第十話 アリィの夢
「リリィ、ゴランにはお返事したの?」
「え?えっとね、まだだよ。私、まだ結婚とか、一緒になるって言うのがわからないんだ。」
「そうねぇ、私達もまだちっちゃいんだしね、リリィがそう言っても変じゃないのかも?」「そう言うアリィは、将来は世界で一番幸せなお嫁さんになりたい、って言ってたでしょ?そう言う事、ずっと思ってたの?」
ゴランに告白された次の日、今日は学校はお休み、秘密基地に皆で集まって遊ぶ日だ。
まだゴランは来てない、ゴランはいつも遅れてくるから、私とアリィが二人で遊んで、それからゴランが来て三人で遊んで、がいつもだ。
そんな私とアリィなんだけど、今日は遊ぶんじゃなくて、昨日のゴランとの話についての話題になる、アリィが何か知ってるとは思った、ゴランを中休みの時に連れて行って、それからゴランにお嫁さんになってくれ、って言われたんだから、アリィが何かをゴランに言った、って言うのはわかる。
アリィは、ずっと世界で一番幸せなお嫁さんになりたい、って言ってた、それが夢なんだ、目標なんだ、って言ってた。
だから、ゴランが言ってた、お嫁さんになってくれ、って言う事も、アリィは何か知ってて私に話をしてきたんだろうなって。
「うーんとね、私、ママが大好きなんだ。ママは、誰よりも幸せな人、パパと結婚して、世界で一番幸せだった、ってずっと言ってるの。パパも、ママが大好きできらきらしてて、私の事も大事だ!って言ってくれてね?パパとママが一緒になってくれたから、私は生まれてきたんだよー、ってママが言ってたの。だから、私もいつか、好きな人が出来たら結婚して、世界で一番幸せなお嫁さんになりたいんだぁ。ママよりも、ママと同じくらい、幸せなお嫁さんになりたいなって。」
「だから、ゴランが私の事を好きだって、気づいたの?ゴランは、私の事好きなのかどうかって、分からなかったと思うんだけど……。」
「見ればわかるよー?だって、ゴランがリリィを見る時の目が、パパがママを見る時と一緒なんだもん。だから、ゴランはリリィに恋してるんだろうなって、すぐ分かったよ?」
「そ、そうなんだ……。でも、私、ゴランの事友達と思ってるし……。お嫁さんになってほしい、って言われても、まだまだ先の事でしょう?だから、わからないんだ。」
「お友達でいよう、って事?なんだか、そう言うのもあるんだよねぇ、ってママが言ってたよ?お友達でいたいから、お付き合いをしない人もいるんだ、って。だから、リリィがどう決めるか、はゴランもうんって言ってくれるんじゃないかなぁ?」
「そうかな……。」
アリィは、恋とかについて詳しいっていうのはずっと言ってた、アリィのお母さんが恋多き人?って言う話で、その中でアリィのお父さんと結婚した、ってずっと言ってたから、そう言うお母さんに教えてもらって、アリィがそう言う事に詳しいのは、全然不思議じゃない。
でも、ゴランとは友達でいたい、お嫁さんになるって言うのは、想像がつかない、だから、どうお返事をすればいいのかわからない。
ゴランは待ってくれると思う、ってお母さんは言ってたけれど、でもそれがそうなのかもわからない、本当に待ってくれるのか、それとも私の事を嫌いになっちゃうのか、それもわからない。
だから、お返事は早めにしないといけないんだと思う、結婚するのがずっと先のおはなしだったとしても、答えは今出さないといけないんだと思う。
「リリィ、難しく考えなくても良いと思うよー?」
「うん、ありがとう、アリィ。」
私が悩んでると、アリィはくすくすと笑ってる。
多分、私もゴランの事を好きだ、って言う事に気づいてるんだと思う、好きって言うのかな、ドキドキするって言う事、それが好きだって言う事なら、私はゴランの事が好きなんだと思う、それにアリィは気づいてるんだろうな。
嫌な気持ちじゃない、アリィが応援してくれてる事はわかってる、じゃなかったら、ゴランに話をしてゴランから私に話は来ないと思う、って言う事は、アリィは私達の事を応援しようとしてくれてるんだと思う。
ドキドキする、ゴランにどうお返事をすればいいのか、どうすれば仲良くいられるか、そんな事を考えちゃう。
「……。」
食事を終えて、ラジオに耳を傾ける。
軍からの放送があれば、民間の放送もある、戦争を煽った罪で逮捕された人間がいる、という軍からの放送が流れている、戦争を煽ったという事は、つまり戦争の引き金に指を掛けた人間がいた、という事だろう。
勿論の事、施政者が戦争を引き起こした、それは間違いでも誤認でもない、ただ、戦争に向かっていくにつれて、それを愉快犯か利益の為か、煽った人間が存在する、それもまた事実だ。
新聞社やラジオパーソナリティ、所謂マスメディアが煽った戦争でもあった、それに関して、私もいくつか暗殺を依頼された事もあった、遂行した事もあった、ただ、軍の関係者と違って、警護も警備もついていない一般人、に近い存在を殺したとて、騒がれる事もなかった。
マスメディアが騒いでいたとしても、戦争の終結に至って、マスメディアはその信頼を世間から失っていた、現在マスメディアの言葉を信じる人間、と言うのは稀で、ただの馬鹿か信奉者か、どちらかな事が殆どだろう。
