第六章 孤立 女神の御加護は
正座をしているので両ひざが痛い。
パイプ椅子の座面に載せたパソコンは不安定で、キーボードを打てば誤字脱字でイライラが募る。顔を上げれば満面の笑みを浮かべたヒロユキのキモイ顔と、魔女に優しくキモく話しかけるハツオの姿が目に入る。
なんか背中を丸めてる魔女は……まぁこの際どうでもいい。
それでもG材倉庫事務所に居られる間はまだよかった。
まだG材倉庫の業務を俯瞰してみることが出来たからだ。事件ではないが現場で起こっていることが、G材倉庫が成すべきことが把握できていた。
しかし嗜虐心に酔いしれた老害は、G材倉庫のリーダーに対する迫害の手を緩めることはなかった。
パイプ椅を机にしで業務させるのでは飽き足らなかった、G材倉庫のリーダーから連絡手段を奪い孤立させ、二階の誰もいないフロアへと追いやった。
格闘ゲームのように炸裂する、ハラスメント行為の盛大なコンボ技である。
携帯電話もなければ、まともな仕事すらできない状態。
誰もいない静かな部屋の一室で現場と隔絶されて、仕事も満足に出来ない状態だ
「自分は仕事をしたいだけなのに、どうしてなんだ……」
G材倉庫のリーダーは悔し涙を流す。
その時、G材倉庫のリーダーはこれがハラスメント行為、パワハラに該当すると知らなかったのだ。
☆★☆
出勤してきたG材倉庫の女神様は、三匹の魔物がのさばっている混沌としたG材倉庫事務所へ入るのを一瞬躊躇った。そろそろと遠慮気味にガラスの引き戸を開ける、その瞬間に事務所の中から吹き付ける酷い瘴気に息が詰まった。うぷ。
「お、おはようございます」
挨拶をした自分の笑顔がぎこちない。
無理もないよね、相手はとんでもない魔物三匹だからね。朝からお疲れ様です。
そう……。
G材倉庫はこの女神様によって護られているのだ。
業務のすべてにおいて、女神様はその身につけたスキルをいかんなく発揮する。正確で迅速な処理能力、リズミカルにキーボードを打つ打鍵音が小気味良い。
ああ、仕事をしている事務所だなぁと自然と背筋が伸びてくる。本当ですよ。
「もーほんとに何が起こっているの?」
どうしてこうなったのだろう。
うようよしている魔物を横目に、業務を始めた女神様は眉をひそめて小さく吐息をついた。
いきなりジェットコースターのような展開で、状況に乗り損ねた感がある。
最近のリーダー、なんか老害ふたりにいじめられて拗ねてるっぽい。私のこと戦友とか言ったのにな。
委縮している魔女がG材倉庫の新たなる責任者という話の真偽はどうなのだろう。
じめじめとして全身に妙なキノコをたくさん生やしている魔女の方など、振り返って見る気にもならない。
うっかり話しかけたら憑りつかれないかな?ちょっと、ううん、かなり嫌。……絶対に無理。
「ボクとハツオと女神様の三人で楽しくG材倉庫をやろうねぇ~」
大きな鼻の穴をふがふがさせるヒロユキはもう生理的嫌悪感MAXレベル。
「私は知りませんよ」
魔女が勘定に入っていないが心底どうでもいい。
女神様は猫撫で声の裕之の誘いを、抜き放った聖剣のひと薙ぎでずんばらりんと切り捨てた。
それなのに聞こえなかった振りなのか。G材倉庫を手中に収めてご満悦るんるんの老害二匹がキモイわウザイわ鬱陶しいわで気が滅入る。
これではとにかく仕事に集中できない。
「ううん、展開が急すぎて思考がついていかない。あ、でもお仕事しないと」
おしごとーおしごとー、すいーっ。女神様は右手で触れたマウスでくるりと円を描いた。
スーパーゆるふわ神業系"おしごと"女神様のありがたい御加護も、二階の牢獄には届かないのだろうか。
合掌。……南無南無。