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06:尋問とステラの記憶

 

 理容師に髪を切り揃えてもらった後、ステラはレナードに着いてくるよう命じられて一室に通された。

 こじんまりとした部屋だ。中央には椅子が一つ置かれており、他には簡素な机のみ。卓上には資料が置かれている。

 改装途中の部屋とも違う。保管室とも違う。

 たった一人を座らせるためだけの部屋。

 殺風景を通り越したその部屋の造りは、用途を考えるとそれだけで威圧感を与える。


「……尋問か」

「分かるなら話は早い、さっさと座れ」


 レナードの声色は淡々としており、ステラはその声に促されるままに椅子に腰を下ろした。

 恐怖は無い。捕まれば尋問される事は想定内だ。むしろ今に至るまでの流れの方がおかしかった。

 だがさすがにこの部屋の雰囲気と彼が纏う空気に多少は気圧されてしまう。何を問われるのか、答えなければ何をされるのか、最悪なパターンを想像すれば覚悟をしていたとしても肌がひりつく。椅子に縄で縛りつけられれば尚更だ。

 それを察したのか、レナードが鋭い眼光ながらに「安心しろ」と告げてきた。淡々とした、冷たさすら感じさせる声色だが。


「質問にきちんと答えれば乱暴な事はしない。仮にもお前は『聖女アマネの妹』だからな」

「……それで、聞きたい事は?」

「まずは素性だな。名前が無いって言っていたが、あれは本当か?」

「事実だ。……少なくとも、覚えているうちでは、名前を呼ばれた記憶はない」

「覚えているうちでは?」


 ステラの言葉に疑問を抱いたのか、レナードがオウム返しで尋ねてくる。

 理由を話せという彼の視線に、ステラは隠す必要もないと話を始めた。……といっても、話すことはただ一つ。


「私には三年前より昔の記憶がない」


 これだけだ。


「三年前?」

「あぁ、そうだ。それより前はどこで何をしていたのか、どんな人生を送っていたのか、何一つ覚えていない」


 三年前、目を覚ますと既に黒髪黒目の少女だった。もちろんこの顔だ。

 それ以前のことは何一つ覚えておらず、過去を思い出す余地すら与えられなかった。空になった頭の中を埋め尽くすように『いずれ聖女アマネと入れ替われ』と命令され続け、そのために必要な情報を叩き込まれていったのだ。

 おかげで自分の事は何一つ分かっていない。

 名前も年齢も、三年前より以前はどこで何をしていたのかも。


 それを話せば、さすがにここまでの話は予想していなかったのかレナードが僅かに言葉を詰まらせた。

 信じられないと言いたげな表情。驚きと怪訝な色が混ざりあった視線を向けてくる。


「さすがに年齢ぐらいは分かるだろ」

「三年前から何も覚えてないんだから分かるわけないだろ。そもそもお姉ちゃん(アマネ)と入れ替わったら私の年齢なんて関係ないし、必要なのはお姉ちゃん(アマネ)が何歳かだ」

「だからって……、それなら、以前からその髪色と瞳の色だったのか?」


 ステラの髪色と瞳の色はアマネと同じ黒一色だ。

 この世界には有り得ない髪色と瞳の色。アマネの神聖さに拍車を掛ける色合いであり、同じ色合いだからこそステラはアマネと入れ替われる可能性があった。


「だから覚えてない。元々お姉ちゃん(アマネ)とそっくりだったのか、それとも別だったのか、何も覚えていないし教えてもらえなかった。知る必要もないと思ってたし」

「知る必要って、気にならなかったのか?」

「私はお姉ちゃん(聖女アマネ)と入れ替わる、それだけだから」


 はっきりとステラが告げる。ついでに「まぁ失敗してこの様だけど」と付け足すのは自棄の領域だ。


「……洗脳か」

「どうだかね。あ、前もって言っておくけど、どこから来たのか誰の指示かを聞き出そうとしても無駄だからな。私は有益な情報は何一つ教えられていない。どこか分からない施設で、誰か分からない人物に生かされてたんだ。その記憶だって今はもう朧気だし」


