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Caring Beauty  作者: りん
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『第一章:あなたのこころ。』①

挿絵(By みてみん)


「あの、副島(そえじま)さん。これでいいですか?」

 原田(はらだ) 祥真(しょうま)は、演劇サークルの先輩である副島 郁海(いくみ)に声を掛けた。彼の指示で作業を続けている十月公演用の立て看板を確認してもらうためだ。

 振り向いた拍子に、彼の長めの髪が揺れる。赤味が強い茶色の、サラサラで柔らかそうな髪。瞳も赤茶で、どちらも天然らしい。

 女性的だとはまったく思わないが、くっきりした二重瞼と長い睫毛に縁取られた瞳がいつもいきいきと煌めいている、とても美しい人。

 服装にはむしろ無頓着とも感じるが、それがかえって素の美貌を引き立たせていた。決して惚れた欲目ではない、筈だ。

 真っ直ぐな黒髪と黒い瞳だけではなく平凡な容姿の祥真は横に並ぶのも躊躇してしまうほどだが、彼はまったく気にした風もない。

 単に甘いだけではないが、いつも優しい笑みの先輩。

「おー、いいじゃん。……原田、結構器用だよなぁ」

 祥真が仕上げた看板を見た彼が、感心したように口にする。

「え!? そうですか? 嬉しいです!」

 先輩に対して形だけでも謙遜すべきだったか? と頭を過った時にはもう言葉が出ていた。ただ、郁海はそういうことを気にするタイプではない。

「うん。ここのモザイク模様の塗り、すげえ丁寧でいいんじゃない? 部分的に細か過ぎてそこしか見てないってこともないしさ。立て看なんてまずは遠目の全体像が第一だからな。そういう意味ではホントよくできてる。……最初はさ、お前っていい加減、じゃないけどもっと雑そうに見えてたんだ。勝手に悪かったな」

「い、いえ! そんな……」

 真っ直ぐ目を見て謝ってくれる想い人に、逆に返す言葉に困ってしまった。

 個性的な面々が集まるサークルでは、むしろ祥真のような『普通』が珍しいのか気楽なのか、同期の中でも構ってもらえている気がする。

 ……彼と関われるのなら、理由なんてなんでもよかった。


 入学してすぐにこのサークル『フレア』に入部し、郁海と出逢って五か月が経つ。

 彼への恋情を自覚したのは、六月公演の準備中だった。それぞれの公演の練習期間は約一か月。 

 リュウの脚本が上がらないため稽古の大半がストップしていた状態で、新入生の祥真も多くの上級生と会話する機会が増えていた。

 初めて見たときから、郁海に惹かれていた。

 なんの興味も関心もなかった演劇サークルに入ったのも彼がいたからだ。正直誘われたときは「面倒だなぁ」としか感じなかったのに。

 新入生勧誘(新歓)で断りきれずに部室まで連れて来られて、どうにかして抜けて帰ろうとしか考えていなかったのだ。

 部室で待っていた郁海に会うまでは。

 本当に普通の人間なのか、アンドロイド(作り物)ではないのかと見紛うほどの整った容姿よりも、生気に溢れたあの輝く瞳に瞬殺された。

 結局は一目惚れではないのかと問われたら完全には否定できない気はするのだが、それは今だからこそだ。

 学部生としては最上級生になる、四年生の郁海。

 身長は百七十前後だろうか。一応「百八十弱です!」と言える祥真より七、八センチほど低い。

 それ以上に体格が違う。

 数字上も見た目も特に太ってはいないものの、筋肉質のため「原田、お前ムチムチだな」と時に揶揄される祥真に比べれば随分細身な彼。

 祥真はサークルに入るまで、演劇の訓練など受けたこともない。

 それどころか舞台を見た経験さえほぼなかったくらいだ。同期生にも、児童劇団に所属してずっと舞台に立っていたという者が珍しくないというのに。

 もちろんプロの劇団ではなく大学サークルなので、初心者向けの練習もきちんと考えてもらえている。

 祥真のような本当の意味での素人は、基礎の基礎の発声からだ。

 ある程度以上の経験者は、発声や身体作りに加えて即興劇(エチュード)等も行う。

 台本も台詞もなく、その場で与えられた題に沿って役になりきり「劇」を始めるという高度さに、自分がこの域に達する日など来るのだろうか、と遠い目になった春。

祠堂(しどう)さんて確かに脚本とか演出なんかはすごいのかもしれませんけど、……正直俺にはよくわかんないんですけど。でもなんていうか、困った人ですよね」

 サークルの『顔』でもある、脚本と演出担当の祠堂 リュウ。

 彼の脚本待ちの時間だった。まるきりの白紙状態ではないためできることは進めてはいたが、やはり限界がある。

 つい愚痴めいた言葉を零してしまった祥真に、郁海は淡々と返して来た。

「あの人はね、天才だから。昔っから、凡人は天才に振り回されるって相場が決まってんだよ」

 リュウは院の二年目で、祥真より五学年も上の雲の上の大先輩だった。本来『神様』のような存在で、到底そんな口をきける立場ではないのだ。

 もともと祥真が、失礼を人好きのする性格でぎりぎり見逃してもらっていただけというのも大きい。

 高校以前もそうで、実際にトラブルに発展したこともなくはなかった。

 しかし結局は、それだけ郁海に心を許していたのだと今はわかる。

 まるで夢見るような表情でリュウを語る彼の様子に、わけもなく苛立った。

 眼の前で他の男を褒める、心酔していることを露わにする美形の先輩。

 そして気づいた。


 己が郁海を特別(・・)に想っていることに。


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