第三十五話 すえた匂いのベッド
「ふぁ……。」
干し肉を一枚食べ終わって、なんだか疲れた気がする、食べ物を食べて疲れるってどういう事?って聞かれたらそうなんだけど、疲れた気がするから、部屋のベッドに潜って、目をつむる。
「……。」
すえた匂い、これは慣れないといけない匂い、そう考えながら、同じくすえた匂いのするベッドで、ちょっと寒いって言うか、テントで過ごしてた頃に比べれば暖かいんだけど、暖房が無いから寒い部屋で目を閉じて、眠ろうとする。
凍える程じゃない、テントで毛布にくるまって、って言う事をしてた頃に比べれば、暖かすぎる位に暖かい場所だ、ただ、家絵にいた頃、基地にいた頃に比べると、寒い、そんな部屋で寝ようとしてる、それが不思議な感覚だ。
すえた匂いは慣れない、って言っても、二年前に同じ匂いを体からしてたんだから、ある程度は慣れてるはずだと思う、テントに住んでた頃、何か月かお風呂に入らなかった時期があった、その時期には、同じ匂いが体からしてた、って大尉さんが言ってた、だから、私にとって、この匂いは別段って言うか、まったく縁のない匂いじゃないはずだ。
ただ、体臭って言うのは自分ではわからない、体臭は自分が纏ってる匂いだから、誰かに指摘されないとわからない、って言うのはあるって誰かが言ってた、だから、このすえた匂いが、私の体臭と同じだったのか、それとも似てるけど違う匂いなのか、についてはわからない。
「私はK,私はK……。」
自分の名前、リリエルって言う名前じゃなくて、車の中で師匠につけられた名前、それを反芻して、馴染ませようとする。
これから先、リリエルを名乗っちゃいけない気がした、リリエルって言う名前は、捨て去らないといけない名前なんだ、って言う気がした。
だから、Kって言う名前が自分の名前だ、って認識できるように、すぐに反応できる様に、と思って反芻する。
「私は……。」
私は、それで良いんだろうか。
ここまで来てしり込みしてるだとか、そう言う事でもない、私にはこの道しか遺されてないことくらいわかってた、ただ、それでも、それでよかったのか、って言う考えは残る。
ゴランが私の結論を聞いたら、アリィが私の結論を聴いたら、お父さん達が私の結論を聞いたら、きっと叱るんだろう、きっと、怒るんだろう。
それはそうだ、人殺しになる道、なんて選んだ子供が怒られない訳がない、お父さん達はちゃんとしてる人達だから、それに対して怒らないわけがない、ゴランだって、軍に入りたいとは言ってたけど、人を殺すって言う事に関しては考えてなかった、そこまでは考えてなかった、軍が何の為にあって、銃が何の為に開発されて、って言う事については、ゴランは一回も言った事はなかった。
だから、きっと怒るんだと思う、アリィだって、あたしの為に人殺しなんて、って言うのかもしれない、基地に疎開してから二年間で、だいぶん会話もなくなっちゃった、話す事もなくなっちゃったアリィだけど、私達はきっと、ずっと友達なんだから。
だから私はこの道を選んだ、って言っても、アリィの為に犠牲になるつもりはないし、アリィが幸せであってほしいって願う事と、今こうして軍の反乱分子を殺すって言う人の所に来て、これから人殺しの鍛錬をする事、が繋がるのかって言われたらわからない、もしかしたら、私とアリィは一緒に村に戻るべきだったのかもしれない、村に戻って、アリィのお父さん達と一緒に暮らして、アリィが幸せなお嫁さんになるのを横で見て、私はお父さんの跡を継ぐ、って言う道があったのかもしれない。
ただ、それを選ぶことは出来なかった、村に私の居場所は残ってない、それを理解してるから、わかってるから、だから、私はここにいるんだ。
「……。」
これで良い、これで良いんだ。
きっと、これしか道は残されてなくて、これしか生きる道は残されてなくて、これしいか……。
涙は出ない、涙は流さない、それは意味がない、だから、私は泣かない。
泣いたって、誰かが助けてくれる訳じゃない、泣いたって、何かが好転するわけでもない、泣いたって、誰かが抱きしめてくれる訳でもない。
だから、これで良い、これで良いんだ。
これで良い、これで良い、これで……。
「……。」
機関車を待ちながら、真冬の気温がマイナスになっている中、軽装な私をみて、驚いている老人が目の前を過ぎていく。
