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09:とても怖くて凄く寒い ※ただし食欲はある

 


 そんなやりとりがあった翌日、ステラはサイラスに頼まれて書庫から本を運んでいた。

 普段はこういった事は彼の部下や給仕がするのだが、どうやら急ぎで必要らしく、たまたま通りがかったステラは「時間があれば」と頼まれたのだ。

 断る理由もないと応じ、彼と共に書庫に向かい図録やら何やらを運び出す。


「ごめんねステラ、助かったよ。急ぎで必要だったんだけど、今日は午後から来賓が多くてみんな忙しそうだったから頼みにくかったんだ」

「来賓? あぁ、だから朝から騒がしかったのか。レナードも警備体制を見直すとかで騎士隊の方に行ってたし」

「父上と母上が不在だから尚更、出迎えに不備があるといけないからね。両陛下が不在の中でもお越しくださった皆様方には過剰なぐらいのお持て成しをしないと」

「聞いてるだけで面倒臭くなる」

「でもそのぶん三時のお茶に出るお茶請けは豪華になるよ」

「それは……、良いかもしれない」


 持て成しの準備をするのは王宮勤めのメイドや給仕であり、聖女の妹であるステラには仕事は無い。そして聖女アマネと違って来賓対応もしない。

 それでも三時のお茶請けが豪華になるのだから、ステラからしたら美味しい話ではないか。

 悪くない、と呟けば、その答えが面白かったのかサイラスが楽しそうに笑った。


 そんなやりとりの中、「サイラス様」と声を掛けられた。

 見れば通路の先から一人の男性がこちらに向かって歩いてくる。壮年の恰幅の良い男性で、纏っている衣類からかなりの地位の者だと一目で分かる。

 あれは……、とステラは記憶から該当の男の情報を引き出した。王宮関係者なら覚えている。……空にされた頭に詰め込まされた、とも言うが。


「バント・ルザー」


 ステラが男の名前を小さく呟けば、隣に立つサイラスが小声で「正解」と囁いてきた。


「彼の事は知ってるかな」

「一応は」

「そっか。それなら、申し訳ないんだけど少しだけ静かにしててくれるかな」


 困ったような表情でサイラスが小声で告げてくる。

 それに対してステラは頷いて返した。バントが迫ってくる。


「サイラス様、こんな所にいらっしゃいましたか」

「用事があって書庫に行っていたんだ。何かあったかい?」

「この後の来賓についてお話が……。これは、ステラ様もご一緒でしたか」


 バントに名を呼ばれ、ステラは軽く頭を下げておいた。

 これといって彼と話す気は無いし、かといってあえて無視をする気もない。なので挨拶はするが話すほどではないという意思表示だ。

 バントも特にステラには用は無かったのか、ステラに対して恭しく頭を下げこそするものの、すぐさまサイラスに向き直ってしまった。


「本日の来賓の中には聖女様に対して不信感を抱いている者もおります。同席するのは如何なものかと」

「むしろアマネについて理解を深めてもらう良い機会だと思うけど」

「しかし、席次を見ると聖女様のお席はサイラス様のお隣。いくらお二人の仲が宜しくても、正式な公表を前にしてこの席次は……。来賓の中には年頃の娘を持つ方もいらっしゃいますし、誤解を招く事はお控えになったほうが良いかと思います」


 いくら王子と聖女とは言え、未婚の男女が重要な場に隣り合って座るのは問題があると言いたいのだろう。

 席次から二人の仲を勘繰る者は少なからず出てくるはずだし、たとえいずれはそういう仲になるとしても噂や勘繰りが先行するのは好ましくない。

 更に『年頃の娘を持つ者が……』と付け足すあたり、来賓の中には己の娘とサイラスとの婚姻を狙っている者もいるのかもしれない。


 確かにバントの話は理解出来る。

 だけど、とステラはつらつらと話をするバントを見つめた。


(バント・ルザー。ルザー家の当主であり忠実な部下。……だけど、忠誠心以上に野心を抱いている男)


