第二十六話 コラテラルダメージ
「リリィ、あたしここ探検したんだけど、一緒に行かない?」
「え?ううん、私は良いや、アリィは行っておいでよ、私は本を読もうと思って。」
「そっか……、じゃあ、行ってくるね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
ぐっすり寝て、次の日の朝、食堂って言うご飯を食べる所に連れていかれて、久しぶりに軍隊さん達の食べてたレーションじゃない料理を食べて、お腹いっぱいになって部屋に戻ってきて、それで少し本でも読もうかな、と思ったら、アリィは探検しに行きたいみたいだ。
私は基地の中がどうなってるか、って言う事に興味がないって言うか、歩き回って良いって言われてたとしても、怒られる場所はあると思ってるから、あんまり行きたくない、だから、アリィを送り出して本を読む事にした。
「えっと……。」
私達の年齢でも読める本、って言うのがあるのかないのか、についてはわからない、ただ、辞書が一緒に置いてあって、知らない言葉があったら、それを調べれば良さそうだ。
「えーっと。」
コラテラルダメージについての研究、って言う題材の本があった、それがなんとなく目に入った、その言葉の意味についてはわからないから、早速辞書を使って意味を調べる。
「コラテラル……。」
あった、コラテラルダメージ、政治的に必要だった犠牲、って言う意味、政治的?政治って言うのは、私達の村と、街を纏めてる人達の事を言ってた気がする、政治家、っていう人達が、国って言う大きな団体を動かしてるんだ、ってお父さんが言ってた。
じゃあ、犠牲って言う言葉の意味は……、あった。
人が死んでしまう事、命が奪われる事、何かをする為に必要な事、失ってしまう事。
なら、コラテラルダメージって言うのは、政治的?に死んじゃった人達は、死ぬ必要があった、って言う事で……。
それって、私達の村の死んじゃった人達の事を言うんじゃないかな、お父さん達、ゴランの両親、村の人達、戦争に巻き込まれて、コラテラルダメージで死んだ人達、お父さん達は、そう言う人達になっちゃうのかな。
なんだか嫌だな、必要な犠牲って言う言葉が、どうしても嫌だ、嫌だって言っても、言葉としてあるんだから、それは仕方がない事なのかも知れない、どうしたって、お父さん達は死んじゃってたのかもしれない、でも、それを誰かに「必要な犠牲だった」って言われたくない、お父さん達は私にとっても、誰かにとっても大切な人達、そんな大切な人達が、必要だから犠牲になった、って言うのは納得がいかない。
気に入らない、って言う感情を、初めて感じたかもしれない、私は、コラテラルダメージって言われたら、気に入らないんだと思う。
でも、それを確かめる為には、誰かにそれを聞かないといけない、大尉さんは今いるのかな、それとも忙しいのかな、なんて思って、アリィにあんな事を言っておいて、本を持って部屋の入り口に出る。
「あの、大尉さんに会いたいんですけど……。」
「大尉殿に何か用か?」
「えっと、この言葉の意味を教えてほしくて、私達の村は、コラテラルダメージとしてなくなっちゃったのか、それとも違う理由なのか、って。」
「……。大尉殿は現在自室にいらっしゃる、ついてきなさい。」
「はい!」
コツコツコツコツ、軍隊さんの靴の音と、私の靴の音が響いて、周りには誰もいない、付いてきなさいって言う言葉の後、この軍隊さんは何もしゃべらない、だから、黙ってついて行く。
「大尉殿、面会です。」
「入りたまえ。」
「君、入りなさい。戻る時にはこの部屋の前にいる兵士に声を掛ける様に。」
「はい、ありがとうございます。」
大尉さんの部屋、は私達がいる部屋と同じくらいの広さで、書斎って言うのかな、村の偉い人の家に遊びに行った時に見せてもらった、本がずらっと並んでて、そこにテーブルがあって、大尉さんが座る椅子があって、窓からは軍隊さんが訓練をしてる所が見える。
「リリエル君か、どうしたのかな?」
「えっと、この言葉の意味と、私のお父さん達の事が知りたくて……。」
「ふむ、何々?」
