
少佐が基地の中で孤立するのを待って、かれこれ二日が経った、少佐という階級の人間が孤立して独りでいる、という場面が先に来るか、それとも私が星の力を使って、存在の不証明を発動して暗殺を試みるか、そこに関してはまだ熟考中だ、ただ、それをしなければならない日が近いうちに来る、とは考えていた。
「……。」
干し肉を齧って、水を一口飲んで、思い出す。
T、タロントン達が出ていったあの日、師匠は外に出ていた、暗殺に赴いていたのか、それとも情報屋の所に言っていたのか、そこの詳細を私は知らなかったけれど、確かに師匠は出かけていた。
ただ、師匠の行動は早かった、何処かで監視されていたのか、それとも探知機の類をつけられていたのか、はたまた腕利きの情報屋がバックにいたのか、そこに関しては推測でしかない、師匠も、弟子だったとしても全ての手の内を明かすタイプではなかった、だから私は師匠がどうやってタロントン達の行方を掴んだのかに関しては知らない、ただ、彼女達は、脱走してすぐに粛清された、それだけは知っている。
彼女達、不幸な少年少女達、暗殺者に誘拐されて、生きた痕跡を消されて、そして粛清されていった四人の少年少女達、別段何か感情が湧くわけではないけれど、しかし、一歩違ったら、残っていたのがTか誰かで、死んでいたのが私だったのかもしれない、私とアルビア、或いはゴランの立場が逆転していたかもしれない、そう考えると、残ったのが私で良かった、と心底感じる。
彼らは、優しすぎた、甘すぎた、弱すぎた。
貪る流星、という基本技の一つ体得できず、師匠に怯えて生きていて、師匠に言われたから、師匠に逆らうのが恐ろしいから、という理由で従っていた彼らは、弱すぎた、こうして暗殺任務に赴いたとしても、何も出来ずに返り討ち、が関の山だろう。
アルビアが私の立ち位置になったとしたら、そもそもそこまで生き残っていない、子宮摘出をした時点で、いや、師匠に凌辱をされた時点で、死んでいただろう、自死を選んでいただろう、それだけ、アルビアにとっては、幸せな嫁になるという夢は焦がれている事柄だと私は認識していた、それを出来ないと知った時点で、アルビアは死んでいただろう。
ならばゴランがそうだったら、そもそもゴランは軍に入りたいと言っていた口だ、だから、軍に入隊して、諜報員として粛清をしていたかもしれない、暗殺者としてではなく、軍人として、軍に反する者に対する粛清者になっていたかもしれない、ただ、ゴランが人を殺められる精神性をしているとは思わない、思えない、想像が出来ない、どんな未来を辿ったとしても、ゴランが人を殺めるという未来が、想像出来なかった。
彼は心底優しい子だった、七歳で死んでいなかったら、ツァギールに殺されていなかったら、今頃私は彼と一緒に居ただろう、彼と引き離される事を嫌がっていただろう、それ位、ゴランの事が好きだった、その感情は、今でも忘れない。
「……。」
ならば、シードルの事はどうだろうか、別の暗殺者の弟子だったシードルは、ライバルとして、友として生きていきたいと言っていたシードルは、どうだろうか。
あれは、十四歳の夏の頃の話、私が十四歳、シードルが十二歳、何の因果か、私が暗殺の鍛錬をしている途中に、シードルに出会った、そして彼は言っていた、師匠以外の暗殺者に育てられていて、そろそろ実戦に出るのだ、と。
あの頃、私もそろそろ一人前として、現場に出る事になりそうな空気ではあった、そんな時に出会ったシードルは、私を友だといった、私を、仲間だと、友達だと言ってくれた。
ただ、そんなシードルとの別れは突然だった。
「……。」
あの夏の頃、懐かしい記憶。
追想に浸ってしまいそうになる、だから、今は考えない、思い出してはいけない。
星を眺めたくなる様な、そしてそれを見たくない様な、そんな感情。
「……。」
今は集中するべき事がある、私の悪い癖だ、思考に囚われてしまうのは。
今は陸軍の少佐が孤立するのを待たなければならない、その時の為に、刹那のチャンスを掴みとる為に、集中しなけれないけない。