 ルザー家は代々王家を支えている一族だ。親族回りも重役を多く輩出しており、バントはその筆頭である。

 実力は確かにある男だ。だが同時に野心家でもある。

 強すぎる、それこそ重鎮という座では足りないと考えるほどの野心。


(バント・ルザーは娘をサイラスに嫁がせて王妃にしたがっていた。だけどそこにアマネが現れて、計画は丸潰れ)


 聖女アマネはサイラスと親しくなり、公表こそしてはいないが二人の仲は誰もが知るところとなっている。

 正式に婚約を結ぶのも時間の問題。両陛下が帰国したらすぐに、それどころか、彼等の帰国を待たずに明日にでも公表してもおかしくないのだ。

 それがバントには面白くないのだろう。

 そうして計画を潰された苛立ちとやり場のなくなった野心が不満に変わり、サイラスへと向けられている。


 と、思っていたのだが、バントの視線が自分に向かい、そのうえ「聖女様の妹と仰られても……」と怪訝な声色で告げられ、ステラは思わずパチと目を瞬かせた。

 どうやら矛先は自分にも向けられているらしい。野心が強すぎるあまり、不満の行き先が一つでは足りないのか。


「ステラ様のことも公表する予定とお聞きしましたが、それもどうかと」

「ステラは今回は同席させないよ。まだ他国の諸侯らに会わせるには早いし、顔を出すならまずは国民が先だからね。それでもアマネの妹なんだから紹介だけはしておかないと」

「それは確かにおっしゃる通りですが、アマネ様の妹、というのは……。大陸内の力関係が変わる事を危惧する者も出る恐れもありますし、中には、ステラ様の素性を怪しむ者も出るかもしれません」


 相変わらずバルトの話は一理ある。

 だが一理あるもののどことなくねちっこさもある。話し方もどうにもさっぱりせず、口調や言葉遣いこそ敬意を感じさせるが気分の良い物ではない。

 とりわけそれが己の素性を疑うというものならば尚更。もっとも、ステラとしては「勘の良い奴」という気持ちなのだが。

 むしろ普通はこれぐらい疑ってかかるものではなかろうか。もちろん今そんな事を言う気はないが。


「ステラに関して公表すると決めたのは僕だ。念のため父上の許可も頂いている。問題無く話をするつもりだよ」

「そうですが。ですが」

「ところで、今、僕は『念のため父上の許可も頂いた』と言った。この意味が分かるかな」


 バントの話を遮って尋ねるサイラスに、隣で静かに話を聞いていたステラはおやと彼を見た。

 サイラスは微笑んでおり、温和な雰囲気が漂っている。好青年という言葉が彼ほど似合う男は居ないだろう。……だけど心なしか温和な雰囲気の中に鋭さが見え隠れしている気がする。

 麗しい微笑みだがまるで絵に描いた笑みを顔に貼りつけたかのようで、その横顔を見ているとステラの肌がぴりと痺れに似た感覚を覚えた。

 冷ややかな空気が場に満ち始める。

 誰から漂っているのか……。考えるまでもない、サイラスだ。微笑んでいるというのに、一見すると穏やかな好青年だというのに、彼の纏う空気だけが重苦しく張り詰めている。


「い、意味とは……」

「外野にあれこれ言われないためだよ。父上から全権を任せられてはいるけど、どうにも僕だけの決定には異論を唱える人が多くてね。『父上の許可を頂いている』と言えば殆どのひとは黙ってくれるんだ」


 口調も声も変わらず穏やかだがサイラスの言葉にはところどころ棘があり、その棘は露骨だ。あえて露骨にすることで自身の怒りを訴えているのだろう。

 細められた目はじっとバルトを見つめている。睨んでいるわけではないのに妙に鋭く。

 バントの次の発言を見定めんと待ち構えているのだ。だがこの棘を受け圧を掛けられ、更に言葉を待たれ、容易には発言出来ないだろう。現にバントは口籠り露骨に視線を泳がせ始めた。


「それは……、確かにそうですが」

「勘違いしてほしくないのは、父上に許可を貰ったのは『念のため』だ。ステラをここに住まわせると決めたのも、ステラの事を公表すると決めたのも僕。文句や不満があるのなら僕が聞こう」

