07:人心掌握に長けた第一王子
『聖女アマネの妹』として正式にステラの存在を公表する事になった。
国内どころか近隣諸国が騒然としたのは言うまでもない。元より聖女の存在自体が伝承の中だけと考えられていた中、その聖女が現れ、更に彼女を追うように妹まで現れたのだ。
異例続きのこの話に聖女の妹を一目見ようと国内外問わずから人が殺到してもおかしくないのだが、そこはサイラスが対応する事になった。
『聖女アマネの妹であるステラはこちらの世界にまだ慣れていない、繊細な彼女がこちらの世界に慣れるまで待ってあげてほしい』
と、公表と共に穏やかな微笑みで皆に告げたのだ。
その姿は聖女の妹を気遣う慈愛に満ちた王子そのもので、彼の麗しい見目の相乗効果で説得力は一入。
誰もがこの話を信じ、彼の意思を尊重し、聖女の妹が落ち着くまで待とうと考えてくれた。
サイラスが国民に告げた際、彼の隣には聖女アマネも居た。
個々でも麗しい二人だが、寄り添う姿もまた絵になっている。とりわけ彼等が立つ場所が絢爛豪華な王宮のバルコニーなのだから、国民に宣言し時に穏やかに手を振る彼等の姿に次期王と王妃の未来を思い描いた者も少なくないだろう。
それが更に二人の言葉を国民の胸に浸透させ、誰もが彼等の話を真摯に聞いて受け入れていた。
そんなテラスと繋がる一室の中で、ステラはレナードと待機していた。
二人の後ろ姿が見える。だがバルコニーを見渡せる広間に集まった国民達からはステラ達の姿は見えない。
本来ならば顔見せぐらいはした方が良いのだろうが、下手に顔を晒してステラが元居た組織に気付かれても問題が起こりかねない。ゆえに『まだ人前に出るのを恐れている』というそれらしい理由をつけて裏に隠れているのだ。
当人が国民の前に出ずに受け入れてもらおうとは虫の良い話だと思われそうだが、これもまたサイラスの穏やかでいて付け入る隙の無い話術で国民は疑問さえ抱いていない。
(人心掌握はサイラスの得意とするところ……、と聞いてるけど、まさかここまでとは)
ステラが思わず感心してしまう程である。
陰ながら拍手でもしようかとそっと手を胸元まで掲げしたところ、隣から「動くな」と厳しい制止の言葉が掛けられた。
「勝手な行動を取るな。……ったく、こいつのどこが繊細なんだか」
とは、ステラの護衛という役目で同じく表には出ず、裏手からサイラス達の姿を見守っているレナード。
だが表舞台に出ないとはいえきちんと正装しており、王族らしい華やかな服装でありながらも騎士の勲章を胸に剣も腰に下げている。剣の柄に手を添えているのは有事の際に直ぐに抜けるようにだろう。
全身に張り詰めた空気を纏っている。周囲はこれを『聖女の妹の護衛を任されているから』と考えているだろうが、ステラ本人はそんな楽観視はしない。
「せっかくそんな『繊細な聖女の妹』の護衛に抜擢されたのに、随分と不満そうだな。さっきからしかめっ面で、繊細な聖女の妹を怖がらせるつもりか?」
彼にだけ聞こえる声でコソリと伝えれば「馬鹿を言え」と吐き捨てるような言葉が返ってきた。
横目で視線を送ってくるが相変わらず鋭い眼光である。彼の纏っていた空気がより冷ややかに厳しく張り詰めた気がするのは気のせいではないだろう。
警戒の色と威圧を隠すことなくステラにぶつけようとしているのだ。敵意とさえ言える圧に、ステラの肌がぴりとひりつくような錯覚さえ覚えた。
レナードは表向きは『聖女の妹』を護っているが、少なくとも当人にその気は無い。むしろ彼の胸中は『聖女の妹』から周囲を護っているのだ。ステラがなにか不穏な行動を取ればすぐに取り押さえにくるだろう。剣の柄に乗せられた手は片時も離れることなく、無言の圧を与えてくる。
「そんなに警戒しなくても、これがあるんだから変な行動なんてとれるわけないのに」
話しながら、わざとらしく首輪をカチャと揺らしてみせる。
今日も今日とてしっかりとステラの首にはめられた首輪。――ネックレスなどと呼ぶ気は無い――
