第二十七章 老害の挽歌
ヒロユキがG材倉庫から遁走した翌日……。
絵衣子さんと女神様はお休みの日で、なんとG材倉庫事務所は僕とハツオだけ。
うわぁ、なんともやりにくい雰囲気だよ。
ヒロユキが勝手に出て行ったとはいえ、この度の話をしないわけにもいかない。知らない顔していても良かったんだけどね。
さて、どう切り出そうかなと、まずは熟考する。
『ヒロユキは逃げましたけど、あなたも後を追いますか?』
いや待て待て、いきなり攻撃力最大でぶん殴るみたいじゃないか。
『ヒロユキから、第二倉庫へ行くように言われたんじゃないですか?』
いや待てって。どう言い出そうかなと、女神様のように「きゅ?」と小首をかしげて考える。
考えててもしょうがないや。もう感情的にも心情的にも相容れないんだから。
分かってるんだよ。ハツオは魔女が気に入っていてね、一緒に仕事がしたかったんだ。魔女をG材倉庫のリーダーにしたいと考えた。だから、ハツオは僕が邪魔になったんだ。
「……それで、どうするんです?」
僕はそれでも丁寧に、そう問い掛けた。
「どうするとは……」
ちょ、説明がいるの?この期に及んで? しかたないなぁ。
「昨日、こんなことになりましたけど。どうされるのかなと思いまして」
「ふん、会社からの指示がないのに、勝手に動けるわけがないだろう!」
うわ怒り出したよ、めんどくさいな。
なんかぷるぷるしてるし、どこか調子悪いのかね。
しかし『勝手に動けるわけがない』って、あんたの相棒のヒロユキは勝手に出て行ったけど?それはいいの?
もう何を考えているのか分からない。
「僕がリーダーとして、この倉庫を預からせてもらいます、それでよろしいですか?」
これはもう、ハツオの息の根を止めるような言葉だ。
僕がようように声を絞り出すと、ハツオはなおも、ぷるぷるしながら。
すごく不機嫌そうな顔をした。
「お前なんか要らん、他の担務についてどこかに行ってくれ」
まだ毒を吐きかけるのか。
ああ、やっぱりだめだ。この人とは同じ彼方を見ていられないんだ。
分かってはいたけど、そこで線引きが出来た気がしたよ。
ヒロユキの実績なんて、悪い噂しか聞いたことがないけど。ハツオは会社への貢献度も高かった。大きな失態もあったようだけど。
そこに目をつぶっても、こんな高齢でも会社はパート契約を続けていた。
実は僕も尊敬していた。でも今のハツオはとても小さな存在に思えたんだ。
それにね、ハツオに対する人事課の評価が僕の耳に入っていた。
『ハツオ? ああ、仕事なんてしないしない、しゃべってるばかりだからな』
人事課長が顔をしかめながら、そういうくらいだから。
うん。魔女に魅了されたかな、魔法は強力なんだね……。
結局、ハツオは会社からパート契約をしてもらえなくて。しつこく恨み節を唸っていたけど、あきらめて退職していったんだ。
☆★☆
お仕事が終わって帰宅しても、主婦には家事があるのです。ほんとうに、お疲れ様です。
洗い物を済ませた絵衣子は、肩をぽんぽんしながら廊下を歩く。
そろそろ、ゆるちゃんを寝かせる時間だ。近頃は自分と融合していないと、女神はぐーんと年齢が下がってしまう。
どうしてか分からないけど。
「ゆるちゃんどこ? そろそろ寝よう?」
絵衣子は家の中を、あっちこっちと探して回る。
「もう、どこ行っちゃったのかなぁ?」
そこで絵衣子は「あふ……」と、あくびをひとつ。G材倉庫、職場がおかしなことになっているせいか、疲れ気味なのだ。
「う~ん、ゆるちゃんと合体していないと、どうにも体が重いな」
ちょっと合体って、ロボかあんたは。
女神が現界に顕現するための依り代である絵衣子は、ゆるちゃんから天界の護りを授かっているのかもしれない。
「ゆーるちゃん、どこ? どこかなぁ?」
ゆるゆるゆるちゃん、どーこかな? なんて変な歌を歌う絵衣子は、ふと足を止めた。
「え?なんだろう」
急に胸がざわざわとする。押し寄せてくる不安に、絵衣子は両腕で自分の体を抱きしめた。
しばらくそうして体をさすっていた絵衣子は、壁に寄りかかるようにして階段を一段一段ゆっくりと降りていく。
次第に何かの予感が、絵衣子の脳裏に囁きかける。辿り着いたのはリビングだ。ごくりと唾をのんだ絵衣子は、震える手で扉の取っ手を掴み、そして開いた。
「ゆるちゃん、なの?」
リビングを支配する暗闇へ、絵衣子が声をかけた時。
突然、暗闇を退ける光が弾け、絵衣子は思わず両手をかざす。なにかの異変が起こっている、意を決した絵衣子は、自分を取り込みそうになる恐怖をかなぐり捨てて部屋へ踏み込んだ。
「大丈夫? ゆるちゃんっ!」
「あ、絵衣子さん……ですか?」
「ゆ、ゆるちゃん」
絵衣子は目の前の光景に鋭く息をのんだ。
目の前には立っているのは、可愛い女神のゆるちゃんではない。「すーぱー」でも「ゆるふわ」でも「神業お仕事系」でもない。絵衣子が知る、あの愛らしい女神の姿ではない。
青白い光を放つ聖剣を帯びた、戦乙女が長い髪を揺らして静かに振り返った。
「絵衣子さん、私には見えるんです……大きな、とても大きな災禍が」
戦装束を纏う女神の頬を、一筋の涙が伝った。
長くその場所にいた人が、静かに舞台を降りること。
それは時に、誰かの記憶の中だけで歌われる“挽歌”のようなものかもしれません。
今回の章では、ハツオという人物の「去り際」と、
絵衣子さんの前に現れた「本来の女神」としてのゆるちゃんという、二つの大きな転機を描きました。
一方は、過去にしがみついたまま立ち去り、もう一方は、未来の災厄を見据えて目覚める。
それぞれが「終わり」と「始まり」を背負っていて、
物語の歯車がまたひとつ、大きく動き始めた……そんな回です。
この先、「ゆるふわ」だけでは済まされない展開が待っていますけど、
彼らが選ぶ「道」が、どうか読んでくださるあなたの心にも響きますように。
ありがとうございます。
次回も、どうぞお楽しみに──。




