1 軍師、追放される
「レオン、お前を勇者パーティから追放する」
王城の広間に勇者アレンの声が響いた。
アレンは玉座の前で腕を組み、こちらを見下ろしている。
豪華な金の鎧に身を包み、まるで全てが自分の意のままになるかのような顔だ。
「……何を言っている?」
俺は思わず聞き返した。
だが、アレンはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「聞こえなかったのか? お前はもういらないって言ってるんだよ」
広間には、パーティの仲間たちも集まっていた。
剣士のリディア、聖女のマリア、弓使いのガイル――。
だが、誰も俺を庇おうとはしない。
「待てよ、アレン。俺がいなかったら、お前ら戦えないだろ」
「は? 何言ってんだ、お前」
アレンが嘲笑する。
「戦うのは俺たちだろ? お前は後ろでチマチマ作戦考えてるだけじゃねぇか」
「その『チマチマした作戦』がなければ、お前ら何度死んでたと思ってる?」
「そんなもん、俺たちの実力でなんとかできるんだよ!」
アレンが拳を振り上げる。
「俺たちは勇者パーティだぞ!? 小細工なんかなくても、魔王を倒せるんだよ!」
俺は息を呑んだ。
本気でそう思っているのか?
今までの戦いを思い返す。
魔王軍は圧倒的な兵力を持ち、強敵ばかりだった。
俺は戦術を駆使し、時には交渉し、時には罠を仕掛けて、ギリギリの勝利を収めてきた。
それがなければ、勇者パーティはとっくに全滅していたはずだ。
なのに――。
「お前みたいな『小物』が俺たちと一緒にいる意味はねぇんだよ」
アレンの言葉に、剣士リディアが小さく頷く。
「……アレンの言う通りよ。戦えない人間は、いらない」
「っ……!」
裏切られた。
そう思った瞬間、胸が締め付けられるような痛みが走る。
リディアはずっと一緒に戦ってきた仲間だった。
だが、彼女の目には一片の迷いもない。
「国王陛下、これで決まりですね?」
聖女マリアが微笑みながら国王に話しかける。
国王は面倒そうに頷いた。
「勇者様がそうおっしゃるなら……レオン、お前にはこの国を出て行ってもらう」
俺は拳を握りしめた。
「勇者が無策で突っ込んで死にかけたのは何度もあった。あれを支えていたのは誰だ?」
「うるせぇ!」
苛立ったようにアレンは足を踏み鳴らした。
「最近の戦いを振り返ってみろ! 俺たちはどんな敵にも圧勝してきた!」
「それは――」
レオンが口を開きかけるが、アレンは言葉を遮るように手を振る。
「戦略? 戦術? そんなものはもういらない! 俺の剣があれば十分だ! お前の小賢しい策なんて、俺たちには必要ないんだよ!」
広間に沈黙が落ちる。
レオンは信じられなかった。
確かに、最近の戦いではアレンたちは敵を圧倒してきた。
しかし、それはレオンが裏で緻密に計算し、戦場を支配していたからだ。
敵の陣形を崩し、罠を仕掛け、最も効率的な戦い方を選んでいた。
レオンの戦略がなければ、彼らはとっくに敗北していたはずだ。
「アレン、お前は本当にそれでいいのか?」
レオンは静かに問いかける。
しかし、アレンは嘲るように笑った。
「お前、勘違いしてないか? お前がいなくても、俺たちは勝てるんだよ」
「……」
「だからもう消えろ。お前は勇者パーティには不要だ」
その言葉に、レオンの心が冷えた。
アレンとレオンの関係は、まるで光と影のようだった。アレンはいつも自分の力を過信し、その傲慢さで周囲を圧倒しようとする。だが、その影には、レオンという影のような存在がいる。レオンはいつもアレンを支え、彼を信じ続けた。
レオンがアレンに最初に力を貸したのは、まだ彼が無名の頃だ。アレンが初めてギルドに参加したとき、他の冒険者たちは彼の実力を疑い、冷ややかな目で見ていた。その中でレオンだけは、アレンに対して無条件の信頼を寄せていた。アレンが迷った時、レオンは決して彼を否定することなく、常に背中を押し続けた。
ある戦闘では、アレンが自分の強さを過信して突っ込んだ結果、仲間たちが危険にさらされてしまった。その時、レオンはアレンを守るために身を挺して立ち向かい、アレンに冷静さと協調の大切さを教えた。その瞬間、アレンはレオンの真摯な支援と忠誠心に気づき、初めて心の中で彼の言葉を受け入れるようになった。
