第三十九話 壊れた人形
「K、お前は残れ。」
「はい。」
初めてを奪われてから、処女って言う純潔を奪われてから、どれくらいが経ったんだろう。
修行、鍛錬、って言って、師匠に殴られたり、ご飯を食べさせてもらえなかったり、そう言う日々、他の四人は、心が壊れちゃったのか、師匠の言葉だけを聴く操り人形になった、私もそう、もうすぐ十歳になる、はずなんだけど、まだまだ子供でいたかったはずの私は、殺しの技をずっと叩き込まれてた。
「師匠、何ですか?」
「ん?いつも通り、っちゃいつも通りだ。それと、一つお前に話しておこうと思ってな。」「お話ですか?」
「お前が世話になってた基地の大尉だったか?あの大尉は死んだ、って言うよりは、俺が殺してきた。なんせ、お前を引き取った何て事がばれちまったら、俺の信用問題に関わるんでな。お前からしたら、帰る場所をなくした、なんて事になるのか?ま、お前に帰る場所ざいらねぇ、お前は俺の言う事だけを聞いてりゃいいんだ。」
「……、はい。」
「じゃあ、脱げ。」
「はい。」
脱げ、そう言われたら素直に脱ぐ、どうせ抵抗したって師匠には力では勝てない、だから、洋服を無駄に破かれるだけ、だから、師匠に従ってた方が楽だ。
犯されながら、大尉の顔を思い出そうとする、二年間って言っても、何度か顔を合わせただけ、時々、私が知らない言葉を聞きに行って、それに答えてもらって、私が知識を得る事に対して、満足そうにしていた覚えがある、そんな人。
殺された、師匠が殺した、師匠に殺された、それも当然だろう、師匠は表むきは軍関係の弾圧を目的として動いてる、時々誰かからの依頼で動いて、って言うのは、これから先私達もそうするから、って言う理由で聞いた事があった。
ただ、その現実は違う、軍の反乱分子を殺して回るんじゃなくて、師匠はベンを受け取って依頼を受けてるだけ、師匠にとっては、ベンが全て、だから、どんな殺しの依頼でも受ける、表向きはそうじゃないって言う風にしておかないと、軍に目を付けられたり、粛清されたりするから、って言う理由でそうしてるだけで、実情はそうだ。
こうして私達みたいな子供を誘拐して、勝手に鍛錬を積ませて、っていう事をするのも、初めてじゃなかったらしい、ただ、皆死んじゃった、皆途中で死んだり、殺されたりしたんだって。
「気持ちいいか?」
「はい……。」
感情って言うのを忘れて、どれくらいになるだろうか。
私は、十歳になった誕生日を祝うでもなく、冬が来てからずっと、アジトと修錬場の森を行ったり来たりしてた、それ以外、季節を感じる事が無ければ、人生が進んだことを感じる事もない。
ただ、師匠の奴隷として、師匠の手ごまとして生きていく、それ以外に私に道は残されてない、ただ、それ以外に生きる道がない、私には、それしか残ってない。
他の子供達だってそうだ、皆、生きていた痕跡を消されて、生きていた証を消されて、そしてここにいる、ここにいる事を、誰も知らない、誰も知り得ない、誰も気づかない、私達は、消えてしまった者達だから。
師匠が執拗に私達の痕跡を消して回ってる事は知ってた、さすがに私のいた村に行って、なんて事まではしなかったけど、でも他の四人の家族は殺されたって言ってた、師匠が殺した、師匠の手先、同じ仕事をしてる人達が殺して回ったんだって。
だから、大尉が殺されたって言っても、私の感情は動かない、私は何も感じない、私にとって、それは小さな事なんだと思う。
じゃあ、なんで今私は生きてるのか、どうして死んでないのか、何か目的があるんだろうか、って言われると、ある。
「……。」
師匠が満足するまで犯されて、シャワーを浴びてお股を綺麗にしながら、私は生きる意味を探した、それで、辿り着いた。
私の生きる意味は、復讐。
私は、私から奪った人達を許さない、私から全てを奪った敵国ベイルの軍人、前線基地ビーネルにいたアルマノの軍人、その施政者である大統領、ゴランを殺したツァギール、そして……。
私は、神様がいるんだとしたら、それはあの時「ツァギールをいじってた何か」なんだと思った、私にとって形の見える神様、お父さん達が信仰していた山の神様じゃない何か、人の頭をかちゃかちゃといじくって、まるで運命を書き換えてる様にも見えた、あの神様。
私に取っての最終目標、私にとっての最終手段、神への復讐、それを終わらせるまでは、私は死ぬつもりにはなれなかった、どれだけ師匠からの凌辱が辛くても、どれだけ鍛錬がしんどくても、私は死ぬわけにはいかない、と思った。
私は私の生きる意味を知った、私は私が生かされた理由を知った、そう言う事なんだと思う。