「コラテラルダメージ、って、お父さん達も必要な犠牲だったんですか?」
その言葉を聞いて、大尉さんの目つきが少し怖くなる、怖くなるって言うか、鋭くなるって言うのかな、ゴランのおじいちゃんに、誰かの血の匂いがするって言おうとした時に、そういう目をゴランのおじいちゃんはしてた、そんな目をしてる。
怒られるかもしれない、追い出されちゃうかもしれない、そんな予感がしてたけど、でも、大尉さんはため息をついて、何を話そうかって悩んでる気がした。
「……。リリエル君、君にとって村はどう映っていたかな?君の住んでいた村は、国境沿いにあった、そして村の長老からのたっての願いで、バベルを配置した、君にとっては、煙突という名前の方が親しみがあるだろうかな、バベルを配置した以上、そこが爆撃にあったとしても、それは必要であって、それは必然であって、我々が戦争をしている以上、何処かが担わなければならなかった、必要な物だ。ベイルとの国境沿いには、幾つかの村や街があった、そしてその中でも、君達の住んでいた村、我々が名付けたのは、作戦拠点ビーネル、作戦拠点としては穴場だった、まさかあそこにバベルがあるとは思うまい、と錯覚と錯乱をさせる為にバベルを配置した。その時点で、私達からしてしまえば、それはコラテラルダメージと言ってしまっても間違いではないのかもしれないね。それは、この基地も同じ事、基地がある以上、爆撃や襲撃に合う確率は平時の村や街よりも格段に上がってしまう、それを承知の上で、君達の村の大人達は、バベルを設置する事を選んだのだよ。」
「じゃあ……。お父さん達は、死んじゃっても仕方が無かったって事?」
「そうとは言えないね、それは明確に違うと言えるだろう。そもそも、戦争さえ怒らなければ、バベルを建設する必要性もなかった、そして、戦争はベイルが起こさなければ起きなかった、だから、我々は犠牲を以てしてでも勝利しなければならない、それを不必要な犠牲だと断じられない様に、それを不必要な犠牲だと思わないで済む様に、我々に課された命題は、戦争に勝利する事だ。……。その為にバベルを設置したのだから、コラテラルダメージと言われても仕方が無いだろう、それは何もビーネルだけの話ではない、この基地も、他の基地も、我々自身も、勝つための犠牲なのであれば、それは必要経費だと言われてお終いなんだよ、リリエル君。君も、私も、君の両親も、ビーネルの生き残り達も、逝ってしまった人間達も、勝っても負けても、全ては必要な犠牲だと言われてお終いなのだよ。だからせめて、我々は勝たなければならない、我々は、戦争に勝って戦地で散っていった同胞達に、報いなければならない。私は指揮官、前線に出る事は基本的にはないがね、私と彼らは、魂が繋がっている、彼らの痛みは私の痛み、彼らの苦しみは、私の苦しみ。それは、ビーネルの人々でも変わらない、ビーネルで死んでいった人間達の苦しみ、悲しみ、痛みを背負って、我々は戦っているのだよ、リリエル君。」
大尉さんは、手をぐっと握って、革製の手袋がぎゅーって音を立てるくらい、強く握って話してくれる、それは、私にとっても、大切な事なんだと思う、お父さん達が、煙突を引き入れた、煙突は、お父さん達が決めてあそこに置いた、だから、その時点で戦争と無関係ではいられない、そう言う事なんだと思う。
ゴランのおじいちゃん、長老がそれを決めた時、お父さんはなんて言ってたんだろう、お母さんはなんて言ってたんだろう、私が小さい頃にはもう煙突はあったから、お父さん達がどう話をしたのか、そもそも賛成したのか反対したのか、それもわからない。
「私はね、リリエル君。痛みを背負う事しか出来ないんだよ、指揮官として、戦場に立つのではなく、後方から指揮を執る、という事は、戦地に部下を向かわせる事、戦地に部下達を駆り出して、戦わせる事になる、だから私は、最期まで死ぬわけにはいかないんだ。私が死んでしまったら、戦場で散っていった命達に申し訳が立たない、私が殺されるのは、この基地が陥落してベイルに攻め込まれた時、そして、この基地が陥落、つまり敵によって壊されるという事は、我が国アルマノの滅亡、滅びてしまう事を意味するんだよ、リリエルちゃん。ここから首都ソリアルまでは、そう遠くない、ここが最終的な前線基地になる、だから、我々が墜ちる訳にはいかないんだ。」
