08:二人の王子
内政と人望を担うサイラスと、彼を支え、時に武力をも行使するレナード。
二人の王子は見事なまでに得意とするものを違えており、ゆえに国を治めるための役割を分担している。
ステラの尋問をレナードが行っていたのがまさにだ。
結果的には少し話して終わった尋問のじの字もないものだったが、仮にもっと拗れていたら暴力に出ていたかもしれない。もしもステラが組織の事を覚えていて全て開示していたら、きっとレナードが剣を取って制圧に向かったはずだ。
戦力面を担う、と言えば聞こえは良いが、つまりは荒事を託されている。
言ってしまえば汚れ役。
日の当たるバルコニーで聖女と並んで国民の拍手を受ける表舞台と、素性の分からない女を警戒しながら表舞台を眺めるしかない裏手。この位置もまさにである。
(そう考えると、私もこっち側なのか……。いや、この場所さえも私には勿体ない)
舞台の裏とはいえ国民の拍手も喝采も聞こえるし、バルコニーからは心地良い風が入りこむ。
裏と言ってもこの場所もまた明るい。
ここさえもステラにとっては表だ。ならば自分が居るべきは裏より暗く、光も歓声も届かない場所……。
だけどその場所すら分からない。思い出すことも出来ない。
眉根を寄せて記憶をひっくり返すステラに、「おい」と声が掛かった。はっと息を呑んで見上げればレナードがこちらを見ている。
「さっきから考え込んで、何かあったのか?」
「なにも……」
「そういえば、お前は兄貴に対して人望だの支持率だのと言ってるが、兄貴は実際にはかなりのやり手だし、そもそも誰より怖いのは兄貴だからな」
「サイラスが怖い?」
思いがけない話にステラはオウム返しで尋ね、更にはレナードとバルコニーに立つサイラスを交互に見た。
『サイラスが怖い』とはどういう事か。
彼は性格もだが見た目からして温厚さがあり、いわゆる好青年という印象だ。『怖い』という言葉とは無縁。
なにより、その話をしたのがレナードなのだ。弟でありながらもレナードの方が僅かだが背が高く、体躯では彼の方が勝っている。温和な性格が顔に出ているサイラスと違い、レナードは凛とした逞しさがある。
どちらも甲乙つけがたい見目の良さだが、威圧感で言うならばレナードが勝る。
「どちらかと言えば、というより明らかに、怖いのはレナードの方だろ。子供百人にどちらが怖いか聞いたら、百二十人が迷うことなくお前を指さす」
「それを堂々と本人の前で言うのもどうかと思うけどな。おい待て、二十人はどこから来た。……いや、今はそんな事を話してる場合じゃ無くて、とにかく、断言するが兄貴の方が怖い」
断言し、レナードがバルコニーへと視線をやる。
だが当人も説得力が無い話なのは分かっているのか「信じられないのも仕方ないけどな」とフォローを入れてきた。
「兄貴の怖さって言うのは平時じゃわからないからな。……分かった時が怖いんだ」
「分かったとき?」
ステラが首を傾げ、改めてバルコニーに立つサイラスに視線をやった。
そこに立つサイラスとアマネはもう国民に対して話している様子はなく、止みそうにない歓声と拍手に手を振り返しているだけだ。二人が手を振る事により更に国民は湧き上がり……、と終わりが見えない。
だが延々と手を振り続けるわけにもいかず、頃合いを見て切り上げこちらに向かってくるだろう。
そう考えてしてしばらく眺めていると、予想通り手頃がタイミングで切り上げ、サイラスとアマネが屋内へと戻ってきた。
だがそれでも拍手と喝采は止まぬのだからやはり人望はかなりのものだ。これは静まらせて帰らせるまでに更に時間が掛かるだろう。
「お待たせ、二人とも。なんだかこうやって後ろから見守られての演説っていうのは緊張するね」
「相変わらず見事な演説だったな」
バルコニーには既に誰も居ないというのに、拍手も歓声もいまだ止む気配はない。
これこそサイラスの演説がうまくいった証である。
「この盛り上がりようを見るに、もう少し待ってから解散させた方が良さそうだ。熱が冷め始めた頃合いを見て撤収を促すように指示を出しておく」
素早く判断し、レナードが手配に向かう。
その際にステラに対して「大人しくしてろよ」と念を押してくるのは、あれこれと話していたがまだ警戒を解いていないという意思表示だろう。もしくは、警戒していたはずがなんだかんだと話し込んでしまった事を訂正しているのか。
この後、ステラはアマネと共に彼女の自室で過ごす手筈になっている。
こういった集まりは「終わった、はいお疲れさま」とはいかず、報告会やら何やらと残っている。集まった国民を帰すのにも人員を割かねばならない。
そんな場に聖女が居てもさほど役には立たず、逆に聖女をもてなそうとしたり、気がそぞろになる者が出るのだという。
つまり『邪魔だし、周囲にも悪影響なので部屋に籠っていろ』というわけだ。ステラも同様の扱いである。
「ごめんねステラ。お茶を用意させるから二人で部屋で休んでいてくれ。終わったら呼びに行かせるよ」
「お姉ちゃんと二人きりなのは嫌だけど、別に部屋にいること自体は問題ない。一人の方が良かったけど」
「そう厳しい事を言わないで。アマネも人前に出て疲れてるんだ」
サイラスが苦笑しながらフォローを入れ、隣に立つアマネの背をそっと押した。
その途端にアマネが抱き着いてくるのだ。更には「お姉ちゃんと一緒にお部屋でお茶会ね」と嬉しそうに話してくるのだから、ステラとしては「これのどこが疲れてる?」と訴えたいぐらいだ。
そうして片や二人きりのお茶会だとご機嫌に、片やうんざりだと引きずられながら、アマネの部屋へと向かう。
その途中で「おい」と声を掛けられた。
レナードだ。部下に指示を出していた彼が小走り目にこちらに近付いてくる。
「さっきの話だが、……兄貴はいないよな」
「いない。報告会の資料を確認するって呼ばれていった」
「そうか、よし。兄貴が居ないなら言うが、兄貴の怖さは……、なんとも言えないものだが、たぶんお前も怖いと思う」
レナードの話はらしくなくはっきりとしない。言い難い事なので濁しているのだろう。
それがまたステラの疑問を募らせていく。隣に立つアマネに視線を向けてみれば、彼女もまた何とも言えない表情でそっぽを向いているではないか。先程までは散々ステラを呼んで見つめてきたというのに。
二人のこの反応こそサイラスの怖さの現われなのか。だがやはり今一つピンとこないと首を傾げていると、レナードが話を続けた。
「そのうちお前も目の当たりにするだろうし、その時はさすがに慰めてやるから俺のところに来い。……ただしこの件のみだからな」
用件はこれだけだったのか、言い終えるや別れの挨拶も無しにレナードが部下達の元へと戻っていった。
「なにあれ」
突然呼び止めたかと思えば話をして、慰めると言い出し、かと思えば『この件のみ』と条件を付け、返事も聞かずに去っていく。
レナードの言動は理解が出来ない。首を傾げるどころか眉根を寄せて怪訝な顔をしてしまう。
そんなステラに、黙って話を聞いていたアマネがそっと腕を引いてきた。
「ステラちゃん、部屋に戻りましょう」
「う、うん、分かった」
「……怖かったらお姉ちゃんの所に来ても良いからね」
普段のやかましさはどこへやら、腕を掴みながら囁くような小さい声で話しかけてくるアマネに、ステラは「それほどまでに……?」と更に疑問を募らせた。
それから数日後「それほどまでだった」と思い知る事になるのは言うまでもない。