第三十一話 基地を出て。
「乗れ。」
「はい。」
誰にも会わないまま基地の外に出て、秘密基地から出て来たみたいに、夜月明かりだけが照らすなかを歩いて、車に乗せられる。
車はジープって言う種類だと思う、四人乗りで、後ろに荷台があって、少し縦長な子で、だから、軍用車とはまた違う種類だけど、ジープって言われる種類の車だ、とはすぐにわかった。
その後部座席に乗って、師匠さんが運転席に乗って、エンジンをかけて、基地を離れる。
雪が積もってるから、タイヤの跡が残りそうな気もするけど、でも、明日の朝雪が降ったら、きっと私達が何処からきて、何処に向かっていくのか、それもわからなくなるんだろうな、とは思う、そんな気がした、私が軍の反乱分子を排除する暗殺者になるのなら、痕跡を残しちゃいけないんだろう、それこそ、さっき師匠さんが言ってた「アキレス腱」になるんだろうから。
「お前、人を殺した事はあるか?」
「え……?」
「簡単な話だ、お前の目を見りゃわかる、お前はこっち側の人間だろうってな。殺した事があるかどうか、に関してはただの興味だ。お前の目、俺の同業と同じ目なんだよ、人を殺すべくして生まれた目、そういう星の元に生まれた、なんて話があったんだかなかったんだか、俺は信仰ってのはないクチだ、そんな人間、殺したところで一銭にもならんからな。」
「じゃあ、私は……。」
人殺しの目をしてる、って言われても、私は人を殺した事がない、師匠さんと同業って言う事は、人を殺す事を仕事にしてる人、その人と同じ目をしてる、って言われても、私は人殺しじゃない、これから先、その為に鍛錬をするんだろうけど、まだそんな事をした事も、考えた事も……。
違う、考えた事はある、ずっと、心の中にしまってた、心の中で、一緒になっちゃいけないから、って言う理由で閉じ込めていた感情、それが、人を殺したいっていう感情だ。
所謂「復讐」って呼ばれる類の事、ツァギールを殺して、ゴランの敵を討ちたい、って思ってた、ずっとずっと、二年間ずっと、それは私の心の中を、蛇みたいに締め付けてきてた、ツァギールをどう殺して、ツァギールにどうやって「報い」を受けさせて、それに、ベイルって言う国から撃たれた、あの爆撃をした人達、戦闘機のパイロット、それに、戦争を仕掛けた人達、その人達が、私の居場所を奪った、奪われたから、私は奪いかえさなきゃならない、そうずっと思ってた。
それを「人殺しの目」をしてる、って言われたら、確かにそうなのかもしれない。
「にしても、あの大尉も酷な事ををしやがるな。俺がガキが必要だ、って言ったらてめぇの軍から排出するでもなく、てめぇの基地に疎開してただけのガキにそれを担わせるんだからよ、あの大尉も、それなりに人でなし、ってこったな。ま、俺が言えた義理じゃねぇが。」
「そう、なんですか……?」
「そりゃそうだろうに、ちと考えればわかる事だろ?お前みたいな戦争孤児ってのは、何時だって利用される側、搾取される側の人間だ、戦争で親類縁者がいなくなったから、って言ってな、俺達にとっても、あいつらにとっても、情報が漏れにくい、ってのは基本中の基本だからな。実際、ベイルが仕掛けた侵略戦争だ、ってのも、嘘だぞ?お前達がどう話を聞いてて、どう納得したのか、なんてのは俺は知らん、ただ、この戦争自体は、アルマノが資源の為にベイルに仕掛けた戦争だ。」
「え……?でも、大尉さんは……。」
「そりゃ、てめぇらが仕掛けた戦争だ、なんて言えねぇだろうよ。てめぇらの都合、てめぇらの意思決定で戦争をおっぱじめといて、それを敵国の都合にするなんざ、戦場じゃ当たり前だ。己の部下、軍の下っ端の連中は、それにすら気づかねぇ木偶の坊だってこったな。お前ものその一人、騙されてただけの無辜な一般人、ってやつか?でも、お前はもうこっち側の人間だ、どうしようもねぇ、お前って言う人間は、どうしようもなくこっち側の人間なんだよ。」
なら、軍を信じて戦った人達は、どうすれば報われるんだろう?
