第二十三話 軍用車に揺られて
「リリィ、街ってどんな所なんだろう?リリィのパパは行ってたんだいよね?」
「うん、でも、あんまりお話は聞かなかった、と思う。覚えてないよ、お父さんが時々お土産をくれたけど、それ位。」
「そっか……。」
軍用車に乗って、タイヤが雪に跡を残しながら進んでいくのを眺めてると、アリィが不安そうに声をかけてくる、でも私も、お父さんが行ってたって言う事、お母さんが何処かの街の出身だって言う事しか知らない、この車が何処に向かってて、何処の街で暮らす事になるのか、もわからない。
アリィだけが不安なわけじゃない、私だって不安はある、それを顔に出さない、態度に出さないだけで、不安は不安だ。
ただ、銃声を聞いた時に感じたゾクゾク、はもう感じてない、誰かが撃たれたんだとしたら、と思って怖くなってたけど、誰も撃たれてなかった、だから、怖さはもうない。
それよりも、軍隊の偉い人に、軍隊の子達を殺した事を伝えるか、それとも黙ってるか、それを悩んでる、アリィがいうのかどうかも確認したいけど、それを出来る程、私達だけが軍用車に乗ってるわけじゃない、小銃を持った五人の大人の人達、無口で何かを喋るわけでもなく、黙って車に揺られてる人達、村にいた軍隊さん達と一緒で、少し橙色の混じった迷彩服を着てる軍人さん達、偉い人は助手席に乗ってる、だから、今は誰もしゃべってない、まるで、それが当たり前で、感情がない何かと一緒に居るみたいだ、私も私で、壊れちゃったと思ってるけど、それ以上に、何かを感じるって事がないのかもしれない、なんて思っちゃう大人の人達との移動、その中で、アリィとコソコソ話をする、ただ、聞かれてはいると思う、顔にも出さない、口元までの服を着てて、口をマフラー?じゃないけど、そう言うので覆ってるし、サングラスみたいなゴーグルを付けてるから、表情は全くわからない、視線もどこを向いてるのかわからない、ただ、聞かれてはいると思う。
「リリィ……、あたし達だけ……。」
「でも、村にいても邪魔なだけだよ。」
「そっか……。」
村にいても邪魔なだけ、村にいても余計な事を口走るだけ、大人の人達はそう思ったから、私達をこうして軍隊さんに渡したんだと思う。
じゃなかったら、アリィをお父さん達と離れ離れにする理由がない、私はお父さんもお母さんもいないから、こうして軍隊の人に引き取られてもおかしくはないけど、アリィは両親がいるんだから、それでも渡したって言う事は、多分そう言う事を決めたんだと思う。
アリィの両親がどう思ってるか、じゃなくて、村の人達皆がどう思ってるか、で決めたんじゃないかな、それにアリィの両親はうんって言った、アリィと離れたくない気持ちよりも、村に残る為の理由を探したんだと思う。
それをアリィに言っても、多分わからないと思う、アリィは勘は鋭いけど、頭が少し悪い、学校のテストでも、私、アリィ、ゴランの順番だった、だからアリィは、ゴランよりは頭がいいけど、私よりは頭が悪い。
それはほんのちょっとの話かもしれない、私よりほんのちょっとだけ、おニブさんなだけかもしれない、でも、アリィは恋愛に関する事以外は、勘もそこまでよくない、周りを見てる様で見てない、だから、アリィは両親の感情にも気づいてない、それを言ったとしても、受け入れられないと思う。
だから言わない、だから黙っておく、アリィが軍隊さんの子供達の事を知らないって言うのは私は知ってる、なんとなく聞いた時、アリィの両親が「誰かを殺した」って言ってたって言っても、それが軍隊さんの子達だとは気づいてなかった、だから、私はそのことを黙ってた。
