5. 第一王女殿下が言うことには
なるべくしてなっただけ。
言い方は悪いが、実に面白い余興だった。
父である国王陛下の後ろに控えながら、愉快という感情をおくびにも出さず、テーブルに並ぶ面々を見渡す。
片側の落ち着き払った態度とは対照的に、高貴であるはずの面々は様々な感情表現を披露し、挙句に勝手に疲れ切っていた。
「説明ご苦労であった」
国王陛下の言葉に、再度会釈で返したカステルノー男爵令嬢の表情も、マリア同様に変わることはない。
こちらは百面相を繰り広げているアドリアンの滑稽さに、ついつい笑ってしまいそうになるのを堪えているというのに。
まあ、巻き込まれた被害者であるならば、マリアのように楽しむことなどできないだろう。
我が兄ながら、実に見事な道化ぶりだ。
過去にここまで愚かな王族がいただろうか。
でもまあ、アドリアンの舞台はここまでだ。役が終われば退場してもらうしかない。
その引導を渡すのはマリアだ。
「マリア第一王女、調べた結果を報告せよ」
国王陛下の凍てついたままの言葉に臆することなく、手元の資料を一枚めくる。
「カステルノー男爵令嬢から説明された結婚式の話ですが、当日、確かにジュリアン・ベルフォールが城内にいたという証言が数人から得られました。
日付も間違いないか確認しましたが、結婚式当日のはずなのに何故いるのか不思議に思ったということから、間違いはないかと思われます」
そして、束となった紙から、ヨレヨレになった一枚を抜き取る。
「念のため、財務官に回された食堂の利用者名簿を確認しましたが、確かにジュリアン・ベルフォールの名前が書かれていました」
そんな、という呻きに近い声が上がる中、当の本人はひたすらに俯いている。
アドリアンも幼い頃に都合が悪くなると、視界から全てを消して無かったことにならないかといった態度を取っていたなと、また笑いそうになる。
「次にカステルノー男爵令嬢から証拠として提出された、セリーヌ第二王女の手紙です。
こちらは筆跡から、セリーヌ第二王女が書いたもので間違いないと判断しました」
いつも同じスペルで跳ねたように書く癖を、数回手紙を貰ったことがある者ならば知らない筈はない。
手紙はいつもの同じ文字が躍っていた。
「既にハドリー夫人から聴き取りを終えています。
セリーヌ第二王女にお願いされて仕方なく応じたとのことでしたが、カステルノー男爵令嬢の発言だと自発的に行った可能性もありますので、再度夫婦揃って召喚する予定です」
「セリーヌ第二王女は?」
「自室での謹慎とし、口裏を合わせることのないよう、先に侍女達から聴き取りをしております」
そうか、と返した国王陛下の後ろ姿に軽く頭を下げ、ちらりとアドリアンを見る。
先程と表情が変わって、嫉妬と羨望の入り混じった目が私を見返していた。
そんな態度も今のうちだけだ。
これから地獄が待っているのだから。
「最後にジュリアン・ベルフォールに休みが無かった件ですが、これについてはセリーヌ第二王女のおねだりによるものでした。
夜寝つくまでそばにいてほしいと、連日ベッドの脇に侍らせていたとか」
実に悪趣味だ。
結婚したての騎士を新妻から取り上げ、まるでお気に入りの人形のように枕元に置く。
身分差の恋を演じて楽しんでいたのだろう。
普段は外面も良くてお利口な妹なのだが、目的の為には手段を択ばない。
最後の最後で騒動を起こしたかと胸中で呟く。
当然のようにセリーヌの侍女達からは、事前に何の報告もなかった。
こうなると、嫁ぎ先に連れて行く侍女はセリーヌ本人の希望を叶えたが、しっかり報告ができる侍女に変更が必要そうだ。
「ただし、全ての日がそうというわけでもなく、セリーヌ第二王女に命じられない日は騎士達の仮眠室で寝ている姿を見かけられています。
声をかけた同僚によると、『妻が』と言うので、噂の悪妻がいる家には帰れないのだろうと同情していたのだとか。
詳細な日付までは特定できませんでしたが、よく見かけたという印象を誰もが持っていました」
だが調べなければ、セリーヌに侍っていたと思われる印象を与えていたままだろう。
そう考えると、ジュリアン・ベルフォールは実に厄介な人物だと言える。
さて、期待通りの結果になればいいなと思いながら、マリアは口を閉じた。
「本日は謝罪と話を聞く場を設けただけに過ぎなかったが、どうやら急ぎ対処しなければならないようだな」
日頃と変わらぬ口調だが、常に威厳漂う雰囲気が怒りに見えるのか、アドリアンが窺うように見ては縮こまっている。
「この度の話し合いは非公式となる」
国王陛下の言葉に、男どもが一斉に安堵した表情へと変わり、椅子に背を預けたままズルズルと姿勢を崩していく。
きっと、首の皮一枚繋がったとでも思っているのだろう。
そんな甘っちょろい考えだからこそ、今回のような目に遭い、そしてこれから絶望することになるのだ。
