表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】入れかわり失敗から始まる、偽物聖女の愛され生活 ※ただし首輪付き  作者: さき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/39

35:粗悪品

 


 何が起こったのかを理解するより先に危機感がぶわと全身を這いまわる。それとほぼ同時に腕を強く引っ張られ、体を仰け反るようにして後ろに引いた。

 次の瞬間、ステラの眼前を何かが擦り抜け風が頬を掠めた。ヒュンと軽い音がする。

 剣の刃だ。視認するよりも先に本能で理解した。


「大丈夫か!」

「だ、大丈夫……」


 眼前まで迫っていた死に心臓が跳ね上がるが、それを無理やりに押さえつけ、事前にレナードから渡されていた短剣を構える。

 幸い扉はまだ明けられている様子はない。だが数人が押し開けようとしており扉が微かに揺れているのが見えた。籠城も時間の問題だろう。


 地下に居るのは男が五人。誰もが黒いローブを纏っており、剣や大振りのナイフを手にしている。

 その中の一人を見てステラは小さく息を呑んだ。ぼやけた視界でも分かる、深緑色の長い髪……。


「王子に護られて、いっぱしにお姫様気分か」


 鼻で笑うような冷たい口調。

 男が剣を手にゆっくりとステラへと近付けば、男の意思を察したのか他の者達が譲るように道を開けた。彼等は彼等で同じように各々の武器を構えレナードを睨みつけている。

 見たところ、統率を取っているのは深緑色の髪の男だ。少なくとも彼がこの集団のリーダーと見て間違いないだろう。

 となれば彼が一番強いのか……。


「ステラ、無理そうなら俺の後ろにいろ」


 隣に立つレナードが眼前の男達に意識をやりながら告げてくる。

 いざとなればステラを守りつつ五人を相手にするつもりなのだろう。彼からは熱に近い敵意が漂っており、纏う空気が張り詰めている。

 そんなレナードの言葉に、ステラは「私も戦える」と返した。

 視界はいまだぼやけているし身体も痛い。

 気を抜けば意識も揺らぎかねない。

 だけどここで引いてはいけない。何も思い出せていないけれど、この男からは逃げてはいけない。

 そう自分に言い聞かせ、ステラはナイフの柄を握る手に力を入れた。


「私は戦えるから……、だから、レナードは他の男達をお願い」

「大丈夫なのか?」

「……正直に言えば、大丈夫なのかも何も分からない。でもあの男からは逃げちゃいけない気がする」

「分かった。直ぐに倒してステラの事も護ってやる。俺の強さに惚れ直しても良いからな」


 普段通りの冗談めかした事を言いながらも、レナードは大振りのナイフで切り掛かってきた男の一撃を剣で受けた。

 そのまま返すように鋭い一撃を放つ。だがその刃は避けられ、新たな一人が彼に切り掛かってきた。すんでのところでそれを躱し、隙をついて背後から取り押さえようとする男には足払いを仕掛ける。

 彼を囲む四人も動きからすると相応の実力者だ。連携も取れている。だがその四人をレナードは見事に捌いており、躱すだけでなく鋭い反撃もしている。


 四人を相手にしてもなお互角だ。

 だが今のステラには彼の強さを分析している余裕は無い。


 眼前では深緑色の髪の男が剣を構えており、その姿からは言い知れぬ圧が漂っている。

 迂闊に動けば切り捨てられる、そう本能が訴えているのは、空気に当てられたか、もしくは消されたはずの記憶が警告を鳴らしているのか。ステラの心臓が早鐘を打ち体の中で木霊する。

 その緊張が最高潮に達した瞬間、ぞわと背筋に寒気が走った。


 来る。と、そう感じ取った瞬間、ステラは反射的にナイフを顔の高さまで上げた。


 甲高い音がする。

 ナイフの刃が男の剣先を弾いた音だ。重い手応えを薙ぎ払い、眼前に迫っていた拳を体を捩じる事で交わす。

 斜めになった体勢に容赦の無い蹴りが繰り出されるが、それは両腕で受け止めた。衝撃で体が僅かに浮く。鋭さと威力の乗った蹴りは、不意打ちで腹にでも喰らっていたら骨をやられていたかもしれない。


