第二十九話 提案
「ふー……。」
雪が解けて、また雪が積もって、また溶けて、また積もって。
暦を数えていると、そろそろ私は九歳になるらしい。
って言っても、戦時中で誰かがお祝いしてくれるわけでもない、昔みたいに、プレゼントをくれる人もいない、アリィも、私の誕生日なんて忘れちゃってるみたいで、もう何も言ってこない。
まるで、私って言う存在は透明人間になったみたいな、アリィとは一緒の部屋で過ごしてるけど、殆ど喋らなくなった、アリィは未だにフラフラと基地の中を探検してる、私はそろそろこの部屋においてある本の三分の一を読み終わる位には、本を読み続けてた。
ツァギールの伯母さんも、ずっと戦時中なのが辛いのか、どうしてなのかはしらないけど 、最近は喋らなくなった、誰かと話をする機会、それがどんどんなくなって、私は言葉を忘れちゃったみたいに、喋らなくなった。
「……。」
ゴランの事は今でも覚えてる、ツァギールの事も、両親の事も覚えてる、ただ、遠い昔の話にも思えちゃう、お父さんがしてた、昔話の出来事みたいに、私の中で、遠い出来事になってる。
「コースト君、大尉殿がお呼びだ。」
「……、はい。」
部屋のドアがノックされたと思ったら、顔に傷のある軍人さんが声をかけてきて、私は久しぶりに言葉を話した、大尉さんに呼ばれる事なんて今までなかった、大尉さんがこの部屋に来る事も、もう殆ど無かったから、大尉さんと会うのも、かれこれ一年以上ぶりだ。
「大尉殿、入出許可を。」
「入りたまえ。」
「……、お久しぶりです、大尉さん。」
大尉さんの執務室に入って、何の用事なのかなって少し考える。
ここに来た頃は、たまに顔を出してくれていたり、私の方から顔を出したりしていたけど、めっきり一年位会わない間に、大尉さんは顔のしわが少し濃くなってる気がする。
「リリエル君、ここを出る気はないかね?」
「え……?」
「いや、言葉足らずだったな。……。私の為に、一つ任務をこなして欲しい、交換条件として、私に出来る限りの事はしよう、そう言った類の話だ。」
唐突な言葉、ここを出て行ってほしいじゃなくて、ここを出る気はないか、って言う事は、私に選択権がある事、なんだと思う。
でも、大尉さんの言葉の真意がわからなかった、ここを出て、任務をこなすって言う事は、軍に入るって事になるのかもしれない、でも、私は銃を扱った事も無ければ、格闘戦が出来る訳でもない、ツァギールの伯母さんみたいに、軍のお世話をする人、になるのならわかる話だけど、それならここを出て任務に就く、っていうのは違うと思うし。
「えっと……。」
「ここだけの話、所謂機密情報だという事については、リリエル君はわかってくれるだろう、あれだけの書籍を読んで、それが理解できない程、君は阿呆ではないと思っているからね。実は、とある組織が、後進育成をと言っていてね、その組織に、君を抜擢したいのだよ。反乱異分子の排除、それを主たる任務とした、そうだな……。人を殺める事だ。」
「人を、殺める……。」
「その代わり、私に出来る事であれば何か一つ叶えよう、そう言えば、君達の暮らしていた村は、復興を終わらせたな。アルビア君をあの村に還すでも良し、この話を無かった事にして、君も共に帰るもよし、それに関しては君に選択権を与えよう。……。人を殺める事の意味、の是非については問うてくれるな、我々は、どうしてもベイルに勝たなければならない、その為には必要な、所謂コラテラルダメージだ。君がここにきて初めて私に問うた言葉、その意味を君自身が体現する事になる、と言い換えても良いのかもしれないな。」
村に戻る事、それを望んでいるかどうか、って聞かれてるんだと思う、でも、私は村に戻ろうとは思わなかった、村に戻ったとしても、私の居場所はない、アリィは両親が生きているから、まだ居場所があるのかもしれないけれど、私には居場所はない、両親も、親戚もいない、ゴランもいない、アリィとはずっと話もしてない、だから、私に居場所はない。
帰ったとしても、意味がない、でも、ここに居続ける事も出来ないんだと思う、だから大尉さんはこうして私に話を持ち掛けてきたんだと思う、そうじゃなかったら、九歳になったばかりの子供に、人殺しの任務なんて提案するはずがないから。
選択権はある様でない、あったとしても、それを私は選べない。
「怖い、のかな。人を殺すって、命を奪うって、怖い事なんじゃないのかな。」
「……。それでもやらねばならぬ大義があるのだ。大義とは、そう言った犠牲のもとにあるものなのだよ。」
「……。」
考える、これからの事を。
反乱異分子の排除、って言う事は、軍に従わない人達、軍に逆らう人達を殺すって言う事だ、それを私が出来るのか、そもそもしてしまって良いのか。
お父さんが話してた、人を殺すって言う事は、殺されても文句を言わない、いう権利がなくなる事なんだって。
なら、私が誰かを殺したら、私は誰かに殺されたとしても、文句を言えなくなる、って言う事なんだと思う
怖い、のかな。
怖いと思う、人を殺す、命を奪うなんて事をしてしまったら、私は私じゃなくなっちゃう気がする、私、リリエルアステリアコーストって言う人間は、そうじゃなくなっちゃう気がする。
