9. お飾り王子妃が言うことには
因果応報なんて言葉は聞いていないけど。
「私達は政略結婚だからね。
好きなだけ愛人を持ってくれて構わない」
セリーヌに一目惚れをしたはずの西の大国の第三王子は、どこか人懐こい笑みを浮かべながら、信じられない言葉を吐き出した。
* * *
嫁ぎ先へと向かう旅は春先の、まだ肌寒い三月に始まった。
旅を始めてみてわかったことは、馬車に揺られ続けるのは意外と体力が失われることだ。
それ以外にも不便なこともあったが長旅となるので、合間で体を休められるようにと数日宿泊することもある。
双方の経済が回るようにと配慮され、必ずどこかの都市や大きな街に足を止めては、一番豪華な宿か、故国にいる間は貴族の屋敷に招かれての宿泊だ。
そして、通った場所で買い物をするための予算だって組まれている。
未来の王子妃が気に入ったという触れ込みがあれば、多くの商品が飛ぶように売れるだろう。
とはいえセリーヌの身の安全を確保することが優先なので、自分で買いに行くということはしない。
セリーヌは挨拶の為、土地の領主の屋敷に顔を出す必要があるからだ。
だから店には、護衛騎士を伴ったセリーヌの侍女が向かって買い物をする。
「馬車から王女殿下が見かけて、興味を持たれた」と購入すれば、途端に街での名物となる。
覗かれないよう緞帳のように厚い布を吊り下げているので実際見ていないが、そこは嘘も方便だ。
こうやって自国の民に惜しまれ、他国の民に受け入れられる地盤を作っていく。
実際、セリーヌの侍女達は良い仕事をしてくれている。
最初の街では豪奢な絹の室内履きを購入し、以降は馬車の中ではこれを履いて過ごしているので快適だ。
次の街では土産として売り出したいとされているらしい、まるで雲のような砂糖菓子。
四つ目の街で手に入れた、緻密なカットがされた硝子の一輪挿しは、宝石と比べても遜色ない仕上がりだ。推しのイメージとして、これに青い花を挿すつもりでいる。
それから、かつて聖女が所望したという、「ぬい」と呼ばれた頭でっかちな人形は、マリアの代わりに愛でる用にと黒の髪と紫の瞳になるよう注文していた。
持ち込まれる品々を見ては侍女達との会話を楽しみ、次の土地で何を買おうかと相談する。
こうして月を跨いでもなお、旅は緩やかな速度で続いていく。
道中で斥候を任された騎士が一人、途中で現れた野盗に襲われて亡くなったという報告を受けた。
きっとジュリアン・ベルフォールだろう。
同行させるから何かと思ったら、不自然ではない理由で始末をつけるつもりだったらしい。
聞きはしなかったが、次の日からジュリアン・ベルフォールの姿を見なくなったので、確実に彼のことだと察した。
あれも大概屑だったので同情する気はない。
姉であるマリアからは色々説教されたが、悪妻扱いされた令嬢だって、あんな最悪な男と結婚を続けるよりは、離縁した方が数倍マシだと思うのだが。
結局彼女の姿を一度も見たことないままになったが、使い捨てた駒の付属品なんて興味は無い。
マリアがヴァージスと婚約させていたならば、また駒として上手に使われるのだろうなといった思いだけ。
弱者によくあることだ。
そんな風にして、ゆっくりと進んでいた旅路も終わりを迎える日はやってくる。
歓迎する国民がひしめき合う王都の一番大きな道を、馬車で揺られながら進んでいく。
視界を遮るようにかけられた布のせいで外の様子は詳しくわからなかったが、外の喜びに沸く雰囲気だけは伝わってくる。
何かあってはいけないからと民に顔を見せることをしていないが、セリーヌ自体は民にさして興味などない。
ごまんといる駒の一つ一つに目を向けるよりかは、国政や納められた税の額に目を向けた方が有効かつ効率がいい。
高貴なるセリーヌが価値を見出すことのない存在。
冗談交じりに手でも振ってあげようかしらと言ってみると、同乗している侍女達からは止めてくださいと窘められた。
緩やかな歩みにも終わりがあり、気づけば近くなっていた白亜の王城の門が開かれる。
だが、背の高い門を潜り抜けても馬車は停まることなく、城の奥へと向かっていくようだった。