「くっ……」

「相変わらず馬鹿な女だな」


 淡々と話す男の声には余裕があり、ステラを見下すような色もある。

 無感情だったものがそれ以下に、まるで下等なものを足蹴にするような侮蔑の声だ。それだけで人を傷付けそうなほどに鋭い。

 聞いているだけでステラの手が震えた。


「役目もこなせず簡単に寝返り、挙げ句に俺の相手をするだと?」


 話しながら男が剣で切り掛かってくる。

 首を断ち切らんとする鋭利な剣筋。それを躱すもその隙を突いて一気に距離を詰められた。

 掌底が心臓を狙って迫る。まともに受けては駄目だと危機感が訴え、身を引いて僅かに狙いをずらして男の大きな手を肩で受けた。

 骨が折れんばかりの激痛が、肩から腕へ、それどころか指先まで走り抜けていく。

 だがそれに呻いてる間もなく追撃が迫り、必死に躱し、時に最小限の負傷で受け止める。合間合間にナイフでの応戦を試みるがまともに通らない。


「一度として俺に勝てていなかった事を忘れたか?」

「そんな、こと……、覚えてない……」

「あぁ、それすらも忘れたのか。あの薬もお前も粗悪品だったからな。ここで纏めて処分してやる」


 男の声が更に冷ややかになり、ステラの肩を狙うように剣を振り下ろしてきた。先程の掌底で痛めたのを見て躱しきれないと考えたのだろう。

 それを引いて躱そうとし、だが一瞬走った痛みに反応が遅れてしまった。

 しまったと悔やんだ時には既に遅く、鋭利な刃が左肩に当たり服を切り裂いていく。その下にある肌に赤い線が引かれ、ぷつと弾けるように血が溢れだした。熱を押し付けられたような痛みが駆け抜ける。

 その痛みに一瞬呻き……、だがそれすらも許さぬと新たな刃が迫ってきた。


 剣ではない。

 手の中に納まる小型ナイフだ。

 刃渡りは短く、人差し指の第一関節程度。

 戦闘には不向きだが、的確に急所を狙うなら十分な刃だ。

 そして的確に狙えると判断したからこそ繰り出したのだ。


 すべてはこのナイフに掛けていたのだろう。

 掌底も、その負傷を狙った左肩への一撃も、この留めの一撃のためだった。


「ステラ、避けろ!」


 レナードの鬼気迫る声が聞こえる。

 視界の隅に彼がこちらに手を伸ばすのが見えた。


 その手の動きも、そして迫るナイフの刃も、ステラにはなぜかゆっくりと見え……、


 次の瞬間、頭の中に幾度となく男と戦った記憶が蘇った。

 何度も打ち倒された、訓練と称して痛めつけられた。

 拒絶をしたのに無理やりに薬を打ち込まれた。


 そういう時、この男は必ず……、


 弾けるように視界が開き、ステラは自ら迫る刃に首筋を差し出すように首をひねった。


「……っ!!」


 男が小さく息を呑み、その音に被さるように甲高い音が響いた。

 男の狙いは的確で、刃は的確にステラの首筋を切り裂いた、……はずだが、そこに鎮座する厚く硬い鉄に阻まれたのだ。

 ナイフの刃などびくともしない強固な鉄。

 ステラの首にはめられた首輪。

 甲高い音をあげて刃が弾かれ、不意を突かれた男の手からナイフが落ちた。


「くそっ……! この粗悪品が!」


 男の顔に初めて焦りの色が浮かび、だがすぐさま体制を立て直し剣を振り被ろうとしてくる。

 それを見てステラはナイフの柄を両手で握り、自らの身体ごと男の胸へと飛び込んでいった。

 男の体がステラを受け止めきれずに倒れ、ステラもまた男の体に伸し掛かるように倒れ込んだ。衝撃で体中が痛む。とりわけ肩の裂傷は激しく、走り抜けた痛みに思わず呻いた。

 ……それでもナイフの柄を握り続ける。


「ステラ、おい、大丈夫か!!」

「あっ……」


 レナードの声と共に彼に右肩を掴まれ、ステラは小さく息を呑むと顔を上げた。

 彼に支えられながら状態を起こす。眼下を見れば男が倒れており、その胸元にナイフが刺さっているのが見えた。

 レナードから渡されたナイフだ。深々と刺さり、血が溢れ始めている。

 刺された事が信じられないのか、男は目を見開き己の胸元に刺さるナイフを見つめていた。その目がナイフからステラへと向けられる。


「粗悪品が……」


 忌々しいと言いたげな男の声。

 それを聞きながらゆっくりと立ちあがれば、案じたレナードが身体を支えてくれた。


「私の名前は粗悪品じゃない、ステラだ。……でも、お前の声で私を呼ぶな」


 拒絶の気持ちを込めてステラが告げれば、男が顔だけを上げて忌々し気にこちらを睨みつけ、……だが罵倒しようと開いた口で苦し気に咳き込みだした。咳に血が混じり、力無く頭を床に着ける。

 ナイフが刺さったままの胸が小刻みに上下しているので死んではいない。無我夢中で飛び込んだせいでナイフの刃は急所を外したのだろう。だが傷は深く動くことは出来ないはず、それどころか喋るのもほぼ不可能だろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