『第一章:あなたのこころ。』⑥
これまで祥真は郁海のことを、もっと「演劇人らしい」破天荒なタイプではないかと感じていたのだ。
おそらくは故意に貼りつけている温和な表情とは裏腹に、口調は丁寧とは言えない。どちらかといえば尖った言動を取っているのも事実ではある。
それ以上にずっとリュウを見て来たからこその偏見で、脚本家・演出家に対する風評被害に等しいかもしれない、と密かに反省してしまった。
祥真は確かに郁海が好きだった。
美しく整い過ぎた顔立ちに、よく変わる表情。
笑顔一つとっても、綺麗な、可愛い、皮肉げな、と何種類あるのかと思うほどだ。
溢れるほどの魅力がある素敵な人。ただひたすらに、彼だけを見つめ続けたこの数か月間。
けれど結局、自分は郁海の表面しか見ていなかったのかもしれない。
加えて、そのあと彼と親しい雅と不可抗力で仲良くなったことで、郁海についての『真実』が副産物のように増えた。
ただ彼女は他人、つまり郁海について祥真に情報を垂れ流すような真似は決してしない。
そういう女性ならおそらく距離を取っていただろう。
もともとあまり、外での『飲み会』を催すことはないサークルなのだ。
公演が多く、必然的にそれに伴う練習も多いというのも理由かもしれない。
有志で行くことはあるようだし、何よりも部室に酒と肴を持ち込んでいつの間にか酒盛りになっていることは珍しくなかった。
しかし下級生は、その場に気軽に加わるのも気を遣う。
祥真も誘われた全体でのコンパは、夜にはそろそろ気温も下がる十月が最初だった。
十月公演も無事終了した時期だ。
新入生歓迎会さえ部室で行われたのだが、十代の学生に酒類は出されていない。
過去に事件を引き起こしたサークルがあるらしく、特にその時期は学内の飲酒への大学側の監視の目が光っていたのだそうだ。
クラスコンパには何度か参加していたが、こちらはクラス担当の講師が非常にルールに厳しくアルコールはご法度だった。
本来、そちらが自明なのは言うまでもない。
初めて参加したサークルコンパだったが、さすがに十九歳ということもありアルコールは乾杯の一杯だけ。
もちろん一滴も飲んではいけないのは当然だとして、そんな倫理観を大上段に振りかざすようなまともな先輩はこのサークルには少ないのだ。
結局祥真は、ビールをジョッキに半分も飲んでいなかった。
しかし飲み慣れていないこともあり、アルコールそのものよりも周りの賑やかな雰囲気に酔ってしまう。
コンパの最中全力ではしゃぎすぎて、祥真は座敷形式の店で寝ころんだまま起きられなくなった。
他のメンバーを二次会に送り出してから店に謝り、もう予約は入っていないという会場の部屋の隅をそのまま借りて、雅がずっとついてくれていたと後に聞かされる。
彼女は大学のすぐ隣に建つ寮暮らしで、コンパの会場からも徒歩数分で帰れるから、と残ってくれたようだ。
ちなみに郁海は、相変わらず書けないリュウに付ききりでコンパどころではなかったらしい。
印象とは違って意外と一般的な常識を持つ部分もある郁海なら、もしかしたら乾杯の時点で止めてくれたのかもしれない。祥真は彼と飲み会で同席したことがないので判断できなかった。
もちろん止められるかどうかに関わらず、飲んだ自分の責任だというのは理解している。