29:何もしない、二人一部屋
騎士達の言い分は分かる。
二部屋しか取れず、しかもベッドの数と宿泊人数が合っていないともなれば、性別や階級で部屋をわけるのは普通の事だ。
とりわけステラは女なうえに聖女の妹なのだからきちんと一室で休ませるべきである。男ばかりの部屋で一泊させたとなれば大問題。
そしてレナードも騎士隊長でありつつも王族である。彼もまた優遇すべき存在だ。
「それは分かるけど、どうして私とレナードが一緒の部屋に……。これはこれで問題なのでは?」
未婚の男女を一室に泊まらせるのはどうなのだろうか……。と眉根を寄せてステラが首を傾げる。
宛がわれた部屋の中で。
就寝の準備を終えて、寝間着に着替え、ベッドの上で濡れた髪をタオルで乾かしながら。
そんなステラに対して、同じく用意されていた寝間着に着替えたレナードが簡易テーブルセットで酒を飲みながら「今その危機感は逆にどうなんだ?」と尋ねてきた。
あのあとひとまず宿に向かい、隣接している食堂で遅い夕食を取り、そして騎士達とは別の部屋に分かれて今に至る。
正確に言えば一通りの就寝準備を終えて今に至るのだが、確かに、疑問を口にするのならばもう少し早く口にしておくべきだったかもしれない。
「寝間着に着替える前に言うべきだったか……」
「言っちゃあなんだがそれも遅いぞ。普通は部屋を割り振られた段階で言うべきだ」
「四時間くらい前かぁ」
それだけ時間がずれていると気にするのも無駄に思えてくる。
だが部屋の割り振りに関しては今更としても、もう一つ、否、もっと大きな問題がある。
「ベッドが一つしかないのは今文句を言っても良いと思う」
訴えながら自分が座るベッドをぽすんと軽く叩いた。
部屋の中央には大きなベッドが一つ。大人が二人余裕で横になれる大きさで、枕も二つ並んでいる。
それを訴えれば、酒の入ったグラスを片手にレナードがじっとこちらを見つめ……。
「それも部屋に入った時点で言うべきだったな」
と忠告してきた。
二時間ほど前だろうか。これにはステラも「そっかぁ」と呟いてしまう。この件もだいぶ遅かったようだ。
「それなら仕方ない。……とは流石にいかない気がする。そもそもレナードの部下達はどうして私達を一部屋に入れたんだろ」
仮にも自分は『聖女の妹』だ。自称するのもどうかと思うが、世間一般的には高貴な存在である。
それも未婚。たとえ相手が王族とはいえ、男と二人の部屋で泊まらせた……となれば問題になり、万が一の事があれば彼等も咎められる可能性がある。少なくとも、姉である聖女アマネは文句の一つぐらいは言うだろう。
それなのに、別れ際の騎士達は案じる様子も見せず、それどころかそそくさと自分達の部屋に行ってしまった。
彼等の部屋がどういう造りかは分からないが、きっと広い部屋をこちらに宛がっているはずだ。つまり彼等は雑魚寝状態である。
「あー……、それは俺のせいかもしれない」
「レナードのせい?」
「あぁ、その可能性は高い。というか多分、俺のせいだ。むしろ俺のせい以外に考えられない。十中八九俺のせいだな」
どんどん確証を得ていくレナードの言い分を聞きながら、ステラは彼をじっとりと睨みつけた。
視線に「早く事情を話せ」という圧を込めていく。
その圧を察したのか、レナードがふいに視線を逸らした。酒の入ったグラスを見つめる表情はどこか憂いを帯びており、僅かに間を開けた後、まるで意を決するように酒を一口飲んでから唇を開いた。
「騎士隊内にだけだが、ステラはいずれ俺の嫁になるって公言してる」
その声も、表情も、どことなく色気を感じさせる。
……感じさせるが、ステラからしたら何とも言えないものだ。むしろ漂わせる妙な色気は白々しさに拍車を掛けるだけである。
多分、この空気でうまいこと流そうとしているのだろう。もちろんそうはさせないが。
「多分、あいつら俺とステラは兄貴達の結婚を待っていると思ってるんだろうな。なに、多少の誤差はあれども概ね事実だ」
「多少どころか全部誤情報だけど」
