第十七話 弔い
生き残ったのは、軍隊さんの所の子達が三人、村の人達が、私とアリィを含めて三十人、それだけ、たったそれだけ。
他の人達、何百人かいたはずの村の人達も、基地の中で生活してた軍隊の人達も、皆死んじゃった。
お父さんもお母さんも、ゴランも、ゴランのお父さん達も、死んじゃった、どうしようもなく、爆弾で村は壊れた。
「……。」
残った人達の中で、大人の人が、がれきの下敷きになって死んじゃった人達を、弔ってあげないといけない、って言って、遺された皆で瓦礫をどけて、冷たくなった村の人達、人としての形じゃなくなっちゃった人達、炎に燃やされて丸焦げになった人達を、掘り起こしては埋めていく、それが、弔うって事なんだ、それを教えてもらった、私も、ゴランが死んじゃった事を遺された大人の人に伝えて、森の入り口で倒れてたゴランを、村のお墓に埋めた。
「お父さん、お母さん……。」
お父さんとお母さんは、家が燃えて丸焦げになっていた、原形をとどめていない、っていう言葉を知った、私は知らなかった言葉、原型を留めていない、人としての形ではなくなっちゃった人、それで死んじゃった人、として、お父さんとお母さんの墓標を立てた。
墓標、それは死んじゃった人の目印、ここに生きていた、って言う標しだって、遺された大人の人は言ってた、遺された大人の中でも、一番前で動いてたのはアリィのお父さん、アリィのお父さんは、遺されたものとして、やるべき事を成すべきだ、って言ってた、それが私達にとって何なのか、はわからない、アリィも、遺されただけで何かをしなきゃならないなんて、って言ってる、だから、私達は何もわからない。
ただ、分かった事は一つだけある、軍隊さんの所の生き残り、子供が三人だけ生き残ったけど、その子達は、関わっちゃいけません、あの人達のせいでこうなったんだから、って言われて、その子達は、壊された基地の中で過ごしてるみたいだった。
「ねぇ、リリィ……。」
「アリィ、どうかしたの……?」
「えっとね、あたし……。あたし、ゴランの事が好きだったんだ、あたし、ゴランの事も、リリィの事も、大好きだった。だから、あたし……。恋のキューピットになれたら、素敵だなって思ったの。でも……、どうして、ゴランは死んじゃったんだろうね?ツァギールが殺したんでしょう?ツァギールが森で悪い事をしてたから、ゴランは殺されちゃったんでしょう?」
「……、そうだね……。」
村の人達を弔って、って言う事を手伝ってる内に、二日くらいが経ったのかな、寝ずにずっと動いてたから、だいぶん眠たいけど、雪をしのぐための物が無い、今アリィのお父さん達が、軍隊さんの基地の中から、キャンプに使う為のテントとかを運び出そうとしてる、それを咎める人はいないから、って言って、村の広場に生き残った三十人を集めて、それで耐えしのぐ、って言う話だった。
私とアリィは、子供が他に残っていないから、って言われて、少しだけ休んでいいよ、って言われた、だから今は、秘密基地に来て休憩してる。
今日は雪がやんでる、この季節にしては珍しい、雪が降らない日が何日かある中で、その日に当たったみたいだった。
ゴランの血で濡れてたミトンを脱いで、アリィの使ってたミトンを借りて、今は寒さに耐えてる、そろそろお腹もすいてきてる、丸二日くらい何も食べてないから、お腹がぐーぐーずっとなってる、のを過ぎて、お腹がならない位になってきてた。
あの後、ツァギールがどうしたのか、って言われたら、それはわからない、村の中に生き残りとしてはいなかった、形を持ってる死んじゃった人達の中にも、ツァギールの姿はなかった、丁度のタイミングで村を出ていったのか、それともまだ森の中にいるのか、とにかく、この二日の中ではツァギールを見てない。
「……。」
「リリィ……?」
「え……?」
「どうしたの?怖い顔して……。お腹空いた……?」
あの時、ツァギールを「いじっていた」のは誰か、どうして私だけがあの空間にいる事を分かったのか、そもそも、あの場所に居られた意味は、あのお姉さんは、私とお母さんによく似たあのお姉さんが言ってた言葉の意味は、それを考える時間がなかった、お父さん達を弔うのに精一杯で、二日前のあの事を思い出す暇が無かった。
でも、思い出すと変だ、変にもほどがある、誰かがあそこにいたのなら、あそこの話をしてても変じゃない、ツァギールだけがあの場所にいた、私とツァギールと、お母さんによく似たお姉さんだけがいた場所、あの場所は、何だったのか。
私が見た、ツァギールを「いじっていた誰か」、あれは、怖かった、怖くてたまらなかった、魂の底から怖かった、そんな相手、それは誰だったのか。
わからない、わからないけど、私はあれが神様なんじゃないか、って思った。
「ちょっと、考え事してて……。」
「考え事……?」
神様、お父さん達とか、ゴランが信じてた山の神様じゃない、何か。
それが、ツァギールを「いじった」神様なんじゃないか、私は心の中で、そう思った。
神様がいて、本当に人をいじるなんて事をするのか、それなら、お父さん達が、私が信じていた神様は何をしていたのか、どうして私達は離れ離れにならないといけなかったのか、どうして、お父さんとお母さんは、どうして、ゴランは死んじゃったのか。
ゴランの死体を埋めて、お父さんとお母さんの「焼死体」を埋めて、私の心は、疲れた。
「アリィ、少しだけ眠っても良い……?」
「え……?う、うん、でも、冷たいから、気を付けてね……?」
「ありがとう、アリィ……。」
眠たい、とっても眠たい。