だが、それでもアレンは根本的に変わらなかった。レオンがどれだけ自分を信じ、支えてくれたとしても、アレンは彼の支援を当然のこととして受け入れていた。そして、レオンの気持ちやアレンを見守る気持ちに気づくことはなかった。そんなアレンの態度に、次第にレオンは心の中で距離を感じるようになる。レオンの信頼が深ければ深いほど、アレンの無自覚な傲慢さが浮き彫りになっていった。
その差が、今の二人の関係を作り上げてしまったのだろう。
「……本気で言ってるんだな」
「当然だ」
アレンが腕を組んだまま、堂々と言い放つ。
「お前は今すぐこの王都から出ていけ。もう俺たちに関わるな」
「……そうか。なら、いい」
この場に味方はいない。
それが、レオンに突きつけられた現実だった。
護衛の騎士たちが近づき、レオンの腕を乱暴に掴む。
「勇者様の命令だ。さっさと出ていけ」
そう言い放ち、無理やり広間の外へと連れ出そうとする。
しかし、レオンは抵抗せず、静かに歩き出した。
自分がここにいる理由はもうない。
扉の前で、最後に一度だけ振り返る。
「アレン……お前は気づいていないんだろうな」
「は? なんの話だ?」
レオンはゆっくりと微笑んだ。
「俺がいなければ、お前たちは詰む。そのうち、思い知るさ」
「ハッ、何をバカなことを。お前なんかいなくても、俺たちは無敵なんだよ!」
レオンはもう何も言わず、王城を後にした。
王城を追われ、レオンはただ夜の王都を歩いていた。
胸の奥が、冷たい怒りと虚しさで満たされていく。
(……本当に、これで終わりなのか?)
勇者アレンの傲慢な態度。
リディアたちの冷たい視線。
国王の無関心な態度。
何年も支えてきたのに、一瞬で切り捨てられた。
ふと、周囲の視線に気づく。
街の人々がヒソヒソと噂していた。
「見ろよ、あれが勇者パーティーから追放された奴だ笑」
「勇者様に見限られたんだろ? やっぱり無能だったんじゃねぇの?」
「ははっ、偉そうにしてた罰だな」
レオンの拳が震えた。
(ふざけるな……)
――俺がいなければ、お前ら全員詰むんだよ。
苛立ちを覚えつつも、レオンは唇を噛み締める。
ここで怒りをぶつけても、何も変わらない。
だが、このまま終わるつもりもない。
(ならば……俺のやり方で成り上がってやる)
レオンは静かに決意した。
レオンは、薄暗い酒場の片隅で安酒を煽っていた。
くたびれた木製の椅子にもたれ、ため息をつく。
所持金は、残り銀貨数枚。
宿代を払えば、それでほぼ底をつく。
――このままじゃ、まともに生きることすら難しい。
「チッ……」
小さく舌打ちして、空になったグラスを乱暴に置いた。
酒場の片隅は、いつも通りの喧騒に包まれている。
「なぁ、お前、聞いたか?」
「なんだよ?」
「勇者アレン様が、新しい討伐軍を組織するらしいぜ」
「はぁ? そんな余裕あんのかよ」
「さっき、ギルドのやつが言ってたんだ。国王陛下が、大金を積んで勇者様の軍を強化するってさ」
「へー、そりゃたいそうなこった、どうせ負けるだろうけどな」
「そんなことないだろ、勇者様なら今回も余裕だよ、なんせ最近の戦いは全勝なんだからな!」
「ハッ、どうだか……」
そんなような会話が、酒場のあちこちで飛び交っている。
レオンは、その会話を聞きながら、鼻で笑った。
――勇者アレンが討伐軍を組織? そんなもので魔王を倒せると思っているのか。
まったく、どこまでも愚かだ。
どうせ、綺麗な言葉を並べて兵士たちを扇動し、何の策もなく戦場へ送り出すのだろう。
そして、負ける。
「……さて、どうするか」
レオンは再び、酒を口に運ぶ。
――この世界で生き抜くためには、どこかの勢力に取り入るか、自分の力で何かを成し遂げるしかない。
だが、問題がある。
戦う力がない。
剣を振るうことも、魔法を使うこともできない。
どんなに戦術を考えたところで、軍を指揮する立場でもない。
かつては、勇者パーティーの裏方として働いていた。
戦闘の指示を出し、戦局をコントロールし、仲間を勝利へ導いた。
だが、彼らはそんな俺の存在を軽視し、そして――俺を追放した。
今さら、どこかの軍に拾ってもらうわけにもいかない。
「……クソッタレが」
レオンは小さく呟き、グラスの酒を飲み干した。
そのとき、不意に隣の席から声がかかった。
「ねぇ、そこのお兄さん」
少し鼻にかかったような、色気のある声だった。
レオンは訝しげに振り向く。
赤い髪の女が、ニヤリと笑っている。
切れ長の瞳が、まるで獲物を見つけたかのように光っていた。