「セリーヌ王女殿下、今日は殿下がお疲れだろうという配慮から、先ずは心身の疲れが取れるようにと離宮を用意してくださっているそうです」
「あら、気が利くじゃない」
王女の矜持として顔に微笑みは貼り付けていたが、長旅で疲れているも事実。
できることなら広いバスタブに身を沈めながら、大きく伸びをしたい。
「また日を改めて、この国の国王陛下への謁見や、第三王子殿下とのお話の場などを調整されるとのことですので、今日から暫くはゆっくりして頂けそうです。
お食事も離宮のお部屋とのことですので、すぐに軽食を用意してもらいます」
夕食の後には道中で購入した入浴用のサシェと精油を試しましょうと言われ、思わずニンマリとする。
「旅の途中で使った、リネンの入浴用シュミーズは止めてちょうだいね。
同じのを何度も使って辟易しているんだから。新しいのを用意して」
承知致しましたと微笑む侍女を満足気に見遣り、誰にも見られないとわかると、座席へと深々と座る。
ドレスに皺が寄るが、今日はもう人に会わないし、元いた国で流行ったドレスなど暫く着ることはない。
暫くは衣裳部屋の奥に眠ることだろう。
西の大国である嫁ぎ先で流行っているドレスは何着か仕立てておいてはいるが、ファッションリーダーである王子妃として相応しいドレスを新しく用意しなければならない。
「早々にこの国のデザイナーを呼んでもらわないと。
第三王子殿下は女性のそういったことに気を配れる方かしら?」
「セリーヌ王女殿下の体調を優先されるよう配慮されていらっしゃいますから、お気遣いのできる方なのかと」
「どんな方なのかしらね」
婚姻にあたり、事前に婚約式も行わなければ、顔合わせすらしていない。
お忍びで来ていたらしい故郷となった国の夜会で、セリーヌを見かけたという話なので、話すどころか挨拶すらしていないだろう。
事前に絵姿は貰っていたが、こういったものは二割増しがお約束だ。
クルリとした巻き毛など、実は寝癖のように跳ね散らかしたくせ毛かもしれないし、ほっそりとした貴公子らしい姿だって本当は痩せぎすの可能性だってある。
自分の見た目に気を遣えない男が、女性に対して気を配れるわけがないというのが持論だ。
とりあえず不細工だという評判は聞かないので大丈夫だと思うが、できることなら王子妃の予算の使い道を確認するような、ケチ臭い男じゃないとありがたい。
話している間に馬車が停められ、騎士の一人の手を取って馬車から降りる。
足元に向けていた視線を上げれば、迎えに現れたのは確かに使用人ばかりで、高貴な身らしい者はいなかった。
紺のお仕着せを着た、一番年嵩の女性が礼をする。
さすが大国に仕える侍女だ。セリーヌが感心するくらいに綺麗な姿勢だった。
「東よりお越しになりました、朝日の姫君にご挨拶と歓迎を申し上げます。
ご滞在頂く離宮の主はセリーヌ王女殿下。私たちは過不足なく主に仕えるよう申し付けられております」
ありがとう、と返しながら人数を確認する。
離宮一つを利用するからか、故郷では割り当てられないような数だった。
特に騎士が多く、厳重に守られるのだとニッコリ笑う。
「慣れるまでは連れてきた侍女に、側にいてもらいたいの。
私の部屋の近くになるよう采配してもらえるかしら」
言えば、お望みのままにという言葉が迷わず出てくる。
どうやら采配まで任せてもらえるらしい。
そうして口上を述べた侍女に誘導され、ゆっくりと歩き出した。
「この離宮は王族として残られることになった、王子殿下や王女殿下が過ごされるための場所でございます。
本来は第二王子殿下が使われるのですが、第二王子妃アーシャ殿下の要望にて王城の外に居を移されておりますので、気兼ねなくお過ごしくださいませ」
案内された部屋は二階で、テラスへと続く窓を開け放てば、景色の真ん中に小さくなった王城が見えた。
思ったより遠くに運ばれたらしい。
「ここからは尊き方々しか立ち入れない庭園がよく見えます。
セリーヌ王女殿下のお気に召されますとよろしいのですが」
テラスへと出て外を見れば、蔓草と薔薇をイメージされた背の高い鉄柵が、離宮の周りをぐるりと取り囲んでいた。
ただ、緑に塗られていることから、草木に紛れて物々しい雰囲気はない。
「あんなに高くては誰も侵入できないわね」