確かに私は軽装だ、タイトなミニスカートにタイツ、上着はひざ丈のトレンチコートを着ているといっても、雪国でするような恰好ではないのだろうし、この街からしたら、その格好をするのは夏場位のもの、夏場の少し暖かくなってきた頃、にこの格好でいるのならわかるけれど、真冬でこの服装をしている、と言うのは、些か好奇の目で見られる原因にはなり得るだろう。
ただ、それで良いと思っていた、若干浮く程度の恰好をしていた方が、目撃されたとしても暗殺者だとは勘づかれにくくなる、怪しさ、という意味合いでは怪しいのだろうけれど、事暗殺という行為に関しては、監視網を抜けやすい、目撃をされてしまったら一目でわかってしまう格好、詰まる所、目撃された瞬間に終わり、なのだけれど、しかしそれはないと思っていた、私は、自画自賛をするわけではないけれど、師匠以上に気配を殺すのが得意だった、まるで、世界から認識されなくなるとでも言えば良いのだろうか、そう言った感覚まであった、だから、私が暗殺者として本気を出している間は、誰かにばれる事はない。
ただ、それも目撃者がいるかいないか、によって条件は変わってくるだろう、例えば、施政者を殺すに至っては、施政者が誰かに監視されて続けていたり、警護をつけ続けている以上は、私が世界に認識されないだけの、気配を遮断する能力を持っていても意味がない、それは、実際にいなくなっている訳ではなく、認識されづらくなっている、という意味合いだからだ。
認識されない、世界に取っていない存在として扱われるだけの気配遮断能力、があるといっても、それは監視カメラに映らないという理由にはならない、試した事はないけれど、それが出来るかどうかについては不明瞭だ。
そもそも、それが出来る理由、星の力の一部だと私が認識している能力、についても、まだまだ熟考が足りていない状態だ、まだまだ、私は私自身の力の根源を、理解していない、そう私は認識している。
私が持っている力、星の力と勝手に呼んでいるだけの力、ある意味、試した範囲であれば、気を操る力とでも言えば良いのだろうか、アコニートという、柄だけの刀に刃を生やしたり、それの形状を変化させたり、それを気弾という、刃の弾丸として射出出来る力、身体能力を引き上げて、世界や人間に対する認識を書き換える力、その力の根源、その力の大元、について私は知らない、使えると認識してるから使っている訳だけれど、その理由を知らない、それは危うい、とも思っていた。
理由も根源も、在り方も知らない力を行使している、それを危ういと感じていた、師匠すら知らない、私はこの力の事を師匠にすら伝えていない、だから、他に担い手がいるのかどうか、そもそも星の力という呼称は正しいのか、それすらわかっていない、ただ何となく、星の力と呼んでいるだけなのだから。
「お嬢ちゃん、寒くないのかい?」
「えぇ、慣れているから。」
「そうかい。」
ふと考え事をしていると、別の機関車から降りてきた老婆が、声をかけてきた。
暖かい飲み物を、と言おうとしたのかもしれない、私を心配して声を掛けただけかもしれない、ただ、私にとっては、すべての人間は警戒対象だ。
それが人畜無害そうな老婆だったとしても、それは変わらない、それだけは変わらない、怯えではない、正しく警戒をしろ、それが師匠からの言いつけだった。
「お嬢ちゃんはこの街に住んでるのかい?見ない顔だとは思うんだけれどねぇ。」
「えぇ、街はずれで貿易商をしているわ。ここからだと、タクシーで一時間半と言った所かしら、街はずれだから、貴女が知らなくても当たり前かもしれないわね。」
「そうかいそうかい、貿易商さんかい。若いってのに、偉いんだねぇ。それじゃ、婆は人を待たせてるから、お嬢ちゃん、良き旅をねぇ。」
「えぇ、ありがとう。」
旅の無事を祈られた、ただそれだけなのだけれど、私からしたら、それは警戒するに値する事柄だ。
もしもこの老婆が政府側の諜報員で、という話だった場合、私の動向を確認している、という事に他ならない、そうなった場合、立ち去った老婆は敵だ。
敵に容赦するな、敵を慮るな、敵を想うな、それは師匠から死ぬほど叩き込まれた事だ。
だから、ではないのかもしれないけれど、私は躊躇しない、敵だと認識した場合、全てを殺める、全ての敵を殺めて、そして私は死んでいく、ただそれだけだ。