 そもそも尋問といえども問われたところで何も答えようがないのだ。

 ステラには己に関する記憶が殆ど無く、そして誰に命じられているのか、誰の策略なのかも分かっていない。分からないものは話しようがない。


「アマネと入れ替わった後あいつをどうするつもりだった? どこかに連れて行くつもりだったんじゃないのか?」

「入れ替わりが成功したら誰かが回収しに来る手筈だった。それが誰かも、どこに回収するかも、私は知らない」

「それなら、失敗したらお前はどうするつもりだったんだ? 何も分からないなら元居た場所に戻れないだろ」

「そうだよ。だから『こう』なってる」


 戻る場所が分からない、つまり、戻るという手段は許されていない。

 そもそもここまで王宮内に入り込んだ末の犯行なのだから、失敗した場合、逃げおおせる可能性は無いに等しい。入れ替わり成功か、失敗して捕縛か、あるいは殺されるか、その三択だ。

 そうステラが話せば、レナードが怪訝な表情を浮かべた。


「その話、本当なんだろうな」

「疑うなら気が済むまで尋問すれば良いし、なんだったら拷問したって良い」


 知らないことは話せない。どれだけ話せと問い詰められ痛めつけられようとも、分からないことは口を割れない。

 だがさすがにこの話を正直に受け取る気にはならないのだろう、レナードがゆっくりと歩み寄るとぐいとステラの顎を掴んで上を向かせてきた。

 間近に彼の顔が迫る。嘘を許すまいという鋭い眼光。濃紺色の瞳が真意を探るようにじっと見つめてくる。


「本当に何も知らないんだろうな」

「何も知らない。何も覚えてない。だから何も話せない」


 ステラもまた彼の目を見据えてはっきりと返す。

 嘘偽りのない事実だ。そもそも、偽ろうにも元の知識が無い。


 そうしてしばらく睨むように見つめ合い……、ぱっとレナードの手が離れていった。


「分かった、信じてやる」

「意外とあっさりだな。二、三発は殴られると思ってたけど」

「物騒なことを言うなよ。女を殴る趣味は無いし、嘘を吐いてるかどうかは目を見れば分かる。そもそもアマネの奴が信じたって事は少なくともお前本人は悪い奴じゃないだろうしな」


 尋問とは言いつつもそこまで厳しく問いただす気は無かったのか、レナードはあっさりと引くや拘束を解いてきた。「縛って悪かったな」という謝罪までしてくる。


「別に。首輪つけられてるんだから今更縄で縛られたぐらいどうってことない」


 自由になった手を軽く振りながら話せばレナードが肩を竦めた。彼もまた首輪に関しては思うところがあるのだろう。


「それで、この後は身体検査でもするのか? 必要なら服を脱ぐけど」

「馬鹿言え、尋問だけで十分だ」


 これで終わりだとレナードが告げ、そのうえ「出て行って良いぞ」とまで言って寄越すではないか。縄での拘束から一転してこの解放ぶり、きっと拘束はパフォーマンスだったのだろう。

 ならばとステラも部屋を出ようとし、扉を開けかけた瞬間……、


「可愛い可愛い私のステラちゃんはどこ!? 首輪に着けるチャームを二人で選ぼうと思ってたのに……!」


 というアマネの声を聞いて、開けかけた扉を閉めた。音をたてないよう、カチャン……と静かに鍵を掛ける。

 どうやら彼女は王宮内を探し回っているらしく、声が遠くなったかと思えば再び大きくなってきた。「ここらへんからステラちゃんの気配がするのに!!」という声にはさすがのステラもぞっとしてしまう。

 これは……、と考え、ステラは後ろ手に扉を押さえながらレナードへと視線をやった。彼もアマネの声が聞こえたのだろう何とも言えない顔をしている。


「……もう少し尋問されてあげても良いけど」

「分かった、匿ってやるから椅子にでも座ってろ」


 溜息交じりのレナードの返事を聞き、ステラはどうにも様にならないと思いながらも椅子に座り直した。

 もちろん今回は縄で縛られる事はない。



 ◆◆◆



 その後「この部屋からステラちゃんの気配がする……」と突き止めたアマネの執念と聖女の力により扉を突破され、ステラが引きずるように連れて行かれてしばらく。――「こんな事にお姉ちゃん(聖女)の力を使うな」というステラの恨み言が徐々に小さくなっていくのはなかなか感慨深いものがあった――