「だからといって、何もかもを隠匿するわけではない」
途端、彼らがだらしない姿勢のまま、動きを止めた。
ぎこちない動きで、再び国王陛下へと注目する。
「アドリアン王太子、今より王太子の任を解く。
これは決定事項だ。その後のことはセリーヌ第二王女の話を聞いてから決めることとなる」
「そんな!」
アドリアンの悲痛な叫びは、一瞥のもとに黙殺された。
本当にいい気味。
国王陛下がマリアへと振り返った。
「マリア第一王女は立太子の準備を進める。
日取りが決まるまでは黙秘としたいところだが、噂を消すには噂が一番だ。
周囲の者を使い、めでたい話で下らぬ噂を打ち消しておけ」
「承知致しました」
「ルノー・ヴェルモンとマティアス・ロッシェの両名は、既に家の方に事情を知らせている。
適切な対応を行えば、王家からは何をすることもないと伝えているので、その身がどうなるかは帰ってから当主に確認せよ」
ヒッ、という情けない悲鳴は微かで、部屋を満たすことなく消えていく。
残されたのは屍と化した二人組だ。
彼らの処遇を当主達に任せたのは、温情などではない。
きちんと正しく高位貴族が機能しているかの確認だ。
適切な対応を取れば問題無いが、子ゆえに甘い処罰で済まそうものなら、緩やかに権力を失っていくことになるだろう。
「次にジュリアン・ベルフォール。
この度の騒動の責を取り、すぐさま子爵家から除籍する。
一代のみの騎士爵を与えるので、憂いなくセリーヌ第二王女の嫁入りに供をするがいい」
ジュリアン・ベルフォールが周囲を恐る恐る見渡した後、僅かに瞳を輝かせて大きく頷いた。
他と比べて、随分と甘い判断だと思っていそうだ。
だが、王家がそんな優しいわけがない。
ジュリアン・ベルフォールは道中で不慮の事故に遭い、亡くなる予定となっている。
こうすればセリーヌの未練も無くなるだろうし、ベルフォール子爵家も嫡男を喪って同情される。
「ベルフォール子爵家は今回の件については不問とする。
これについては、ベルフォール子爵家が子息の責を担うならば、王家も同様でなければならなくなる。そのため特に問うことはしない。
ただし、この度の離縁による、カステルノー男爵家に対しての慰謝料については庇い立てせぬ。
可能な限りカステルノー男爵家の意に沿うよう、誠意を持って対応することを罰とする」
「過分なるご配慮、感謝致します」
ベルフォール子爵が頭を下げる。
ああは言われたが、ベルフォール子爵家は唯一の子であるジュリアンを失った。
これから遠縁の中から程好い跡取りを探し、改めて後継者として教育していかなければならない。
場合によっては数年では足りず、夫妻は長く苦労することになるだろう。
これも罰の一つだ。
「クレール・カステルノー男爵令嬢には数日の内に、マリア第一王女の侍女へと打診することになる。
王家直々の打診となれば、口に出さずとも誰が被害者であったのかがわかるであろう。
これで全て帳消しになるものでもないが、すみやかに名誉の回復を取り図ろう。
また、将来性のある若者をマリア第一王女が見繕い、カステルノー男爵家に紹介させよう」
「恐れ多いことでございます」
次々と繰り出される王命にも等しい言葉に、喘ぐばかりで虫の息でしかない者達は、抵抗する意志さえ消えて打ちひしがれるだけ。
話し合いの終了を告げる言葉と共に、国王陛下が立ち上がった。
息子の不始末の為にわざわざ時間を割いたが、元来一国の王というものは忙しいのだ。
ここに残って後始末をするマリアは、頭を下げて国王陛下を見送る。
どんな言葉でアドリアンを追い詰めてやろうかと考えるマリアの胸中は、この部屋の中で一番晴れ晴れとしていることだろう。
この国で一番尊き存在が去った後でも、マリアの表情が変わることは無かったが、蔑みだけは視線に乗せて憐れな元王太子を見下ろしてやる。
「兄上」
波紋の起きない水面のように、抑揚の無い声で話しかければ、ビクリと肩を震わせたアドリアンがのろのろと顔を上げた。
「せっかく前国王の後押しで王太子になれたというのに、束の間の栄光でしたね」
敗者の瞳に感情が宿ることはない。
「ただ、男だからという理由だけで、手にすることができた王太子の座は楽しかったですか?」
わなわなと震えたままの唇が、言葉を吐き出せずに吐息を漏らすだけ。
「王太子から退いてもご安心を。
私が新たな王太子として責務を全う致しますから」
そのまま近くの騎士達に、彼らを退室させるよう命じる。
力無く歩き出した彼らの背を見ながら、さて、彼らがどのような手段で家から切り離されるのだろうかと考える。
けれど、すぐにアドリアンが公務を残したままであることを思い出し、既に自身の側近達が待機しているだろう王太子の執務室へと歩き出した。