「えっと……。じゃあ、大尉さんは、お父さん達の事を知っていたの?」
「……、知っていたとも。若くして村の祭事を継いだ、気概のある青年だったと認識している、あの頃、村の中で唯一バベルを置くことに反対していた、それが君の両親だ。君のお母さんが、君を妊娠していた頃、バベルは特急で建築された、それに対して、これから生まれてくる我が子を危険にさらしたくない、という意見を出したのが、君のご両親だった。村の祭事を司る者として、そして独りの子供の親として、戦争に加担するのは嫌だ、とね。ただ、それ以外の村の重役達は、バベルによってもたらされる繁栄、に目が行ってしまった、という話だ。」
「繁栄?」
「村を興す事、繁栄とは、文明の発達の事だ。前線基地ビーネルは、名も無き村と言われていた、その頃は、電気すら通っていなかった、水道も通っていなかった、それを、軍が介入するからと言って、超特急で開発したんだよ。繁栄と危険、それを天秤にかけて、繁栄を取ったのが村の重役達、そして平和を求めたのが、君のご両親だ、という事になるね。」
「お父さん達が……。」
お父さんとお母さんは、村の繁栄に反対したって言う事は、邪魔だったのかもしれない、でも、祭事を請け負う人、引き継ぐ人がいなかったから、だから許されてたのかな。
だとしたら、私の為だったのかもしれない、私が生まれてこなければ、お父さん達が村の発展に反対する理由もなかったのかもしれない、私はそのすれ違いを知らなかった、お父さん達がそれに反対していた事も、その結果に村に残った事も、知らなかった。
「お父さん……、お母さん……。」
「話はそれで構わなかったかな?君が聞きたかった事、それについては説明できたと良いのだが。」
「……。ありがとうございます、お話してくれて。」
「それが手向けになれば、私はそれで良いんだよ。」
そう言って、大尉さんは部屋を出る準備をしてる、この後用事があるのかな、と思って、部屋を出て隊員さんに声をかけて、部屋に戻る。
戻りながら、コラテラルダメージ、の意味を改めて考える、お父さん達は、村の人達は、本当に必要な犠牲だったのか、って。
「……。」
一日が経った、ラジオでベイルとアルマノの放送を聞いて、両者ともに自国民にとって都合のいい話をしている事を確認して、そして軍が暗殺の犯人捜しをしている様子が「表むき」はない事も確認して、眠って一日が経った。
今日はカンパニーに顔を出して、社長としての話をしに行く日だ。
「……。」
前線基地ビーネル、に関してはあの後復興しただとか、そう言った類の話は聞いた事が無かった、ベイル側が破壊した基地に関しては、修繕や立て直しをしない、逆にアルマノが破壊したベイルの基地、に関しても修繕や立て直しをしない、それが両国で交わされた約定だという話は聞いた事があった、私の住んでいた村が復興している可能性はあるけれど、ビーネルという前線基地に関してはノータッチだったはずだ。
互いに痛み分け、ではないが、表向きはこれ以上軍拡をしていかない、という取り決めの元、両国の首脳が交わし合った文書があり、という話だっただろうか。
それは公にはされていない、現状、両国ともに戦勝国を名乗っている、国内限定の通信で言っているだけで、それを他国である両者の人間が知る事はまずないけれど、私の様に両国の通信を聴けるラジオを持っていたり、情報に精通している者達は、その嘘に気づいていた。
「……。」
ただ、それは些末な事だ、私にとっては、アルマノの施政者こそ、最終的に殺す対象、最終的に、と言うのは、神を除いて、という話だけれど、私にとって、この国の中で最終的に殺すべき相手は、アルマノの施政者だ、ベイルの施政者ではない。
それを違えてはいけない、殺意の方向性は、自分自身の手で決めなければ意味がない。
それが私が暗殺者として生き残った意味、それだけが私が暗殺者として成立している意味なのだから。