きっと、ゴランが私を見たら、アルビアが私を見たら、お父さん達が私を見たら、村の生き残りの人達が私を見たら、きっと、化け物って言うんだろう、人殺しの鍛錬をして、暗殺者の弟子として生きて、復讐の為に命を掛けていく、なんていう事を言ったら、きっと怪物を見てる様な目で見られるんだろう、伝説に出てくるような怪物、化け物、そういうものに見えちゃうんだろう。
でもそれでも構わない、それでもいい、私は、それでもそう生きていくって誓った、私から奪った人達に復讐する、私から何もかもを奪った神に復讐をする。
それで良い、それで良いんだ、きっと、それが正しいんだ。
だから私は生き残った、だから私は今も生きてる、それで良いんだ。
「着いたわね。」
北の都市アンドルに到着した頃、外は真っ暗になっていた、街灯が灯す灯りだけが目印で、そしてその街灯にも雪が積もっていて、今は吹雪になっていて、視界が不良だ。
ただ、それは私にとっては都合が良い、視界不良な方が、気配を殺すのが楽だ、気配を殺す、それこそ、星の力を行使して「私という存在の不証明」をするという事は出来る、私という存在を誰にも認知されなくなる、一時的にではあるけれど、ある意味この世界から消えて、存在の不証明をする事は出来る、ただ、それには労力を要する、それをし続ける為には、体力を消耗する。
だから、出来る限りは普通の人間として出来る範囲でやっている、それは、手の内を明かさない為、でもあった。
誰かから認知されなくなる、という事は、逆に捉えると「存在を認知できない存在がいる事の証明」をされてしまった時に、私の事がばれてしまう、それでなくとも、星の力という不可思議な力を扱っている事に関しては、師匠にさえ黙っている、師匠さえ知らない力、それが私の行使している星の力だ。
ストールを顔に巻いて、吹雪の中を北に向かう、今回は軍の少佐がターゲットだ、だから、軍の基地の外側から攻めて、ターゲットの気の緩みを捉えなければならない。
「……。」
そう言えば、あの頃の大尉の事を少しだけ思い出す。
顔も覚えていない、声も覚えていない、ただ、学んだ事は覚えていた、コラテラルダメージ、所謂政治的に「仕方のない犠牲」という事柄に関して学んだ事、ビーネルが破壊されたのは、その仕方のない犠牲だ、と言っていた事、私の住んでいた村が壊滅したのは、コラテラルダメージだと言っていた事、それだけは覚えていた。
だから、大尉が殺されたのも仕方がない事、外部の弾圧者を使って、軍に反する存在を消そうとした結果、自分が消されているのだから、笑えないと言うべきか、世話はないと言うべきか。
吹雪はすぐに私の体にまとわりつく、凍えそうな見た目をしている、女性なんだから、子宮を冷たくすると子供を授かりにくくなる、とアルミニアには言われていた、ただ、彼女には、私が子宮摘出の手術を受けた事を話していない、だからアルミニアはそれを知りようがない。
子宮を摘出したのが十二歳の頃、それ以来、生理が来ないという利便性はあれど、私は当たり前の幸せを取り戻す最後の術を失った、という喪失感はあった。
子供を授かって、母として生きていく、それが女としての幸せだ、アルミニアはそう言っていた、ただ、子宮摘出手術が一般的な手術でない以上、私はその言葉を咎められなかった。
私には子供を授かる機構が残っていない、そのことを知っているのは、今では師匠と、手術に立ち会った闇医者だけだろう。
カルテが残っているのだとしたら、の話だけれど、ああいった手合いがカルテを残しているとも思えない、だから、闇医者の記憶から消えていた場合、知っているのは私と師匠だけだ。
「……。」
それで良い、子宮摘出など、一般化する必要はない、子供を授かりたい、それは女にとっては当たり前の感情で、子孫繁栄という意味合いでは、生物として至極全うな話だ。
私がそこから外れているだけ、私がそこに居られなかっただけで、全ての人間がそうなる必要はない、私は子供を授かりたいと思った事がなければ、結婚願望があるわけでもない、だから構わないけれど、もし万が一、それをしてしまった後にそれを望む事になったら、そう考えた時、哀しくならなくもない。
「……。」
シードルが生きていたら、私は彼との子供を望んでいたんだろうか。
シードル、私より二つ下だと言っていた彼が、今生きていたとしたら、そろそろ学生を終えて、世間に旅立っていく年齢だっただろう。
「……。」
今はその是非を問う時間ではない、私は、集中してアンドル北の基地へと向かう、それだけだ。