「ええ、男性でも難しいでしょうから、女性は尚更でしょう」
どことなく含みのある言葉に一瞬何かと思うも、もしかしたら第三王子は女性に人気があるのかもしれないと考え直す。
見目が良いのかもしれないし、そうでなくても立場は魅力的だ。
唐突な申し出であったが、婚約者はいなかったと聞いている。
だが、懸想をしていた令嬢もいただろうし、野心に駆られて虎視眈々と王子妃の座を狙っていた家も多かろう。
それならば騎士が多いのも納得できる話だ。
外からきた見知らぬ王女が、皆の憧れを横から奪ったと思っている令嬢がいるのかもしれない。
故国では敵対心のある視線を受けることがほとんどなかったので、これは面白いことになりそうだと内心ワクワクする。
その為には情報が必要だ。
国王への挨拶を除けば、最初に会うべき人物は第三王子だ。
できれば彼と、彼の周辺を取り巻く人々の口が、少しだけ軽いといいのだけど。
それから殿下が私に夢中になってくれると、より一層楽しい舞台が整う。
第三王子を奪われたと嘆く令嬢と、横入りした悪辣な王女。
まるで陳腐な恋愛小説の舞台のようだ。
勿論、セリーヌは物語のように追い落とされる気はないし、どちらかといえば無謀に挑戦してこようとする蠅がいたら叩き落としたい。
「セリーヌ王女殿下と早くお会いしたいとのことで、三日後には国王陛下への謁見を急ぎ調整しております。
謁見が午前となりました場合は、午後に第三王子殿下がお茶のお誘いに参ります」
少し日が空くとは思ったが、明日か明後日にドレス職人とデザイナーを呼ぶのだと説明され、セリーヌの意識は新しいドレスへと向けられる。
この国でのみ生産され、国外に販売されない絹があると聞く。
どれだけ上質なのだろうと想像していたが、思いのほか早くに見ることができそうだった。
「第三王子殿下からの心配りでございます。
是非美しく着飾って頂きたいとのことで、ドレスの相談以外もして頂ければ」
「まあ、そんなことまで」
合格ラインだ。セリーヌは実にいい相手を見つけられたようだった。
これならば気楽に王子妃生活を楽しめそうだと、満面の笑みを浮かべそうになる。
「殿下はお優しいのね。
お目にかかるのが楽しみだわ」
話している間にお茶の支度がされていた。
「それでは私共は一旦これで。気疲れされませんよう、失礼致します。
荷解きの際にはお手伝いに参りますので、ゆっくりなさってくださいませ」
どこまでも気の利く侍女達は、セリーヌと故国から連れてきた侍女達を残して退室する。
扉が閉まるのを確認してから、一呼吸。
侍女の一人が頷いたのを確認してから、ドレスのままでベッドにダイブした。
** *
ゆっくりとできる時間など、あっという間に過ぎ去るものだ。
侍女達によってドレスを脱がされ、化粧を落とされながら仮眠をし、目覚めたら夕食を頂き、湯浴みをすれば、魂だけが先にベッドへと入り込みそうになっていた。
次の日の午後にはデザイナーが多くの職人達を連れて離宮へと訪れ、セリーヌとドレスの相談をする。
他の王子妃の相談があるからと、満足いくまで相談できなかったことは不満だったが、今の時点で他の王子妃のご機嫌を損ねたくはない。
申し訳なさそうな態度を演じながら、デザイナーを見送らせた。
そして次の日には同行した騎士達を見送る。
結局、丸一日休める日はなかったが、それでも長時間拘束されての勉強や公務といったものはなく、家庭教師や従者からの煩わしい小言もない。
それに、この国の侍女や使用人はよく教育されているので、この二日間は殆ど干渉してくることがなかった。
予定を報告するなどの必要最低限で、食事も廊下まで運んだらセリーヌの連れてきた侍女達に引き継ぐくらいの徹底ぶり。
お陰で気が済むまで惰性ばかりの生活を送ったが、三日目に国王への謁見が確定したことから、朝からてんやわんやだ。
早くに起きて湯浴みを済ませ、コルセットをするからと朝食は抜いてお茶だけにされる。
香油を塗られ、粉をはたかれ、故国の礼式のドレスを纏い、髪を結い上げながら化粧を施される。
「国王陛下へのご挨拶の後に、第三王子殿下が会いにいらっしゃるそうです。
どうやら昨日まで、各地へ視察に向かわれていたとか」