アルマノから仕掛けた戦争、土地と資源を略奪する為に起こした戦争、その責任から施政者が逃れる為に、軍の最高幹部やマスメディアの指導者を逮捕して回っている、という話は聞いていた、それに関しては、戦争が終結した五年前から変わらない動きだ、未だにそれをやっているという事は、まだまだマスメディアが何かをやらかしているのだろうが、それに関しては私は知らないし、知る必要もない。
最近では、新聞と言うのも売れ行きが悪くなってきた、という関係者のボヤキが上がっている、という話で、民間人はマスメディアより軍の言葉を聞いていて、それに従っている、と言うのが現状だ。
「……。」
水を飲みながら、軍のラジオ放送を聞く、我が国は戦勝国だだとか、ベイルは屈しただとか、そう言った事を言わないだけ褒められたものだろう、それを言ってしまったら、またベイルとの戦争が再燃しかねない。
我々は停戦した、国家間での約定を取り決めた、という話を繰り返しているその放送は、ある意味ベイルとの冷戦に疲れている、と言い換えても良いのかもしれない。
表向きは終戦、どちらが勝ったではなく、終戦したという話になっている、現実としてはまたいつ戦争が起こるかわからない、冷戦状態なのだけれど、表向きは終戦した事になっている。
それによって、アルマノとベイルは友好関係を築いた、国家間での物資の輸出入を盛んに行って、それを示している、と言っているが、現実は違う。
民間人にとっては終戦、軍部にとっては冷戦、という状況、いわば腹の探り合いをしている状態、が現在の両国の関係性だ。
「……。」
そう言えば、紅茶があった気がする、以前暗殺に赴いた先で、気まぐれに買った紅茶、がしまってあったはずだ。
やかんで湯を沸かして、それを飲むのもありかもしれない、たまには許されるだろう、気を抜くわけではないが、気を張り続けてもコンディションが悪くなってしまうだろう。
牛乳はさっきのシチューに使った残りがある、砂糖もある、ミルクティーにするのがのみやすいだろう、寒さに晒された体を温める手段、に関しては、幾つあっても困らない。
ピュー、という音がやかんから聞こえてくる、お湯が沸いて、蓋から音が鳴っている。
お湯を少し冷まして、ティーポットを出して、茶葉を用意して、お湯を入れて蒸らす。
紅茶に詳しい訳ではない、淹れ方に拘りがある訳でもない、ただ、拘る人間は拘る、という話は知っていた、民間人と会話をする時の内容として、知識として知っている程度だったが、知っていた。
茶葉はベイルからの輸入が主で、アルマノでは高級と言われている、五年前に停戦してから、まず最初に民間に流れてきたのが、品質の悪いが量産性のある紅茶の茶葉だった、その次が穀物である米で、次に技術として通信がやってきた。
通信、と言うのは、軍が使っている様な大型の移動式通信機ではなく、固定電話と呼ばれる、固定式の個人通信機の事だ。
そもそもは通信局、と言う、個人情報を登録して、そこに電話を掛けて、そこから相手に取り次ぐ、というシステムだったのが、現在では九桁の番号を自分で入力して、相手に電話を繋ぐという手法に変わった、それはベイルから輸入された技術であり、軍の手に掛かっていない、軍に管理されていない通信機器、と言うのは有難い話だ。
「ふー……。」
紅茶をカップに注ぎ、牛乳と砂糖をいれて混ぜる、茶色をした茶が、牛乳の白と混ざっていく様は、少しだけ落ち付く気がする。
一口飲む、粗悪品と言われているベイルの茶葉だけれど、別段まずいとは思わない、高級な茶葉と言うのに縁がないと言うのもあるが、私にとってはこれ位が丁度良い。
暖房を入れて、少し温まった部屋に、紅茶の香りがふわりと香る、私はこの香りが嫌いじゃなかった、それだけ安上がりと言われればそこまでなのだが、それでも私はそれで良かった。
紅茶を飲み終えたら、次の暗殺の計画の為に情報を集めなければ、情報は命に係わる事だ、次の暗殺予定は、それこそマスメディアの上の方人間、そこまで苦労はしないだろうが、油断をしてしまったらそこでお終いだ。
私にとってのすべて、暗殺という仕事、宿命、そう言えば、昨日乗った電車で、あの老婆は何だったのか、人間だったとしたら、意識の外に行った時点で消える、と言うのはおかしい事だ、だけれど、あの気配は間違い無く人間だった。
ならば、命運、運命を狂わされた事を知っていた意味は、あの老婆が現れた事、私にだけ認識できた老婆がいた事、それは偶然ではないだろう、たまたま私の元に現れたわけでもないのだろう、何某かの意味があって、私の元に姿を表した何か、であると言うのが正しいだろう。
人間だと誤認させ、尚且つ他者に認識されない者、そんな存在がいるとは思っていなかった、ただ、それをするだけの何かをもった老婆がいた、霊的なものを信じるタイプでもないが、何か霊的めいた物を感じなくもない。
ただ、私のやるべき事は変わらない、狂わされたから、奪われたから、復讐をする。
それだけが私の生きる意味であり、私が存在している意味であり、生き残った意味なのだから。




