『第二章:こころのなかは。』④
初めて部室で顔を合わせたあの日。
正直なところ、「こいつもか」と思った。
本音では少しだけ落胆した。言葉を交わす前だから外見だけで。……いや、たとえ話したとしても、郁海は常に自分を作っているから何も変わらないとわかってはいても。
郁海が多少なりとも仮面を外す相手は、身近では雅しかいない。他には、この一年ほどはいないけれど恋人の前くらいだ。
ただそれ以降の彼は、同じように郁海を目で追ってはいても、あの時とは何かが違っていた。
どうやら祥真は、郁海を実態以上に素晴らしい力量の持ち主だと見做しているらしい。そんなことがないのは郁海が一番よく知っているものの、その期待に応えたいとも思う。
何でも涼しい顔で難なくこなすとは到底言い難いが、だからこそ一生懸命な彼がひとつずつできることを増やしていくのをこの目で見ていた。
最初は真っ直ぐな彼を微笑ましく見守っていた筈なのに、いつからか「慕ってくれる可愛い後輩」だけではなくなっていた、祥真。
今気づいたわけではない。おそらくは、もっとずっと前からそうだった。
本当にいつの間に感情が移り変わったのか、自分でも明確には判断できない。
──だけど俺は、こいつが。
◇ ◇ ◇
「──から十二月入ったしさぁ、公演前の景気づけに。金曜でいいか?」
「大丈夫です」
「たまには外行きたいですよね~」
郁海が部室のドアを開けると、内容は不明だが部長の敦紀が訊くのに室内から答える声が上がっているところだった。
「それはそれとして、クリスマスにもやりませんか? 予約取れなさそうだし、部室でもいいんで打ち上げ代わり?」
「え~、それはない! クリスマスなんてみんな忙しいに決まってるじゃん」
後輩の案を、崇彦が即座に却下する。「十月」の彼女とは順調に続いているらしい。
どうやら飲み会の予定のようだ、と郁海は見当を付けた。
「お? 佐治。それはクリスマスデートなんてしたこともない俺への嫌味か?」
しかし、敦紀が大袈裟に手振りまでつけて後輩に絡んで行く。
もちろん本気でないのは全員承知の上だ。
「とんでもないっす! ……だ、第一、俺『デート』なんてひとことも言ってないじゃないすか! その、お友達とパーティとか」
「恋人もいない二十二の男が、どんな『お友達』とどんな『パーティ』すんだよ! 言い訳にしても適当過ぎんだろ」
口調は強いが、敦紀はすでに半笑いだ。
「あー、えっと。副島さん、金曜日コンパしようって話してるんですけどどうされます、か?」
「おう、行く」
矛先を逸らす意図も込めてか崇彦に問われて、気軽に答える。
「え!? ……あ、いえ。はい!」
訊いておきながら驚くなよ、と思わなくはないものの気にはならない。
郁海がサークルの飲み会を始め、公演の準備や稽古を除く集まりに顔を出すこと自体が珍しかった。
当然断られる前提だったらしい彼の驚きの表情も仕方がない。
郁海に参加して欲しくないわけではなく、リュウの予定が何より優先するのをサークルの皆が知っているからだ。
そのリュウがデートだと浮かれていたからこそ生まれた空き時間だった。
今日も『彼女』の希望で出掛けるという話をしていた彼。
そして今回はともかく、ほぼ断られるのを承知でそれでも一応は誘わなければならない後輩に郁海は申し訳なくさえ感じている。
「いつもの店?」
「そのつもりでしたけど、……あ、でも副島さんが来られるならグレードアップしても──」
上擦った崇彦の声に笑いが堪えられなかった。
「俺は何者だってんだよ。主役でも祝い事でもないんだからそんな必要ないって。それにあの店美味くて好きだよ。久し振りだからすげえ楽しみ」
サークルの会合でよく使う洋風居酒屋は大学近くで行きやすく、二駅向こうに一人暮らししている郁海にとっては帰りやすくもある。
料理やドリンクも、味はもちろん設定コース以外にも要望に応えてくれて何かと助かっていた。他の部活やサークルの利用率も高いらしい。