「あら、そうなのね」
こんな時まで仕事熱心なことだ。
働くのはいいことだが、自身の妻となるセリーヌを迎えようというときに、不在であるのはいただけない。
そういう扱いでいい相手だと、周囲から侮られても困る。
会えた時にでも釘は刺しておこうと頭の片隅に考え、鏡の中の自身に微笑みかける。
大丈夫だ。旅の疲れでセリーヌの愛らしさはくすんでいない。
「ローランド殿下、だったわね」
忘れそうになっていたわ。
侍女達から掛けられる賞賛の言葉を流しながら、大ぶりのイヤリングを耳に飾る。
第三王子の色がいいかと思ったが、媚と思われてはセリーヌの矜持が傷つくので、結局は自分に一番似合う色で揃えている。
まだ少しあどけなくて、でも目端の利く王女。
それが、セリーヌが周囲へ与える印象だ。
可愛いは正義。
そう口の中で転がしながら、迎えに来た侍女に促されて立ち上がった。
* * *
結果だけ言えば、国王への挨拶は何も問題なかった。
謁見の間なんて、国ごとに大層変わるものでもないので緊張が増すことも無く、父親に比べて穏やかそうな人物だから話しやすかった。
第三王子は王城から出て視察に行くことが多いが、離宮で心安らかに過ごすだけでいいとの言質まで貰って満足だ。
これは幸先がいいとホクホクした顔でローランドを迎えたら、思わぬ洗礼を受けることになった。
それが冒頭の言葉である。
あまりの暴言に、さすがのセリーヌも口をパクパクさせて、ローランドを正気かと凝視する。
「今、なん、と」
「失礼、ちゃんと聞こえなかったようだ。
私達は政略結婚だから、好きなだけ愛人を持ってくれて構わないと言ったよ」
予算の範囲でならだけど、と天気の話をしていたように、笑顔が途切れることはない。
「だって、ローランド殿下は私を見初めたのではなかったの?」
「いや、我が国がレヴィアンティーヌに求めたのは、『黒の髪と紫の瞳をした、二番目の王女』だ。貴女ではない」
思わず舌打ちしそうになる。
狙っていたのはマリアだったのか。
「けれどレヴィアンティーヌの王は、こちらの意図が読めていただろうにも関わらず、貴女で話をまとめてこようとして。
たかだか従属している小国が小賢しい対応をしてくると思ったが、逆に利用させてもらうことにした」
ローランドが言えば、近くに控えたヴァリモアーシュの侍女達が一人の令嬢を招き入れた。
緩やかに波打つ黒髪に、紫の瞳。
全く顔立ちは似ていないのに、どことなく姉のマリアを連想させるのは、嫋やかながらに凛と立つところだろうか。
それともフリルやレースの少ない青のドレスのせいか。
後ろに控えていた令嬢は、一輪挿しに挿された花咲く前の一枝のようだった。
「紹介しよう。我が国の中でも長い歴史を持つ、ヴァレーズ伯爵家の縁者だ。
クレール、挨拶を」
促されて一歩前へと進む。
「東の国より訪れたる、朝露の君にご挨拶申し上げます。
ローランド殿下には愛称で呼ばれますが、名はクラリッサでございます。どうぞお見知りおきを」
王女であるセリーヌが感心するほどの美しい礼だ。
それが余計に怒りの炎へと油を注ぐ。
「彼女は我が国の貴族の血のみならず、尊き血筋にも縁がある」
だから何だと言うのか。たかだか伯爵家の傍系如きが、王女であるセリーヌより優位な立場にいるのが気に入らない。
「婚姻前から愛人を紹介するなんて、品性と誠意の無い国だと自己紹介しているのかしら」
嫌味を投げかければ、気にした様子も無いままに屈託のない笑みを令嬢に向けている。
そっと腰に回された手によって引き寄せられた令嬢は、薄い笑みのままに表情を変えることはないまま。
「セリーヌ王女がそう思うなら、それでも構わない。
どう言ったところで、今の状況が変わることはないのだから」
ここで無機質な侍女達の声が、お茶の準備が終わったことを伝えてくる。
促されて渋々座れば、当然のようにローランドの横にクラリッサが座るのも、苛立ちを増長させた。
並べられた菓子はレヴィアンティーヌで見かけない珍しいものばかりであったが、それに心を躍らせる余裕がない。
ふくよかなお茶の香りさえも、セリーヌの心を落ち着かせてくれなかった。
「それにしても心外だ。私が寛容な方がありがたいだろう?
