第一章 嵐の前ぶれ
「どこへもかしこへもいい顔しやがって!」
ブラックホールのように大きく黒い鼻の穴を膨らませたヒロユキが、がつがつバリバリと菓子を喰ってでっぷりと肥えた腹を揺らしてG材倉庫事務所を震わせる怒声をあげた。
耐震強度がよくないG材倉庫の事務所が倒壊したらどうするんだ、お前も生き埋めになるんだぞ。
「余計な仕事を増やしやがって、ハツオに怒鳴られてもしょうがないわ!」
特に余計な仕事を増やしたわけではない。
現場から依頼された定例業務の説明をしていたG材倉庫リーダーを務める僕は、浴びせられた激しい怒声に驚いて首をすくめた。
(あんたがやらないっていうから、自分でやるって言っただろうがよ。こいつ耳がついてるのか?それとも脂肪で耳の穴がふさがったか?)
G材倉庫リーダーは職場内で、しかもほかの社員がいる場所でこっぴどく怒鳴られた意味がわからなかった。
げじげじ眉毛をぴくぴくと動かしながら、ふーふーと鼻息も荒いヒロユキの座右の銘はこうだ。
「時間内は精一杯働かせていただきます」(注意)パートの領分以外の仕事はしませぇん。
担当者であるヒロユキへ、業務引継ぎの説明をしただけであれほどに怒鳴られるなど。
これは完全なハラスメント行為。業務の上で必要かつ相当な範囲を超える言動……。暴言や恫喝の類、パワハラの極みだよな?
話し合いで解決するならう話は分かる。
頭ごなしに怒鳴りつけれて、たまらず僕は避難することにしたんだ。守衛室まで歩いて、かくかくしかじかと事情を話すと、守衛さんは快く「少し休んでいきな」って、言ってくれたんだ。
だが、これがヒロユキの謀略の狼煙であることに気づくまで、そう時間はかからなかった。
ほぼ実話です。
ヒロユキというキャラクターは、私が実際に受けた複数のハラスメント行為をもとに構築されています。
彼からの言動はすべて組合へ報告済みであり、複数の証言とともに組織として正式に「ハラスメント」と認定されました。
このことはフィクションであっても一部は決して“創作”ではありません。
こういった人物がのさばる現実の怖さ、そして彼らがもたらす職場の空気の劣化を少しでもリアルに描けていたなら幸いです。
なお、こういった行為には「時効はない」そうです――。