2 エリスとの出会い
「軍師の仕事に興味ない?」
そう言いながら、目の前の赤髪の少女――彼女はエリスというらしいが、彼女は軽く笑みを浮かべて言った。レオンはその言葉に一瞬戸惑った。
「軍師? 俺にはもう関係ない話だ。」
そう答えたが、内心ではその言葉がどうにも引っかかっていた。確かに、レオンは勇者パーティで軍師をしていた。
だが、それはもう過去のことだ。今は追放されて、ただの平凡な男として、ここに立っているだけだ。
「それはそうかもしれないけど…」エリスは少し困ったように言うと、すぐに真剣な顔に変わった。
「でも、君のような実力を持っている人間を無駄にするのはもったいない。」
レオンは少し首をかしげた。その真意を測りかねていた。
エリスはその目をしっかりと見据えながら、続けた。
「君がどんな理由で追放されたのか、私は知らないけれど、君の軍師としての能力は確かだ。そして、今この街には君の力が必要だと思う。」
その言葉に、レオンはますます興味を引かれた。「どういうことだ?」
エリスは少しだけ間を置き、答える。
「ここにはギルドがあるんだ。あまり大きくないけど、独自に情報を集めて、依頼をこなしている。その中で、戦力の補強が急務なんだよ。」
レオンは眉をひそめた。
「戦力の補強?」
「そう。軍師の力を借りたいというわけだ。君のような実力者がいれば、私たちの活動が大きく変わる。」
エリスは一歩踏み出すようにして言った。
「ギルドはあなたを最大限生かしてくれる。それに、君が生き残るためにも、ここで働く方がいいと思うんだよね。」
レオンはその言葉に心を動かされながらも、まだ決断できなかった。だが、彼の中でふと、こんな考えが浮かんだ。
「…生き残るためか。」
その一言で、すべてが繋がった。追放され、何もなくなった自分にとって、この先生き残るための道を選ぶしかない。だが、それは同時に新しい挑戦でもあった。
「分かった。」レオンは短く答える。
「ギルドに入る。」
エリスはその返事に満足そうに頷き、「決まりね」と笑った。
そして、話も終わり、エリスと共に酒場を後にした。
エリスと共に酒場を後にした俺は、夜の王都を歩いていた。
王城の近くほど立派な建物が多いが、少し外れれば活気のある商業区や、質素な家々が並ぶ住宅街が広がっている。
「さて、とりあえず安宿でも探すか」
懐事情は決して楽ではない。
勇者パーティにいた頃は宿代など気にする必要はなかったが、今の俺には一文無し同然だ。
無駄遣いはできない。
隣を歩くエリスが、俺をちらりと見た。
「レオン、これからどうするつもり?」
「そうだな……。まずは寝床を確保する。明日からのことはそれから考えるさ」
俺がそう答えると、エリスはしばらく考え込むように口元に指を当て、やがて小さく頷いた。
「なら、うちに来る?」
「……は?」
思わず聞き返してしまう。
エリスは当然のような顔をしていた。
「どうせ今夜の宿も決まってないんでしょ? 私の家、そこそこ広いし、一部屋ぐらい貸せるわ」
「いや、助かるけど……いいのか?」
「うん。まあ、色々事情もあるしね」
エリスは意味ありげに笑う。
彼女がどこまで考えているのかはわからないが、今は素直に甘えておくのが得策か。
「じゃあ、世話になる」
「決まりね!」
エリスの案内で、少し寂れた住宅街を抜けると、彼女の家にたどり着いた。
外観は一見普通の民家に見えたが、中に入ると驚いた。
「……お前、金持ちか?」
シンプルながら上質な家具が揃っている。
暖炉のそばにはふかふかのソファが置かれ、食卓には清潔な布が敷かれていた。
質素な外観とは裏腹に、内装はかなり整っている。
「んー、まあね。実はこれでも貴族の家の出でね。でも今は家を出てるのよ」
「なるほどな……」
つまり、エリスは貴族の娘だが、何かしらの理由で家を離れ、この街で暮らしているということか。
酒場で働いていたのも、何か事情があるのかもしれない。
「とりあえず、お風呂でも入る? 旅の疲れもあるでしょ?」
「……風呂?」
まさかこんな場所で風呂に入れるとは思わなかった。
これまでの旅では川や湖で体を洗うことがほとんどだったし、まともに湯船に浸かるのはいつ以来だろうか。
「遠慮しないで、使っていいわよ」
「……じゃあ、ありがたく使わせてもらう」
温かい湯に浸かりながら、俺は今後のことを考える。
勇者パーティを追放された以上、もう彼らと関わることはない。
だが、俺にはまだやることがある。
この国で、いや、この世界で生き残るために――。
湯船の中で、俺は静かに拳を握った。
あの日、アレンに追放された理由は、結局のところ、俺の存在が「邪魔」になったからだろう。
最初は信じられなかった。あれほどまでに俺の戦略を頼りにしていたはずのアレンたちが、突然俺を切り捨てるなんて。
だが、振り返ってみれば、奴らは最初から俺を道具としてしか見ていなかったのかもしれない。
俺がいなければ戦えないなんて、最初から思っていなかったのだろう。
そのことが、今になってじわじわと胸に重くのしかかってくる。
あの場にいた仲間たち、特にリディアやガイルが冷たい目で俺を見ていたことが忘れられない。
「俺は…あのまま、あいつらのために戦い続けるべきだったのか?」
無理に考えを整理しようとするが、答えは出ない。
だが、今はそれを考えても仕方がない。
俺にはこれから、自分自身の道を切り開かなければならない。
「……ふぅ」
ため息をつきながら、湯船から立ち上がる。
湯気がもうもうと立ち込め、肌にまとわりつくような熱気が俺の身体を包み込んでいた。
俺は湯船の縁に手をかけ、ゆっくりと湯から上がる。
「……っ!」
背後で小さく息を呑む音が聞こえた。
振り返ると、エリスがタオルを手に持ったまま固まっていた。
「……おい、なんでお前がここにいるんだ?」
「えっ、あ、違う! その……タオル、持ってきただけ……」
エリスは慌てて目をそらしながら、タオルを差し出してくる。
俺は無言で受け取り、素早く身体を拭いた。
エリスもタオルを胸元に押し当てたまま、気まずそうに立っている。
なんだろう、この微妙な空気は。
「……さっさと拭いて、寝なさいよ」
「わかってる……」
俺たちは無言のまま風呂場を後にし、それぞれの部屋へ向かった。
翌朝。
目を覚ました瞬間、昨日の出来事が頭をよぎった。
風呂場でのあの気まずい空気……いや、忘れよう。
部屋を出ると、エリスがダイニングに座っていた。
俺の顔を見るなり、彼女は気まずそうに視線を逸らす。
「……おはよう」
「お、おはよう」
しばし沈黙。
「昨日のことは……」
「忘れろ」
俺の言葉に、エリスは目を逸らしながら小さく頷いた。
俺たちは気まずい朝を迎えたのだった。
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