レヴィアンティーヌにいる間、新婚の騎士を誘惑していたそうじゃないか」
思わず息を呑んだ。
一体どこから漏れたのか。
「セリーヌ王女はあまり賢くないのだな」
「なんですって」
無意識に低くなる声が部屋に響いても、対面する二人も、後ろの侍女達も涼しい顔のままだ。
「だって、そうだろう?
何でも自分がわかっている気がしているだけで、自分の知らないことが数多にあることを理解していないのだから」
例えば、と続ける声は愉しそうな響きに満ちている。
「そう、レヴィアンティーヌ国王が我らヴァリモアーシュの王城に間諜を送り込んでいるとか。
そして、その逆も然りだとか」
垂れ流される言葉さえなければ、ただ人の良さそうな青年に見えただろうが、内容がセリーヌに少しも優しくはない。
「寝室の枕元に、特定の騎士を侍らせていたのは聞いている。
他に騎士がいたとしても、夜にしどけない姿をみせるなんて、君が馬鹿にしていた男爵令嬢だってしないことかと。
それも新婚と理解した上で騎士を帰さなかったとか。随分と悪辣で尻軽な女では?」
もはや侮蔑に満ちた言葉は暴言でしかなくなっていた。
屈辱に体がわなわなと震えるのに、上手な切り返しが全く頭に浮かばない。
「この騎士は侍らせていただけだが、他とはどうだろうな?
公務が進まない余りに、二人きりで仕事をしていたお気に入りの事務官とは?
夜会でいつもエスコートを頼んでいた従兄弟殿と、光が届かぬテラスの隅で戯れていたこととは?」
次々と暴露される故国での話に、居心地の悪さに耐え切れなくて視線を逸らせども、追いかける言葉の鋭利さが和らぐことはなかった。
「いつだって他者を駒として扱おうと誘惑していたようだが、貴女が気づかれていないつもりでも、人の目が届かない場所など王城に少ないと思った方がいい」
続く会話に、返す言葉を失っていく。
「愛人との子は何人産もうと構わないが、我が王族に加えることはない。
適当に君の国の孤児院にでも捨ておかせておく。
産むのが嫌なら、避妊薬も用意させよう」
そうしてから、初めてローランドが目を細めて笑みを深くした。
「私をどうする気なの?」
「セリーヌ王女をどうするのかと聞かれたら、どうもしないと答えるぐらいか。
他国の王女を殺すなんてことをするメリットがない。
広めの鳥籠に入れておいてあげるから、好きに鳴いて過ごせばいい。それだけの予算は組んでいる」
騎士も気に入りそうな者を用意しておこうと宣う口は、もはや何も聞きたくないセリーヌの願いなど叶えてくれない。
「視察や国内の社交は気にしなくていい。クレールを連れて行く。
貴女は働きたくなかったのだろう?
第三王子くらいなら優雅な生活を送れて、そのくせ責任は軽いと。
ここでなら願いは叶う。ただ欲のままに堕落した生活を送り続ければいい」
特別扱いをしても大丈夫だと判断した侍女にだけ言ったセリフだ。
慌てて後ろを振り返れば、ヴァリモアーシュ側の侍女と同じように無表情のままに控えている。
午前中にあんなに賑やかにしていたのが嘘のようだった。
「……そんなことしたら、お父様もお姉様も許さないわよ。
レヴィアンティーヌに喧嘩を売る気?」
国力としては敵わないが、隣国との関係が悪化するのは他の大きな国に狙われる要素になる。
ヴァリモアーシュだって望んではいないはずだ。
「逆に聞きたいけれど、こんな身持ちの悪い女を差し出して、レヴィアンティーヌは我が国に喧嘩を売りたいのだと思っていたが」
細められたままの瞳は剣呑に光る。
「そうではないのなら、こちらのすることに苦情を言うことはないだろう」
知られていないから何も言わないのだと思っていた。
それよりも、本当に望まれていたのが誰だったのかを、セリーヌに言わなかったのもわからない。
知っていたら、もっと上手にやれていた。
そのはずだったのだ。
「セリーヌ王女はこの国特有の風土病によって自慢の容姿が損なわれ、表舞台から離れて離宮で療養してもらう手筈だ。
原因は……そうだね、侍女達から散々説教されたのが煩わしく、そして病を軽んじていたことから予防薬を飲まなかったというのはどうだろうか」
妥当な提案といった風に口にしたが、内容は信じられないものだ。
だが、家族が聞いて信じるかもしれない。
セリーヌは故国で天真爛漫を装って、好き勝手していたのは家族が知っている。
「病に倒れた貴女は、免疫のない家族と会うことが許されなくなる。
レヴィアンティーヌも隣国の、それも自国の後ろ盾となるヴァリモアーシュとの友好関係だって壊したくはない。
君の名誉のために身代わりを立てたと言えば、政治的な損益を鑑みて了承するはずだ」
口にはしないだろうけどと言う顔の、なんと罪悪感のないことか。
「そして、今話したことが事実となるように、君に薬を与えることはない。
そして、この離宮から二度と出すこともない」
ゾッとした。
人懐こそうな笑みで放たれた言葉はギャップを感じさせるが、同時に真実そのように行動するのだと理解できた。
「そ、そんなの、私の侍女が暴露したらどうなるか」
精一杯の抵抗も鼻で笑って流される。
「さて、君が連れてきた侍女達は、本当に信頼できるのかい?
