『第一章:あなたのこころ。』⑨
その日のうちに雅に教えられたのだが、ちょうどリュウが十何人目かの『彼女』に振られたタイミングだったらしい。
「祠堂さんはさ、とにかく誰かに、あるいはみんなに『お世話してもらわ』ないと生きてけない人なわけよ」
祥真が知りたがっているのが見え見えだったのか、雅がリュウについて語り出した。
「で、郁海は逆なの。あいつは『世話したい』んだよね。料理が趣味で、いろいろ作って食べさせるの好きだし。あたしもよくご馳走になったわ。──人間としては祠堂さんがその世話焼き癖にピタっと嵌ったんだろうけど、恋愛的には違う気がするのよ」
雅が自分の考えを整理するかのように話すのを、祥真は無言で聞いていた。
恋愛に関してはともかく、彼女の言葉の意味は祥真にもよく理解できるしおそらく間違ってはいない。
郁海がリュウに対してしていることは、頼まれてできる範囲を逸脱している。本人の積極的な意思がなければ無理だろう。
「もし! もし郁海が女だったとして、同じように『誰かのお世話したい! 支えたい!』って考えた場合よ? あいつが選ぶとしたら部活のマネジャーじゃなくてむしろチアリーダーなんじゃないかって」
あまりにも突飛な雅の仮定に、祥真は二の句が告げなかった。
しかし、彼女も聞き手の反応など最初から期待していなかったようだ。
「あたし子どもの頃から劇団入ってて、小学校時代はダンスクラスも取ってたんだよね」
初耳だったが、サークル内ではそういう経歴を持つメンバーは珍しくもない。
「で、あたしの劇団にはなかったけど、オーディションで知り合った友達がチアスクールにも通ってたんだ。チアリーディングってさ、ポンポン持って適当にくるくる踊ってんじゃないんだよ。技術的にもすごい大変なの。運動部の応援しか見たことなかったら、そう受け取っても無理ないけど」
「適当に踊ってるとまでは思ってませんけどそんな大変なイメージはないですね、たしかに」
大学の野球やラグビーの応援に借り出される彼女たちは、確かにスタンドで統率の散れた素晴らしいダンスを披露してはいたが、単体での『驚異の動き』という感想はまったくなかった。
結局は応援のための「ダンスチーム」というのか。
「もし知らなかったら競技会の映像、公式でも上がってるから見てみるといいよ。世界変わるから、マジで! アクロバティック技とかホントすごいんだから! 外で練習すると、すぐ靴の底が擦り切れるんだってさ。普通のゴム底の運動靴ね。靴底ってそんなヤワくないじゃん!? ジャンプして受け止められたり受け止めたり、高く持ち上げられたり。やってたからこそ言えるけど、ダンスとは根本的に違うの。あたし絶対無理だよ、怖くて」
正直、雅の話だけではどういったものか想像もつかなかった。
機会があれば映像を検索して観てみるか、と祥真はぼんやり考える。
「あくまでもあたしの想像だからすっごい勝手なのは承知で聞いてね。郁海はただただ甘やかして何でもしてやって、って意味のお世話じゃなくて、一人でもちゃんと立てる相手を支えたいんじゃないかと思ったんだ。世話相手が何もできない弱いだけの人じゃないから、その分自分も努力するってのか」
正しいかどうかは祥真には判別などできない。しかし、まったくの的外れでもない気がした。
「チアってか『応援』したいんじゃないかな、ってのもそこから。まあチアリーダーはさすがに雑な例えだってスルーしてくれていい。だからさ、『恋愛相手』は祠堂さんじゃダメなのよ、たぶん。祠堂さんが男と付き合う人だったとしてもね」
チアリーダーは極端でわかりやすい例でしかなく、彼女が本当に告げたかったのは郁海が単なる「世話焼き体質」でお世話させてくれる対象を無条件に求めているのではないということ。
つまり結論として「郁海はリュウでは無理なのだ」という一点なのだろう。
「祠堂さんは自分で立つどころか、支え手がいたらどこまでも寄り掛かって来そうですからね……」
「そういうことだね」
彼を知る全員の共通認識だと思われるので、何の罪悪感もない。