考える事をやめたい、お父さん達の死体を埋める時に嗅いだ、人の焼けた匂いが、鼻にずっとくっついてるみたいだ、忘れたいのに、知りたくなかったのに、それを知っちゃった、そんな感じだ
眠たい、とにかく、今は少し休もう。
そう思って、私は毛布にくるまって、目を閉じた。
「……。」
今日は、Hという情報屋の所に顔を出す、次の暗殺対象についての情報、を得る為に、街はずれに住んでいるHの元に行かなければならない。
目を覚まして、シャワーを浴びて、といういつものルーティーンを消化して、朝食を軽く食べて、アジトを出る。
カンパニーの人間達には、私は普段は家を空けていると言ってある、誰かが来るとしたら、それはカンパニーの人間だけだろう、情報屋達にも、アジトの場所を教えていない、もしも知っていたとしたら、それは私を狙っている存在がいて、その存在が情報屋を使って情報収集をしている、という話になってくるだろう。
それをされていないと感じている現在、Rは私のアジトを知っているかもしれないが、それ以外にアジトを知っている人間がいたとすれば、それは師匠だけだろう。
少なくとも、「私を暗殺者として認識している」人間が、ここにたどり着く可能性は限りなく低い、師匠含め、基本的に暗殺者は地下に潜る事が多い、地下にアジトを構える暗殺者が殆どで、その殆どを、私が修行の一環として殺した、だから、そもそも暗殺者という人種が残されていない、限りなくゼロに近い職業の人間で、その中で私の師匠と関わりがない人間、はごくわずかだ。
そのごくわずかの人間、も地下を探すのが基本で、私の様に一軒家をアジトとして使っている人間、は見た事がない、皆、地下に潜るのが当たり前だと思っている、だからこそ、私は師匠からこのアジトを譲り受けた、師匠が表むきの顔としてやっている、不動産業の中で、立地が複雑で人が入ってきにくい場所、というこの家をアジトに定めた。
「……。」
今日は雪が降っている、Hに会いに行くのにも困らないというべきか、一般人に紛れ込んで過ごすのには丁度良い天気だ、雪が降っていない時期、の方が、人ごみに紛れるという作業をこなさなければならない為面倒だ、視界不良で人ごみも少ない今の季節の方が、有難いという話だ。
ただそれだけ、雪に特別いい思い出がある訳でもなく、逆に辛いと感じていた頃のことを鮮明に覚えているあたり、忌々しい物として認識している節すらある、それが私にとっての、雪という物質だ。
ストールを頭に巻いて、髪の毛を隠して、ジャケットを着て、アジトを出る。
誰かに見られていないか、誰かに勘づかれていないか、そこに神経を集中して、出来るだけ大通りに出るまでは人間に出くわさない様に、と気配を探る。
今はこのあたりには人間がいない、私の気配を探る術は、ある意味星の力の副産物なのだが、それを使って、人間が周囲にいないか、気配を探って確認する、それが、私にとっての習慣だった。
「いないわね。」
今は誰も家を出ていない、今日は豪雪だと言っていただろうか、だから、昨晩のうちに買い物を済ませて、今日は家を出ない、という人間が殆どだろう、私の様に、そう言った日にこそ住処を出て、という人間は少ないのだろう。
街はずれまでは五時間ほどかかる、それを加味して、水筒だけ持って出てきた、それが正解か失敗か、については、終わってみないとわからない。
大通りに出て、雪の景色に紛れながら、街はずれを目指して歩いて行く、タクシーを使うという選択肢はない、近くまで、と言っても、情報屋にとっては、それは致命的な情報漏洩になりかねない、と師匠がかつて言っていた、師匠程になると、向こうからやってくると言っていたが、私の様に若輩者、だと、こちらから出向かない事には、情報は得られない。
雪景色の中にいる、少し変わった人物、それを私は装う、違和感を持たれない程度に、そして存在感を与えない様に、と雪の中を歩いて行く。
私の気配の消し方、については、厳しかった師匠が唯一と言っていい程に、唯一褒めていた事だ、私は気配を殺すのが得意、誰かに悟られたり、誰かに勘づかれたりする事がない、師匠ですら、本気で気配を殺した私の事は察知出来ない、それが私の技能だった。
そこに関しては、星の力が作用した結果なのかどうかはわからない、星の力を行使している、と自覚したのが十五歳の頃、というだけで、ずっと行使していたのかもしれない、それとも、十五歳で目覚めた力なのか、少なくとも、私が「それを持っている」と認識したのは、アコニートを手に入れた十五歳の頃、師匠の元を離れて、一人前の暗殺者として生きていく覚悟をする直前だった。
アコニート、何故持っているのか、何故使えるのか、それすら理解していない、そんな武器を私は使っている、不思議とそれに対する忌避感はなく、むしろそれを使うのが「当たり前」であると私は認識していた、ある日枕元に置かれていたアコニートを、私は使う術を知っていた、星の力を発動する媒介として、利用する方法を知っていた、それ以外に、星の力を表面化する方法を知らなかった、と言うのもあって、それ以来ずっと使っていた、それが私にとっての当たり前だった。
師匠やRと言った、老齢の人間ですら回答を持っていなかった、その力と呼称、使い方。
それを持っている意味、私が星の力を行使できる理由、については熟考を重ねたとてわからないが、それでも、使える事だけは理解している、そんな力だ。
「……。」
雪が強まってきた、気配を殺して紛れるのならこのタイミングだろう。
私は気配を殺して、Hの元に歩いて行く。