「そんな、不満などと」

「ただ、聞くには聞くけどきちんとした意見として聞かせてほしい。私情しかない不満は時間の無駄だ」


 バントに話しかけつつも、サイラスは彼の返事は聞こうとしない。

 穏やかでいて一方的。けして口を挟めないほどの早口というわけでもなく、他者を威圧する声量でもない。だというのに口を挟むことを許さぬ圧があるのだ。

 むしろここまで怒りを抱いてもなお崩さぬ穏やかな態度こそが対峙する者に恐怖を与える。隣に立つステラでさえこれほど圧と薄ら寒さを感じているのだから、正面から受けているバントは堪った者ではないだろう。胸中は計り知れない。

 挙げ句、その圧に耐えかねたのか、バントは「意見というほどでは」と自分の発言を撤回してしまった。そのうえ用事があるからとそそくさと去っていってしまう。


 明らかな逃げだ。

 仮にここでバントが己の訴えを意見として申告すれば、きっとサイラスも威圧的な態度を改めて彼の話を聞いただろうに。

 だがバントは逃げの一手に出た。これこそ彼の訴えが真っ当な意見ではなく私情絡みでしかない証拠だ。


「……バントとはどうにも上手くいかないね」


 溜息交じりにサイラスが肩を竦めた。参ったと言いたげな表情には先程までの張り詰めた空気は無い。

 一瞬にして元の好青年に戻ってしまったのだ。その変化は見事としか言いようが無く、あまりの変わりようにステラはコクコクと頷くしかない。


「ごめんねステラ、変なところを見せてしまって。嫌な気分にさせちゃったね」

「……そんな事はございません」

「どうしたの?」

「何でもございませんのでお部屋に向かいましょう……」


 先程の余韻がどうしても心に残り、無意識に敬語を使いながら彼の執務室へと向かって歩き出した。



 ◆◆◆



「怖かった」


 と、ステラが本音をぽろりと漏らしたのは、サイラスの部屋に本を運び終えた後。

 感謝の言葉を告げてくる彼にぎこちない敬語で返し、その足でレナードの執務室を尋ねたのだ。

 開口一番のステラのこの言葉にレナードは一瞬不思議そうにしていたものの、事態を察したのか目を細めて「あぁ……」と呟いた。怪訝だった顔に薄っすらと同情の色が混ざり始める。


「見たのか……」

「怖かった」

「そうか。まぁでも、あれ含めての兄貴の人望と支持率でもあるからな」

「知らなかったし怖かった」


 まだ少し寒い……、とステラが腕を擦る。冷ややかに棘のある言葉を放つサイラスを思い出すと寒気が戻ってくるのだ。


 事前に与えられていた情報には彼のあんな一面は記されていなかった。

 きっとステラに入れ替わりを命じた者達も把握していないはずだ。もしくは、情報としては知っていても「そんなまさか」と真に受けなかったか。それこそレナードから話を聞いた時のステラのように。

 あれは目の当たりにしないと分からないだろう。一度目の当たりにすれば忘れようにも心に刻み込まれるはずだ。


「とても怖かった」


 項垂れながら告げれば、レナードが気持ちは分かると頷いた。


「何か温かいものでも用意させるから飲んでいけ」


 メイドを呼ぶためにレナードが部屋を出ようとする。

 そんな彼に、ステラは一瞬「どうしてお前の部屋でお茶なんて」と言いかけ……、


「寒いから飲む」


 と、素直に従って部屋の中央に置かれたソファに腰掛けた。

 薄ら寒さが付き纏っていたので温かい飲み物はありがたい。――もちろんこの薄ら寒さが体温的なものではないのは分かっているが、いまは物理的な温かみさえも恋しい――

 それに一人になったら先程のサイラスを思い出してしまいそうなのだ。しばらく滞在しよう、と心に決め、手元のクッションを手繰り寄せて座り心地を整える。温かみもだが、今は柔らかなものも欲しい。


「あと出来れば甘いものも食べたい」


 しれっとリクエストをすれば、メイドと話していたレナードが一度こちらを向き、


「あの兄貴を見ても食欲があるのはたいしたもんだ」


 と答えて、メイドにお茶に加えて温かいデザートも追加で持ってくるように命じた。




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