アマネに対しての加害行為や逃亡はもちろんだが、それと同等の不穏な行動でも首が締め付けられると先日話をされた。
……それはそれは満面の笑みのアマネに。
弾んだ声で「妹のやんちゃを咎めるのもお姉ちゃんの役目でしょ」という説明付きで。
その話を聞いたレナードの視線がステラの首元へと向かい、警戒と敵意を前面に押し出していた彼の表情に若干の憐れみが混ざり始めた。
剣の柄に掛けていた手をそっと離すのは、きっと常時首輪を着けられた上に警戒されているのは流石に憐れが過ぎると感じたのだろう。同情の色さえ混ざり始める彼の視線に耐え切れず、ステラが顔を背けて「そんな目で見るな」と上擦った声で呟いた。
「ところで、その首輪はどう説明するつもりなんだ? 神聖なる聖女の妹が首輪付けられてたら誰だって混乱するだろ」
「そんなの私が聞きたい。……と言いたいところだけど、お姉ちゃんとサイラスから『首……、ネックレスはステラなりのお洒落』って押し切られた」
「……大変だな」
「……同情なんていらない」
当時の事を思い出してステラが遠い目をしながら話せば、レナードもなんとも言えない表情で露骨に顔を背けた。
彼も彼なりに思う所があるのだろう。そう考えると、首輪をつけてきた張本人のアマネや、いつの間にか肯定し、それどころかすっかり迎合し「似合ってるよ、さすがアマネが作った首…ネックレスだね」と言ってのけたサイラスよりもマシかもしれない。
「首輪如きでぐだぐだ言ってる場合じゃないと考えるべきか、せめて首輪ぐらいはぐだぐだ言わせてほしいと考えるべきか……」
思わずステラが盛大な溜息を吐けば、それとほぼ同時にわっと歓声が上がった。
驚いて顔を上げ歓声の元を追うように視線をやれば、バルコニーに立ち眼下に集まる国民達に手を振るサイラスとアマネの姿が見えた。
どうやら話が一区切りついたらしく、彼等を称える歓声と共に拍手まで聞こえてきた。拍手だと分かっていても突風のように迫ってくる音量だ。
「サイラス・リシュテニアは人心掌握に長けて人望に厚い。って聞いてたけどさすがだな」
「兄貴は一見すると気弱そうに見えるが、ああ見えて誰より意思が強くてやる時はやるタイプだ。何を望まれてるか、自分をどう見せるべきか、そういった事も把握しきってる。他の国にも同年代の王族はいるが、実力も支持率も兄貴が群を抜いてるからな」
「確かに、近隣諸国の状況も聞かされてはいるけど、サイラスが一番支持率も実力も安定してるってあった」
「それに兄貴の隣にはアマネがいる。元より支持率の高い王子に聖女が着くんだ。二人の仲が正式に公表されれば、この国の地盤はより確実なものになる」
レナードからサイラスへの評価は褒め一辺倒だ。だがそこに兄弟ゆえの贔屓は感じられない。
話す展望も夢物語というわけではなく、現状から導き出せる未来の話である。レナードだけではなく一介の国民だって、それどころか情報としてしか知らなかったステラでさえ予想出来る話だ。
それを語るレナードの口調はなぜか自分の事のように誇らしげで、彼もまたその未来を望んでいるのだと分かる。バルコニーに立つ兄を見て、いずれ玉座に座る彼の姿を想像しているのだろう。
(……だけど、でも)
ふと、ステラは以前に聞かされた話を思い出した。
誰が教えたのかは分からないが、頭の中にある情報の一つだ。
その情報では……、とバルコニーに視線をやるレナードを見ていると、視線に気付いたのか彼がひょいとこちらを向いた。自分を見つめているとは思っていなかったのか濃紺色の瞳が丸くなる。
「なんだ、どうした?」
「いや、別に……。サイラスは確かに人望はあるけど、優しく温和なだけじゃやってけないんじゃないかと思って」
「そりゃあな。だから俺がいるんだ」
あっさりと言い切り、レナードが腰に下げた剣の柄に触れた。
軽く剣を揺らすのはステラの視線を誘導するためだ。それでは足りないとカチャと小気味よい音でアピールしてくる。