私達の国が戦争を仕掛けて、それに対してベイルが反撃してるのなら、悪いのはアルマノ、私達の国だ。
敵国、ベイルはただ応戦をしてるだけ、ただ、報復をしてるだけ、師匠さんの言葉が正しいのなら、そういう事になる。
じゃあ、それが本当なのか、今日あったばっかりの人を信じて、二年間関わりがあった大尉さんの言葉を疑って、それが正しいのかどうかもわからない、ただ、それが本当なんだとしたら、納得出来る所はある。
だって、ベイルが侵略戦争を仕掛けてくる理由、については誰も言ってなかった、津、ぁぎーるの伯母さんも、大尉さんも、ベイルが侵略戦争を仕掛けてきた、だから応戦をしている、って言う事だけ言って、どうして侵略を仕掛けてきたのかを言ってない、誰も、何も。
師匠さんが言った言葉、資源の為の侵略戦争、って言う言葉、それを鵜呑みにするわけじゃないけど、村には食料が少なかった、村は食料がぎりぎりで、芋とかの根菜を普段から食べてたけど、それでも、村の少量事情って言うのは、ぎりぎりだってお父さんがいつだったか言ってた。
それが国全体で言える事なら、その理屈は通る、って言うよりも、ベイルがアルマノを侵略する理由、って言うのが、見当たらない。
「カカカ、疑心暗鬼になってるな?それで良い、俺の言葉も、誰の言葉も信じるな、それが暗殺者としての、第一の心構えってやつだ。誰かを信じる事をしない、金でやり取りした情報を信頼する、それを元に行動する、それが俺達暗殺者ってもんだ。信頼できるのは金で取引した情報だけ、それ以外を信じるなんてのは、馬鹿のやる事だ。K、お前が一人前の暗殺者になるか、それとも途中で野垂れ死ぬか、ってのは俺にはわからん事だがな、一つ覚えておけ。誰かを信頼、なんてした瞬間、それはお前にとって弱点になる。あの大尉が、安易にも俺に近づいてきた事が、弱点になるみてぇにな。」
「弱点……。」
「ま、何を信じて何を疑うのか、については自分で考えるこったな、ガキっつっても、其れくらいの頭があって貰わねぇと困る。」
「えっと……。」
自分で考える、自分で答えを出す誰を信じて、誰を疑うべきなのか、誰の言葉に従って、誰の言葉に反抗するべきなのか、そう言う事を、私は自分で考えないといけないんだと思う、師匠さんは、そう言ってるんだろうって。
「そう言えば……。」
ベンの振込先があるという事は、師匠は生きているという証左にもなるけれど、放逐されて以降、ベンのやり取りを銀行で済ませてしまっているから、師匠に会っていない。
あの日、私を基地から連れ出したの日、あの日から、地獄は始まった、私以外にも四人の孤児がいた、私を含めて五人の孤児が、師匠の元で生活する事になって、そして修行をつけられるようになった。
結果として、ほかの四人は死んでしまった、凍死したり、弾丸に撃たれて死んだり、師匠が近接戦闘のさじ加減を間違えて殺してしまったり、そんな死を迎えた四人の子供達がいた、私が生き残ったのは、偏に星の力を持っていたから、だろう。
「……。」
人を殺すという事に縁遠かった頃に言われた、人殺しの目をしている、という話、あれに関して、あの後師匠から何か言及される事はなかった、だから、あの言葉の真意のほどはわからない、ただ、私は心の中で、何処かで人を殺す覚悟をしていた、殺意が目に宿っていた、という意味で言われたのであれば、それは間違いではなかったのだろう。
ツァギールを、爆撃を行ったベイルの軍人を、そしてベイルの施政者に対する報復を、それを心に秘め続けた結果、それが私の瞳に宿った殺意、だったのだろう。
今でもそれは変わらない、と言うべきか、隠す事は出来る様になったけれど、でもそれに関しては変わらない、私は心底人殺しで、暗殺者という仕事が似合っている、と自分でも思ってしまう、星の力という特異な力を行使しているから、妖刀アコニートと私が名付けた、気を練って操る刀を扱えるからだとか、そう言った諸々の理由はあれど、そもそもの精神性として、暗殺者稼業があっている、性に合っていると言うのには少々物騒すぎるけれど、しかし性に合っている、それが私にとっての暗殺者稼業だ。
それを師匠が見抜いていた結果、だったのであったとしても、大尉がそれに気づいていた結果だったのか、それともまったく違う目論みの結果だったのか、どちらだったとしても、私はそう言う星の元に生まれた、という事になるのだろう、それ位、私にとって、暗殺をすると言うのは生物が生きていくのに呼吸をして、人間という種が酸素を必要としている、という当たり前すぎる現実と同じ程度には、当たり前の事だった。
そう仕向けられた、と言えばそうなのかもしれない、六年間を修行という名の拷問の中で過ごして、その結果今の考えが構築されたのだとしたら、それは師匠に歪められた結果だろう、ただ、それだけでは説明できない程度の適正、それが私にはあった。
「星の力……。」
私がそう呼称しているだけで、正式な名称が何なのかもわかっていない、そして、他にその使い手、担い手がいるのかどうかもわからない、そんな力、それを扱えたのが幸か不幸か、私は身体能力がずば抜けて高かった、性格に言えば「伸び代」が高かった。
ただの村娘だった頃、そして基地で過ごした二年間、運動や鍛錬と言うのにはまったく無関係だった私が、暗殺者の師匠に拾われてすぐに、才能を開花させて、一年間を過ごした結果、私は秘めていた才能を開花させた、師匠ですら知らなかった、師匠の中でも予想外だった結果、私が星の力を無意識に行使した結果、私の身体能力は、単純に言えば師匠を超えているのだろう。
ただ、経験値として圧倒的に足りていない、師匠に追いつこうと思っている訳でもないけれど、師匠を超えるのには、圧倒的に経験値が足りていない、そう感じる。
それが単純な身体能力としては超えている、という事実があるだけで、経験としてはまだまだ私は若い、足りていない、だから、師匠を超える為には、そしてアルマノの施政者を討つ為には、神に復讐をする為には、さらなる実戦経験が必要だろう、私はそう考えていた。