「軍師の仕事に興味はない?」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
「……は?」
レオンはその女をじっと見つめた。彼女の表情には軽蔑と興味の入り混じったような微妙なニュアンスが感じられ、見た目の色気とは裏腹に、どこか鋭い観察力を持っているのが分かった。
「君、何者だ?」
「私? ただの商売人よ。けど、情報を得るのが得意でね。」彼女は微笑んで答えた。
「そして、君がどんな人間かも大体わかってる。」
レオンは言葉を詰まらせた。今までの人生の中で、こんなにも直感的に自分を見抜かれたことはなかった。だが、反論するのも疲れた。
「で、軍師の仕事に興味があるって?」レオンが冷ややかに問い返す。
「興味がないわけじゃないでしょ? 勇者アレンのような無能に使われるより、もっと自分を活かせる場所を探しているんじゃない?」
彼女は再び、手に持っていたグラスをゆっくりと回しながら、レオンの表情を見守っていた。
レオンは一瞬、考え込んだ。確かに、アレンに裏で支えてきた自分を無視され、追放された今、彼女の言う通り、自分には新しい道が必要だった。だが、この女が本当に信頼できるのか、わからない。
「君は何を狙っている?」
赤髪の女は微笑みを崩さず、言った。
「私は君に力を与えるわけではない。でも、君の助けになれると思うよ。」
レオンはしばらく黙った後、ゆっくりとグラスを置いた。「どうすればいい?」
「簡単よ。君の頭と私のネットワークを使うだけ」
赤髪の女は、その言葉を確信に満ちた口調で続けた。
レオンは目を細め、目の前の女が本当に何を企んでいるのか見極めようとした。
だが、今の自分に選択肢は少ない。
「わかった……話を聞かせてもらおうか」
レオンは、グラスを置きながら言った。
――そして、その出会いが、彼の人生を大きく変えることになるとは、まだ知る由もなかった。
その数週間後。
「勇者アレンのパーティーが、大敗したって話だ!」
「しかも、前線基地まで魔王軍に奪われたらしいぞ!」
「……マジかよ……」
「いや、それだけじゃねぇ。あの『最強の勇者様』が、なんと戦場から逃げ出したって噂もあるんだ」
「え、嘘だろ? 勇者アレンって、最強じゃなかったのかよ」
「ハッ、何が最強だよ。結局は俺たちと変わらねぇ、ただの人間ってこった」
男たちがあざ笑うように酒を煽る。
その会話を聞きながら、俺は静かにグラスを傾けた。
琥珀色の酒が、喉を焼くように流れ込む。
「ふっ……」
思わず笑いが漏れた。
――ほらな。言った通りだろ?
勇者アレン、お前は力さえあれば何とかなると信じ込んでいた。
剣士リディア、お前は自分が戦場の華だと勘違いしていた。
聖女マリア、お前は仲間に守られていることすら気づかなかった。
弓使いガイル、お前の勘は……まぁ、もともと当たった試しがなかったな。
「ま、当然の結末ってわけだ」
俺は呟いた。
――俺がいなければ、お前たちは何もできない。
それを証明するには、時間はほとんどかからなかった。
たった数週間。
それだけで勇者パーティーは、崩壊寸前にまで追い込まれた。
「なぁ、レオン」
隣の席に座っていた男が、興味深そうにこちらを見る。
「お前、前に勇者パーティーにいたんだろ? どう思うよ?」
「どう思うって?」
俺は肩をすくめる。
「ま、妥当な結果じゃねぇか?」
「ははっ、お前、まるで知ってたみたいな口ぶりだな」
「知ってたさ」
俺は酒を煽る。
「そもそも、あいつらには勝ち続ける力なんてなかった。俺がいたから勝てたんだ。俺がいたから、戦えていたんだ」
「……なるほどな」
男は苦笑する。
「で、これからどうするんだ? お前なら、勇者よりも上に行けるんじゃねぇか?」
「さてな」
俺はグラスを置く。
「一つだけ言えることがある」
「なんだ?」
「俺はもう、誰かの影にはならない」
「……ほう?」
「今度は俺が、この世界の主役になる番だ」
酒場のざわめきが、一瞬止まった気がした。
「ハハッ! そりゃ楽しみだな!」
誰かが笑い声を上げる。
「いいぜ、お前が何をするのか見せてもらうとするか!」
「どうせなら、勇者アレンよりももっと派手なことをやってくれよ!」
「ま、期待しとくぜ!」
「……ああ」
俺は再びグラスを傾け、酒を一気に飲み干した。
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