『第三章:はじめての。』②
「はら、しょ、祥真。俺さぁ、料理結構好きで得意なんだよな。一人分だけ作って自分で食うよりも、誰かに食べてもらった方が張り合いもあるしさ。いろいろ作るから食いに来ねぇか?」
ちょっとわざとらしかったかな? と気にしながらも郁海が誘うのに、祥真は即飛びついて来た。
「行きます! いつですか? 俺いつでも、今日でもいいですよ!」
「今日、……今日は、ちょっと。何も用意してないし、今から作るってなると遅くなるだろ? 悪いけど」
「あ! あ、そうですよね、すみません。つい、夢中で、俺」
日を指定して誘うべきだったか、と気まずそうな祥真の表情にかえって申し訳なくなる。
付き合い始めた恋人に「部屋に来ないか?」と問われたら、今日でもいい、むしろすぐに行く方がいいと思うのが当然だろう。
余計な気遣いをさせてしまった。
「いや、いいよ。それだけ楽しみにしてもらえるんなら、俺も腕の振るい甲斐あるし」
料理好きで振る舞い好きなのは口実ではなく事実だ。
今までの恋人はもちろん、フリーの身のときはよく雅を呼んでいた。
性別関係なく親しく付き合っている友人。
彼女なら二人きりで部屋に呼んでも、互いはもちろん周りも何も気にしないのが楽でいいからだった。
「じゃあ、いつがいいですか? 俺はホントにいつでもいいんで、郁海さんの都合に合わせますから」
「そう、だな。週末、土曜日とかは?」
「わかりました! OKです」
本当に準備期間さえあればいつでもいいのだが、今度はきちんと指定して訊いてみる。
四年生の郁海は、サークルは除いて大学も卒論を含め週に二回も行けばいいだけだったが、一年生の祥真はそうはいかない。
それなりに講義も詰まっていると簡単に推測できる。
十二月公演の練習がすでに始まっていたが、郁海も祥真も演者でも演出担当でもないので土曜日は空いていた。
「好き嫌いある? どうしても食べられないものあったら言っといてくれよ」
「ありません。なんでも食べます」
「そっか。なら、メニューは任せてもらっていい、か?」
「もちろんです!」
彼の返事に頷きながら、郁海は部屋のことはいったん意識から締め出して当日のメニューを頭の中で検索し始めていた。
「あ、ねぇ。郁海さん、コレいいですよね!」
約束の土曜の午後。
郁海の一人暮らしの部屋の最寄り駅で待ち合わせて部屋に向かおうとしたところで、祥真が突然声を上げた。
「え? 何?」
「コレです! このカップ、いいと思いませんか?」
雑貨屋の店先に並べられた、色とりどりのマグカップ。厚みのある耐熱ガラス製で、どちらかといえばクラシカルな印象だ。
「あー、そうだな。いい感じだけど」
「お揃いで買いませんか? てか、俺に買わせてください。郁海さんちに置いてもらえますよね?」
初めて部屋に呼んでもらった記念に、と祥真が言うのに、郁海も異論などなかった。
「いいよ。……どれがいいかな?」
「自分の好きな色にするか、それともお互い相手に合いそうなの選ぶか、どっちがいいですかね?」
「そりゃ、やっぱりお互い選ぶ方がいいだろ。二人の記念品、だしな」
郁海が返すのに、祥真も嬉しそうに笑って、真剣な顔でカップと郁海を見比べて考え出す。
商品なので必要以上に触らないようカップの棚と相手の顔を交互に眺めながら、店先でふたり散々迷う。
なんとなくピンクやイエロー、あるいは青系でも澄んだ明るい色が合うと言われそうだと感じていたが、祥真が手に取ったのは深いブルーとグリーンだった。
「お前の俺のイメージってこういうの?」
「うーん。ひとことでは言えないんすけど、俺にとっての郁海さんは『向こうの見えない青』って感じです。……あ、もしかしてお好きじゃないですか? こういう暗い色じゃない方が──」
想定外過ぎる言葉に絶句した郁海に、彼が不安そうに訊いて来る。
「いや別に。ちょっと意外だっただけ。そもそも『相手の好きな色当てるチャレンジ』じゃねえから問題ない。それに俺、青好きだよ」
「じゃあ郁海さんは青い方にしましょう。このちょっと複雑な色、綺麗でピッタリです!」
ぱっと顔を輝かせた彼に黙って頷き、郁海は棚に手を伸ばす。
「お前はこれな。異論は認めねぇ」
夏の太陽のような鮮やかなオレンジ色のカップを手に言い放つ郁海に、彼は一驚いたように目を見開き、破顔した。
ようやく決めた色違いのカップ。
絶対に自分が払う! と言い張る祥真に根負けして、郁海はレジに向かった彼を店先で待っていた。
この自分が、恋人と『ペア』だなんて。
苦笑しながらも郁海は、祥真とならこれからいくつも「初めて」が増えそうな気がしていた。
きっと、祥真なら大丈夫だ。
年下の後輩でもあり見て見ぬ振りはするかもしれないが、おそらくあの部屋の状態を恋愛とは別として考えてくれる。
もしかしたら「これ、ちょっとあんまりでは……」と苦言を呈される可能性はあるとしても。
祥真とふたり並んで話しながら部屋を目指すうち、それは郁海の中で単なる希望的観測ではなく確信に変わっていた。