今でもそうなのに、これ以上別の人になっちゃったら、私はどうすればいいんだろう、私が私じゃなくなっちゃったら、ゴランの事を、お父さんの事を、お母さんの事を、誰が覚えていられるんだろう。
「どうかね?君にとってはどちらでもいい選択肢ではあると思うが。」
「……。アリィを、村に帰してあげられるんですよね?私がそれをうんって言ったら、アリィは無事に村に戻れるんですよね?お父さんとお母さんと、アリィは一緒に居られるんですよね?」
「そういう事になるか、君の望みがアルビア君を村に帰す事であれば、それは叶うだろう、向こうも、それだけの受け入れ体制は整っているという話だからね。」
アリィとはお別れになるんだと思う、なんとなくそんな気がするって言うだけだけど、アリィとはもう二度と会えなくなる、そんな気がする。
でも、アリィを村に帰してあげたい、友達として、居場所があるのなら、そこにいるのが一番だと思うから。
私には村に居場所が無いって言うだけで、アリィにとっては、村は大切な居場所、それを奪っても意味はないし、この半年位喋ってなかったとしても、アリィは友達だ、大切な人だ、だから、戻れる場所があるのなら、戻るべきだと思う。
その結果、私は命を奪う事になったとしても、私が、誰かを殺す事になったんだとしても、アリィが居場所に戻れるのなら、それをする意味もあるのかもしれない。
「……。わかりました、引き受けます。」
「……。そうか。では、手配をする時間が必要だな。半日ほど、別室で待機をしていてほしい、この話は、軍の中でも私以上の階級の人間しか知らない事なのでな、万が一にでも漏れてしまったら、それは私以下数名の責任問題になってしまう。」
「わかりました。」
これで良い、きっと、これで良い。
私が村に戻れなくなったとしても、コラテラルダメージとして死んだとしても、誰かを殺したとしても、それで良いんだ。
残された希望、って言うのかな、アリィが村に戻って、幸せなお嫁さんになってくれる事、それだけが叶えば、私はそれで良い。
私は、村とは決別をしないといけないんだと思う、だから、お父さん達もゴランも死んじゃったんだろう、って。
「……。」
次の暗殺に向かう道中、の前に、地域の名産品の情報を、その地方のカタログを入手して眺める。
何も暗殺だけしていればいいだけではない、ダミーとはいえ、貿易会社の社長として、貿易商として、最低限の事はしなければならない。
それを会社の人間に任せていない理由、については、表向きは拘りが強いから、という事にしてある、表向きは、私が貿易商として会社を立ち上げてから、信念をもって経営をしているから、という話にしてある。
実際は暗殺のカモフラージュ、そこにいても良い理由、そこにいて問題ない理由を求めた結果でしかないのだけれど、しかし、私は思った以上にこの仕事に愛着があった。
施政者に復讐をして、神に復讐をして、それでこの人生はお終いだとは思っている、思ってはいるけれど、今はこの会社が心地良い、そんな感情だ。
干し肉はあと数日で出来る、それが出来上がり次第、私は次の暗殺に向かう、次の暗殺対象は、軍幹部の中でも、少佐の階級にいる人物だ、施政者にとっては都合のいい存在、傀儡として動いているという話の人物で、私にとっては邪魔な人物でもある。
「……。」
あの頃、基地にいた頃、大尉に話を持ちかけられた時、私の定めは決まったと思った。
暗殺者として、施政者に反する人間を殺す為の道具になれ、それが大尉が定めた私の未来で、そしてそれに反旗を翻して、今では軍関係者を暗殺してまわっている、それが私の定め。
大尉はとっくのとうに死んでいる、私を引き取った師匠が、師匠と私の存在の痕跡を抹消する為に、私を引き取ってからすぐに消された。
結局、師匠は軍に与するつもりもなく、ただ自分達にとって都合のいい駒がいたから、そして、軍関係者が自分達の利にならない、損が大きいから、という理由で、戦後すぐに袂を別った。
そもそもは協力関係だったはずの師匠と軍幹部は、敵対ではなく、一方的に師匠に暗殺された、だから、私の痕跡は何処にも残っていない、村には誰かしら私を覚えている人がいるのかもしれないけれど、軍関係者としては、あの機械の様な感情のない軍人達が私の事を記憶でもしていない限り、ない。
機械の様な、とっても、今の私もそうなのかもしれない、とは考える、復讐の為だけに生きる機械、最近の言葉としては、ロボットと言うのだろうか、機械仕掛けの人形、人間ですらない何か、それが私と軍人達の共通項だろう。
「……。」
もうすぐ冬があける、そう言えばこの前十九歳になった、という記憶がうっすらと残っている、私の誕生日を祝う人間なんて残っていないけれど、私という人間が生まれたのは、今の時期だったはずだ。
社員達には、私は孤児だから誕生日がわからない、と言ってある、大体の年齢は伝えているが、細かい事は言っていない、それもこれも、彼らを何かが起こった時に巻き込まない為だ。
私が人間として成立できる場所、私がリリエルとして成立できる場所、社長として、社員を抱える若き貿易商として、彼らの事は守らなければならないだろう
それこそ、私が誰かに殺されたとしても、彼らに危害が及ばない様に。