それを言って、アリィがもしも誰かに聞いてしまったら、それこそ私達は村を追い出されて凍え死んでたっていう気がする、直感って言うのかな、そう言う未来が見えたから、アリィには黙ってた、私も考えただけで、決まった事じゃない、軍隊さんの子達は、先に保護されたのかもしれない、何処かに三人で行ってしまったのかもしれない、でも、それはないと思ってた、ゴランのおじいちゃんが血の匂いをさせた時、絶対に軍隊さんの子達を殺した、それ以外にいなくなった人はいなかった、だから、そうなんだ。
それをアリィに言わなかったのは、ある意味ではアリィを守る為でもあった、アリィが口を開いちゃったら、その時点で私とアリィは村を追い出された、そして街に向かう道で迷って凍死、それが一番わかりやすい想像の結果だった、だから、私は何も知らないふりをした。
「リリィ……?」
「どうかした?眠いのなら少しうたた寝する?」
「えっと、うん、そうする……。」
アリィの寝不足はずっと続いたままだった、それに、すぐに街につくとは思ってない、お父さんが言って太、一番近い街に行くのにも、何時間かかかる、車で行ってそれ位だから、同じ車って言う軍用車でも、それ位はかかるんだろうって予測は出来る。
だから、じゃないけど、街につく前に眠っておいた方がいいと思った、街についたら、多分暫くは眠れない時間が続くと感じたから、だから、眠れるのなら今のうちに寝ておいた方が良い、って。
アリィは、少し辛そうに体を曲げて、座ったまま眠る、普段はそんな事をしないアリィだけど、軍隊さん達の空気には少しは気づいてるんだろうな、誰かに膝枕をして欲しいだとか、そう言うわがままを言わずに、座って寝てる。
私は、車の後ろから見える景色を眺めてた、お父さんが言ってた、広い荒野を抜けて、その先に森があって、川沿いに進んでいって、それで何時間か経って、それで街に行く為の看板があるんだ、って。
まだ看板は見えない、川沿いにもついてない、荒野?って言うには雪景色だけど、夏になって雪がとけきったら、きっと荒野になるんだろう雪景色の中を、軍用車は迷わないで進んでいく。
変な空気、ぴりついてて、人間じゃない見たいな空気を出してる軍隊さん達と、私は黙って車に揺られて進んでいく。
「……。」
目が覚める、シャワーを浴びて、少し空気を入れ替えないと、一酸化炭素中毒で死んでしまうと思う、だから、まずはシャワーを浴びて、体を温めないといけない。
「……。」
アルビアがいた頃、街の軍の基地の中で生活していたあの頃、日がな遊ぶでもなく、何をするでもなく、部屋の中で本を読みながら過ごしていたあの頃、アリィとの関係値は、あの頃変わったと言えなくもないだろう。
アルビアはじっとしているのが苦手で、良く基地の中をフラフラとしていた、あの空気の中でそれをしていたという時点で、空気感を読めないタイプの子供として認識されていたんだろう、それも、七歳八歳の子供だからと許されてた、あの頃はまだ終戦にも到達していなくて、軍基地も何時爆撃をされるかはわからなかった、幸いな事に、私達が十歳の頃に終戦を迎えて、という時期には私もアルビアも基地を離れていた、最終的にあそこの基地に関してはベイルからの爆撃を免れた、という話は聞いた事があった、師匠が軍幹部を暗殺するにあたって、情報としてそれを私に話してきた、それを言われた所で、その時点でもうあの基地に未練も何もなかった、だから、大尉が殺されたとしても、誰が死んだとしても、心が揺らぐ事もなかった、それが終戦直後の話だ。
私が師匠に引き取られてから一年、終戦までに幾ばくかの情報は入ってきた、その頃に、私は初めて、ベイルという国と私達が暮らしていたアルマノが戦争をしていた事、そしてバベルが私達が暮らしていた村に設置去れていた意味、そして、私とアルビアは疎開という形で軍に引き取られた、という事を知った。
九歳で引き取られるまで、異様な空気の中で過ごしてきた、統率されて私語を一切発さない兵士達、通信でそれを制御している上官、そして、私達の部屋には、食事以外出は誰も近寄らなかった。
