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3 気まずい朝からギルドへと

翌朝。


目を覚ました瞬間、昨日の出来事が頭をよぎった。

風呂場でのあの気まずい空気……いや、忘れよう。


体を起こし、簡単に身支度を済ませて部屋を出ると、ダイニングにエリスが座っていた。

彼女はパンとスープの簡単な朝食を用意しており、俺の顔を見るなり、わずかに目を逸らす。


「……おはよう」


「お、おはよう」


ぎこちない挨拶のあと、沈黙が流れる。

俺は椅子に座り、目の前のスープを一口すする。


「昨日のことは……」


「忘れろ」


俺がそう言うと、エリスは小さく頷きながらパンをちぎった。

どうにも微妙な空気だが、今さら蒸し返すのも面倒だ。


「……スープ、うまいな」


「そ、そう? まあ、簡単なものだけど」


「それでも、ありがたいよ」


少しずつ会話が戻り、ようやく落ち着いた雰囲気になってきた。

俺がパンをかじっていると、エリスがふと俺の顔をじっと見つめてきた。


「レオン、今日は少し時間ある?」


「特に予定はないが……どうした?」


「昨日言ったでしょ? 私の所属するギルドで、軍師の仕事を探してるって」


「ああ、確かに聞いたな」


「ちょうど今日、ギルドの幹部と会う予定があるの。良ければ一緒に来ない?」


「ギルドの幹部……?」


「うん、ギルドマスターじゃないけど、かなり重要な人よ。レオンが本当に実力のある軍師なら、きっと興味を持ってくれると思う」


ギルドか……。

俺はしばらく考える。


このまま何もしなければ、いずれ金も尽きるし、まともに生活することすらできなくなる。

かといって、普通の冒険者としてやっていくのも難しい。俺は前衛で戦うタイプではないし、やるならやはり戦略を活かせる仕事がいい。


「そのギルド、どういう組織なんだ?」


「一言で言えば、裏の仕事も請け負うギルドかな。表向きは普通の冒険者ギルドだけど、実際は情報収集や潜入調査、時には国の依頼で暗躍することもある」


「……なるほど。つまり、王都の普通のギルドとは違うってことか」


「そういうこと。だからこそ、レオンの知識や戦略眼が活かせると思うの」


興味深い話だ。


今まで勇者パーティで培ってきた戦略や情報分析の能力が活かせる場所があるなら、そこに乗るのも悪くない。


「わかった。案内してくれ」


「決まりね!」


エリスは満足そうに微笑み、俺の皿を片付けながら言った。


「じゃあ、準備ができたら出発しましょ。ギルドは王都の商業区の奥にあるわ」


「了解」


ギルドへ向かう道すがら、エリスは軽快な足取りで歩きながら説明を続けた。


「ギルドの名前は《黒狼の牙》。規模はそこそこ大きいけど、普通の冒険者ギルドとは違って、依頼の種類が幅広いの」


「幅広い?」


「そう。討伐や護衛はもちろん、偵察や情報収集、それに……」


エリスは周囲を見回し、声を潜めた。


「時には、王族や貴族の依頼で、ちょっとした裏の仕事も請け負うわ」


なるほど。表向きは普通のギルドだが、実態はスパイや傭兵のような活動もしているわけか。


「それってつまり……違法な仕事もやるってことか?」


「ギルドの方針として、あまり法に触れるようなことはしないけど、グレーゾーンの依頼はあるわね。たとえば、ある貴族の動向を探るとか、密輸業者の取り締まりをするとか」


「密輸業者の取り締まり?」


「そうよ。普通なら騎士団がやる仕事だけど、汚れ仕事を直接やりたくない貴族が、私たちみたいなギルドに依頼するの」


なかなか興味深い。つまり、ここでなら戦略や情報分析の能力が活かせる可能性が高いということだ。


「なるほどな……。エリス、お前はどんな仕事をしてるんだ?」


「私は主に潜入調査や護衛ね。たまに戦闘もあるけど、私はそこまで前衛向きじゃないから、サポートのほうが多いかな」


「ふーん……お前、強そうに見えるけどな」


「む……」


エリスは頬を膨らませて、ふんっとそっぽを向いた。


「それって、女の子に対して言うセリフ?」


「ああ、悪い。つまり、頼りになるってことだよ」


「……ならいいけど」


なんだか妙に機嫌を直すのが早い。こういうところを見ると、意外と単純な性格なのかもしれない。


そんな他愛ない会話をしているうちに、俺たちはギルドの建物の前に辿り着いた。


目の前に広がるのは、黒いレンガ造りの建物。見た目は他のギルドと大差ないが、よく見れば入口には鋭い目つきをした屈強な男たちが立っている。


「ここが《黒狼の牙》よ」


エリスが先に歩み寄ると、門番らしき男たちは彼女を見て軽く頷いた。


