第十章 楽園と地獄の狭間
追い出し部屋に横たわる静寂が、じっとG材倉庫リーダーを見張っている。
この部屋は以前、現場社員の詰め所だったが、今は打ち捨てられ人のぬくもりなどとうに失われている。ただ淀んだ空気が滞留するのみだ。
【追い出し部屋】意図的に気に入らない社員の席を隔離するなどの、人間関係からの切り離し、または仕事をさせない……。老害ども、得意げになってるけどこれもパワハラだからな。
とりあえず自分のPCは取り戻した。インターネットとサーバーへの接続は本社のIT企画部が設定をしてくれた。
これで基幹システムは使用可能になる。しかし肝心のプリンターがない。いやあるにはあるが、超がつく骨董品でうんともすんとも応えない。IT企画部もさじを投げてしまった。
え〜この会社はプリンターまで老害かよ。
基幹システムで書類を作成できても、印刷できなければなんにもならない。
要するにG材倉庫リーダーは仕事が出来る環境ではない場所に置かれているのだ。
「……はぁ」
一向に事態は好転しない。
マウスを放り出したG材倉庫リーダーは深いため息をついた。
その時。
ひた
部屋の外から音が聞こえる。
「え、なんの音?」
ひた……ひたひたひたひた。
「ええええ、ちょっとちょっちょっちょ! 待って待って!」
ひたひたひた……ひたり 止まった?
おいおいおい、追い出し部屋には幽霊でも出るのか?この追い出し部屋で無念にも心を折られ退職していった社員の亡霊でも出るというのか!?
でも、話が合いそうだよね。
って、和んでる場合ではない。
まぁ階下には老害という醜い魔物が巣くっていたり、事務職なのにPCスキルを持たない(覚えない)ポンコツ魔女がのさばっているのだが。
からからから。
追い出し部屋の引き戸が開けられて、にゅっと魔女が首を突っ込んできた。うわ。
(うわ。なんだ?何か用なのか?)
のっそりと追い出し部屋に入り込んで来た魔女は、おそるおそる携帯電話を差し出した。それは業務用携帯電話だ、かつてG材倉庫リーダーと共に数多の戦場を駆けたのだ。
「ええと、何すか?」
「ボソボソ」
「え? なんだって?」
「ボソボソボソボソボソボソ」
「だから何ですか?」
「現場の人が何を言っているかわかりません」
(呪文かと思ったよ、驚かせないでくれ)
魔女が何を言っているのかさっぱりわからない。
現場の社員も同じ言語なんだろ?どういうことなんだよ「わからない」って。
「自分が対処できない要求案件は断ってしまえって、ハツオが言うんですぅ〜」
その言葉が呼び水だった。
「ヒロユキとハツオがずっと私が電話をする様子を見張っているんです。ハツオが後ろから分からないなら断ってしまえって囁くんです。でも、でもでも断ろうにもなにを言われているかわからなくて。するとハツオが電話を取り上げて仕事を引き受けているようです。私には断れって言ったくせに。私が断らないとヒロユキが後ろで机を叩いたり、聞こえよがしに大きなため息をつくんですぅ〜。徹さん課長は私が電話に出ると光の速さで切っちゃうんですぅ~」
あああ、長い長い長い。
魔女は延々と訴えかけてくる。あのなぁ、僕の立場が分かってる?
まだなにかブツブツ呪文を唱えている魔女に伝わるはずもなかった。
ヒロユキとハツオに見張られていて、電話が怖いんだってさ。
みんなどう思う?
人は自分の立ち位置を見失ったとき、笑うか、怒るか、黙るか、どれかを選ぶようです。
追い出し部屋に押し込まれたG材倉庫リーダーは、今日も「自分の価値」を問いながら、
キーボードを叩き、誰にも聞かれない独り言でツッコミを入れ、魔女の混乱に付き合いながら、なお、現場を想っていました。
それでも誰かに必要とされるって、きっとそういうことなのかもしれません。
骨董品のプリンターさん、老害呼ばわりしてごめんなさい。君は現役時代たくさん働いて、そして役目を終えて休んでいるんだよね。
「一生懸命に働きたい」その想いを邪魔される職場ってどうなの?