 レナードが部屋に一人でいると扉がノックされた。入ってきたのは兄であるサイラスだ。


「お疲れ。悪いね、嫌な役を押し付けた」

「これは俺の仕事だろ。それに別に何もしてないからな、探りを入れた程度だ」


 それだってあっさりと終えてしまった。そう話せばサイラスが頷いて返してきた。

 ステラの尋問はサイラスから任された仕事だ。といっても、レナードも一度きちんと話を聞くべきだと考えており、たまたま言い出したのがサイラスが先だったというだけの話。彼が言い出さなくても、遅かれ早かれ、それどころかほぼ同じタイミングで、きっとこの尋問は行われていただろう。

 そして尋問という仕事を託す際、サイラスは「手荒な事はしないようにね」と告げてきたのだ。


「それで、ステラは?」

「アマネがひきずって連れていった。首輪に着けるチャームを選ぶんだとよ」

「それは……、まぁ、アマネが楽しいなら良いんじゃないかな」

「相変わらずのアマネ贔屓だな」


 やれやれと言いたげに溜息を吐きつつ、ステラから聞き出した情報を資料に書き込んでいく。

 といっても碌な情報は無い。彼女自身なにも知らされておらず、それどころか三年前より昔の記憶がないという。

 サイラスが横から資料を覗き込み「これは」と小さく呟いた。


「記憶がないって……」

「洗脳されたうえに余計な記憶を消された……、って考えた方が良さそうだな。ここに来る前の記憶も消されてるあたり、使い捨てにされてる可能性が高い」


 何も情報を残さないということは、ステラに万が一の事があっても関与しないという事だ。

 彼女が失敗して捕まろうとも、そこでどんな目に遇おうとも、尋問どころか拷問を受けようとも、ステラをここに送り込んだ者達は一切関与しない。もちろん助けにも来ない。

 ゆえに元より吐ける情報を与えないのだ。失敗したら切り捨てるどころではない、切り捨てる前提でステラを仕込んでいる。


「ステラが居たのは碌なところじゃなさそうだね」

「そうだな。アマネを攫って何をしようとしてたんだか」

「他にも何か仕掛けてくるかもしれないし、早いうちに尻尾を掴んでおいた方が良いかもしれないね」


 サイラスの話に、レナードが頷いて返す。


 次の瞬間、室内がシンと静まり返った。


 冷ややかな空気が部屋に満ちる。

 その直後、扉をノックする音が響き、一人の使いが部屋に入り……、そして冷え切った空気にふるりと身体を震えさせた。

 実際の寒さではない。これは室内に満ちる怒りの空気だ。冷たく張り詰める空気、発しているのは室内にいる二人の王子。


「あ、あの……、ご予定のお客様がいらっしゃいました」


 室内の冷ややかな空気に気圧され恐る恐る給仕が告げる。

 それを聞き、まず張り詰めた空気を解いたのはサイラスだ。普段通りの穏やかな表情に戻し、そのうえ呼びに来てくれた事に感謝を告げる。その声色は彼らしく優しく温かい。


「今すぐに用意するよ。客室に案内しておいてくれ」

「か、かしこまりました……」

「今日の来客は確かアマネとの話も望んでいたはずだ。悪いけど、客室に通したらアマネを探しておいてくれないかな」


 サイラスが指示を出せば、給仕が恭しく頭を下げて部屋から去っていった。

 心なしかその足取りが早いのは部屋の圧に恐れをなしてだろう。察したサイラスが「悪いことをしちゃったな……」と頭を掻いた。


「後で謝っておこうかな。それじゃあ僕は先に行くからね。……その顔、戻してから来なよ」


 ぽんとレナードの肩を叩いてサイラスも先程の部下に続くように部屋から出ていく。


 再び静かになった部屋の中、一人残されたレナードは手元の資料に視線を落としていた。

 記載されている情報は少ない。読み込むほどの量も無く、分かるのはステラの扱いの酷さだけだ。

 それを見つめ、レナードが眉根を寄せた。




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