彼女達は、君が薬を飲まなかったと証言してくれるだろう」
その言葉に後ろを振り返れば、セリーヌの味方である侍女達が次々と従うように頭を下げていくのを、信じられない顔で見つめる。
「どうして」
「どうしてかは、落ち着いたら考えてみたらいい。
今の会話に十分ヒントがあっただろうから」
心はもう限界に達していた。
「どれだけ嫌がらせしたら気が済むのよ!
私が嫌だったなら、最初から断ればいいだけだったじゃない!」
部屋に響くセリーヌの叫びは、怒りと絶望に満ちている。
立ち上がって睨みつけた先の二人は、対照的なまでに落ち着いた様子で座ったまま。
まるでセリーヌが見えていないかのようだ。
「最初は断るつもりだったよ。
でも、よく考えたらチャンスではないかと思って」
じわじわと背筋に薄ら寒いものが這い上がる。
「王子妃の立場をクレールにあげられるかもしれない、と」
「まあ、ロディったら」
微笑み合う二人はセリーヌを差し置いて、とてもよくお似合いだった。
「さて、話は終わったから失礼させてもらうよ。
これから好きなだけ時間のあるセリーヌ王女と違って、こちらは次の視察先の検討や、クレールのお披露目で着るドレスの相談もあるから忙しいんだ」
これでもう、二人と会うことはないのだろう。
この短時間で起きたことへの動揺や疲れで、浅い息を繰り返しながらも、セリーヌは二人を忘れることがないように睨みつける。
許さない。絶対に許さない。
侍女達が開く扉から出て行く二人。
と、クラリッサと名乗った令嬢が振り返った。
「セリーヌ王女殿下には本当に感謝しています」
優越感からくる勝者の戯言でも聞くのかと思いながらも、愚かなことを言えば嘲笑ってくれようかと身構える。
「元夫を、ジュリアン・ベルフォールを誘惑してくれて。
あれが殿下の掌で踊るせいで、私も男爵令嬢に見合った生活を送ることを諦めたのですから」
一瞬にして、頭が真っ白になった。
何か言わなきゃと思いながら、だらしなく口は開いたままなのが感覚でわかる。
「お祖父様の手紙、元の場所に戻してもらいましたから。
お祖母様も今更二人の思い出を、他人の手で公にされることを望んでいませんでしたし。
これで口さがない者達に見つかることも無ければ、騒動が起きることもないでしょう。
さようなら、殿下。楽しい日々を」
既に限界を超えた頭では情報に追いつかず、言葉としての形を成さない音を口から漏らしながら、よろめくように椅子へと座り込んだ。
爽やかな初夏の風が漂う頃、ヴァリモアーシュでは悲しみに暮れる知らせが国中に回った。
第三王子殿下に嫁ぐために訪れた、レヴィアンティーヌの王女が病に倒れ、離宮で療養生活に入ったというのだ。
そんな悲しみを打ち消そうと、第三王子の新たな婚約者に、両国の血を引くという令嬢が選ばれる。
その令嬢はレヴィアンティーヌ王家の血を引いているという噂がまことしやかに流れたが、すぐに新しい噂にながされて、暫くすると消えていった。
後日談もこれで一旦区切りとしまして、これから執筆作業に入ります。
感想も返信が滞っていて、すみません。
手元の作業の合間にゆっくり返していこうと思います。
誤字報告もありがとうございます。