「俺としては『兄貴達の結婚を待っている』というところは誤情報だな。いつだって結婚するつもりだ」
「はいはい、分かりました」
どうしてベッドが一つしかない部屋に二人で泊まる羽目になったのか理解出来た。十中八九どころか十中十がレナードのせいではないか。
彼の説明のせいでステラは『レナードの嫁候補』と認識されており、尚且つ、彼の話し方や日頃の接し方を考えるに恋人関係だと思われているのだろう。公言こそまだだが婚約者と同等か。
それならば今のような緊急時に同室で泊まるのも仕方ない。レナードには『聖女妹の警備』という役目もあり、仮に何かあったとしても『恋人たちの一夜』とでも周囲は勝手に思うのだろう。
なんて誤情報。
だというのにレナードに悪びれる様子はなく、むしろこの誤解は好都合だと言いたげな表情だ。付き合ってられない、とステラは溜息を吐いてもぞもぞと布団に入り込んだ。
これ以上の話をするつもりはないという意思表示で布団を頭からかぶる。
だが布団の中でむぅと眉をしかめたのはベッドが揺れたからだ。言わずもがな、レナードが続くようにベッドに入ってきたのである。
「この件の責任を取って、椅子で寝るぐらいの甲斐性を見せてほしいんだけど」
「そう言うなって。前にお前の看病で椅子で寝ただろ? あれから肩が凝って大変だったんだ。明日は早くから馬に乗るからゆっくり休んでおきたい」
勝手なことを話しながら布団に入り、それどころか寝心地を整えてくる。
布団を被っていたステラはうんざりとしながら頭を出し、彼を睨みつけようとし……、ぐいと抱き寄せられた。
レナードの腕がしっかりと体を押さえつけてくる。苦しいくらいの抱擁にステラはもぞもぞと抵抗するように動いた。もっとも、そんな抵抗は予想していたのだろうレナードが怯む様子はない。
「何もしないから、抱きしめて寝るぐらいさせてくれよ」
「何もしないからって、しなくて当然なんだけど」
「これほどお膳立てしてもらったら何かしても良いんだけどな。たとえば、物理的に俺のものにするとか」
レナードの声が途端に真剣みを帯びたものに変わり、それどころかステラの顔に手を添えると上を向くように促してきた。
彼の顔が近付いてくる。親指でステラの唇に触れ、軽く撫でる。目を細めた表情は誘うかのように蠱惑的で、ステラは彼の腕の中でそっと目を瞑り……、
だが次の瞬間、カッと目を開いた。
「ここで私に無理やり何かしたら、お姉ちゃんはもちろん、サイラスの怒りも買うと思うけど。その覚悟はお有りで?」
一応念のために確認しておく。
それを聞き、先程まで蠱惑的な表情を浮かべて顔を寄せていたレナードがパッと顔を離した。表情も普段通りのものに戻っている。
むしろ冷ややかに怒るサイラスの姿を想像したのか、普段通りどころか若干だが頬が引きつっている。きっと想像の中のサイラスはそれほどだったのだろう。
「……分かった。何もしない」
「意気地なし」
「なんでそこで煽るんだよ。襲われたいのか!?」
この返しは予想してなかったのか、レナードがぎょっとして声をあげる。
そんな彼の態度にステラはしてやったりと笑み、いい加減寝ようかと考え……、だが一向に離れない彼の腕に僅かに目を丸くさせて視線を向けた。
レナードの腕はいまだしっかりとステラの体を抱きしめており、試しにと軽く動けば多少は緩まるものの放そうとはしない。せいぜい腕の中で寝心地を整えさせるぐらいの余地を与えてくるだけだ。
「何もしないが放しもしない。これぐらいは良いだろ?」
レナードの言葉は普段の彼らしく決定事項を告げるような押しの強さがあり、それでいてどことなく乞うような色もある。
話しながらもステラの体をぎゅっと抱きしめる仕草もまるで子供のようではないか。
(抱きしめる時点で『何もしない』ではない気はするけど……)
そうステラは考えつつ、彼の腕の中で小さく笑って「仕方ないなぁ」とわざとらしく告げてやった。
身じろいで寝心地を整えてふんと高飛車に息を吐く。その恩着せがましい言動が面白かったのかレナードが楽し気に笑った。