アルビアがフラフラとしても咎められなかった理由、に関しては、徹底した機密情報の遵守、漏洩した所で殺せばいい、という理由だったのだろう、だから、終戦もしていなかった九歳の頃に村に帰る事を許可されたのだろう、疎開元である村がある程度復興した事、そして情報漏洩をする可能性のある子供を置いておく危険性、それらを天秤にかけた結果、村に戻すのが最適だ、と幹部が決定したのだろう、それを条件に私は暗殺者の師匠の所に弟子入りした、という経緯を含めても、子供が基地の中にいて、万が一攻め込まれた際に射殺してお終い、では村人達が許さなかったのだろう、だからこそ、アルビアは無事に村に戻ったはずだ。
「……。」
シャワーを浴びて、髪の毛をドライヤーで乾かして、櫛で整えて、化粧水と美容液を肌に塗布して、服を着替えて、リビングを換気するがてら、干し肉を干す準備が出来ているはずだ、と思い出して、冷蔵庫を開く。
肉は無事に浸かっている、少し水分が抜けて、漬け地が薄くなっているのがわかる、それが肉を干す為の合図、それが出来ていなければ、もう少し冷蔵庫に入れて水分を塩分の浸透圧で抜いて、それから干さないといけない、次の暗殺の時期を考えると、それだと用意がぎりぎりになってしまう、今日干せるのは有難い。
水気を切って、ペーパーで入念に水分を拭きとって、干し網に肉を重ならない様に並べて、それを二階のベランダにもっていって、干し竿に掛ける。
これで三週間から一か月干せば、立派な保存食である干し肉が出来上がる、それをもって次の暗殺に挑む、数回分の干し肉を一気に作る私としては、何回かに一度というスパンで行う儀式のようなものだ。
今日はカンパニーの社員が葉野菜と根菜を持ってきてくれる手はずになっていたはずだ、それ位の交流は持っておかないと、いざという時に私が疑われる羽目になる、だから、必要経費の一環としての人間関係、は構築していた。
葉野菜は傷みやすいから、今の時期は五日に一回、根菜は日持ちするから、二週間に一回、アジトである自宅まで届けてもらう手はずになっている、カンパニーの社員達が来る時、に関しては、私は必要以上には気配を殺さない、そんな事をしても、特殊な技能を持っていると思われて、疑心のきっかけになるだけだ、だから、逆に緩めるという作業をする必要があった、普段よりも気配を強くして、気を緩めなければ気取られてしまう可能性がある、あくまで貿易会社の若きリーダー、若社長という立ち位置でいなければならない、それは、カンパニーの社員達を最低限守る為でもある。
彼らをダミーカンパニーの社員として利用している以上、彼らは私の情報が流れた時に、共に葬られる可能性が出てきてしまう、それは私の本意ではない、誰かと心中するつもりも、誰かを巻き込んで死ぬつもりもない、だから、私は最低限ではあるけれど、それなりの関係値を築いているつもりだった。
それが彼らとの関係値、それが彼らとの相互利用の関係性、それでいい、それ以上を求めるつもりはない、それ以上の関係は、別れが来た時に心を傷つけるだけだ、だから、私には必要がない。
「……。」
そろそろ社員が到着する時間だろう、雪豆のコーヒーを振舞うのもありだろう、その為にやかんに水を入れて、湯を沸かして時間を取る。
リビングの換気も済んだ、そろそろ窓を閉めて良いだろう、社員が来る頃には温め直している状態、になる様に、調整して、暫し待つ時間だ。
瞑想をするには少し短い、思考時間としては少し心許ない、この時間が私は苦手だった。
思考をしない事が苦手、というよりは、思考すら許されない程度の空き時間、が苦手だった、それは昔から変わらない、私の癖のようなものだ。
癖、と言うのも、師匠に殆ど矯正された、私個人を特定出来る情報、になり得る癖に関しては、徹底的に矯正された、だから、そんな詰めの甘い事はしない、ただ、思考できない程度の空き時間が苦手、それだけは抜けない癖だった。