「おかえり、エリス。そいつは?」


「私の知り合い。ギルドに紹介したくて連れてきたの」


門番たちは俺を値踏みするように見つめる。


「……まあ、エリスの知り合いなら通してやるよ。だが、ここは甘い場所じゃねえ。覚えておけ」


「もちろんだ」


俺は落ち着いた様子で答え、ギルドの扉をくぐる。


その瞬間、独特な雰囲気が肌に伝わった。


ざわめく酒場のような空気、鋭い視線を送る男たち、そして壁に張り出された依頼の数々。


確かに、ここはただの冒険者ギルドとは一線を画す場所だ。


「さ、行きましょ。幹部の人に会わせるわ」


エリスの言葉に促されながら、俺はギルドの奥へと足を踏み入れる。


先ほどまでの酒場のようなざわめきから一転し、奥の空間は静かだった。廊下には分厚い木の扉が並び、その一つ一つが重厚な雰囲気を醸し出している。まるで城の内部にでも入り込んだような気分だった。


「この先にギルドの幹部がいるのか?」


「ええ。ここは重要な作戦会議や、高ランクの依頼を決める場所でもあるの。普通の冒険者は滅多に入れないけど、私は推薦枠があるから大丈夫よ」


エリスはそう言って、長い廊下の奥にある大きな扉の前で立ち止まった。


「ここね」


彼女が軽くノックをすると、中から低く響く声が返ってきた。


「入れ」


扉が静かに開かれると、そこには広々とした部屋が広がっていた。中央には円形の大きなテーブルがあり、数人の男たちが座っている。その中でも、特に目を引いたのは、一番奥に座っている壮年の男だった。


銀髪に整えられた髭、厳しい目つき。全身からただならぬ威圧感が漂っている。


エリスは俺に向かって小さく頷くと、その男に向かって歩み寄った。


「団長、エリスです。今日は一人、紹介したい人がいて連れてきました」


「……紹介?」


団長と呼ばれた男はゆっくりと俺に視線を向けた。その眼光の鋭さに思わず息を呑む。


「お前が、その紹介される者か?」


「はい。俺は──」


名を名乗ろうとした瞬間、団長は手を挙げて俺の言葉を遮った。


「名乗るのは後だ。まずは──」


彼はゆっくりと立ち上がり、俺の目の前に歩み寄る。そして、じっと俺の目を覗き込むように見つめた。


「お前に問う。お前は何のためにここに来た?」


真っ直ぐな問いだった。


試されている。ここで俺が曖昧な答えをすれば、即座に門前払いを食らうだろう。


俺は深く息を吸い、正直な思いを言葉にした。


「俺は……自分の力を試したい。この世界で生き抜くために、戦う場所が必要なんです」


団長は数秒沈黙した後、ゆっくりと頷いた。


「なるほど……。ならば、試練を受けてもらう」


「試練……?」


「このギルドに入るには、実力を示さねばならん。死ぬ覚悟がない者は、今すぐ帰るがいい」


静寂が場を包む。


だが、俺の中には迷いはなかった。


「……わかりました。受けます」


俺の言葉を聞いた団長は、満足そうに微笑んだ。


「よし。では、明日の朝までに準備をしておけ」


団長の言葉が、部屋の静寂に深く響いた。


ギルドに入るための試練。俺にとっては未知の挑戦だが、ここで怯んでいる場合じゃない。冒険者として生きると決めた以上、試練を乗り越えなければならない。


「……わかりました」


俺がそう答えると、団長は満足げに頷いた。


「エリス、お前がこいつの準備を手伝ってやれ」


「了解しました、団長」


エリスが軽く敬礼すると、団長は再び椅子に腰を下ろし、俺たちを退室させるように視線を向けた。


俺たちは静かに部屋を後にし、長い廊下を引き返していく。


「……大丈夫?」


「ん?」


「結構、強気に出たけど、不安とかないの?」


エリスが小さく笑いながら俺の顔を覗き込んできた。その表情にはどこか楽しげな色が混じっている。


「そりゃ、未知の試練だからな。不安がないと言えば嘘になる」


「でも、逃げる気はない?」


「ああ。ここで挑戦しなきゃ、俺が冒険者になった意味がないからな」


俺がそう答えると、エリスは少し驚いたような顔をして、すぐに微笑んだ。


「……いいわね、その心意気。じゃあ、今日はしっかり準備しましょう。試練の内容は明かされてないけど、最低限の装備と回復薬くらいは用意しておいた方がいいわ」


「頼む、エリス。色々教えてくれ」


「ええ、任せて!」


そうして、俺はギルド加入の試練へと向けて、エリスとともに準備を始めるのだった。


未知の挑戦。だが、不思議と胸が高鳴るのを感じていた。



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