02:愛情たっぷりネックレス
「この子は私の妹。お姉ちゃんに会いに来てくれたの」
というアマネの意見にはもちろんだが反論が上がる。というか反論しか上がらない。当然と言えば当然である。
少女もそれは理解しており、むしろ自分こそが反論したいとうんざりとした気分で椅子に座らされていた。隣にはアマネが座り妙に嬉しそうな笑みでこちら見つめてくるが笑い返す気になんてなるわけがない。
ズリズリと椅子を寄せてくる彼女にせめてもの抵抗と考えて反対側を向けば「照れちゃって可愛い」という嬉しそうな声が聞こえてきた。頬を突っついてこようとした手はペチリと叩き落としておく。
場所はアマネの部屋から移動して少し広めの一室。中央にテーブルセットが置かれ、壁には華やかな絵画が飾られている。情報と照らし合わせるとここはアマネ達が普段食事をしている部屋で間違いないだろう。
そんな部屋の中、少女はテーブルセットの一脚に座らされていた。
侵入者として両の手首を縛られてはいるものの、縛るのが質の良いスカーフなので何とも微妙な気分だ。花柄のスカーフが解けないくらいにはきつく、それでいて肌に優しく拘束してくる。
「それで……、アマネ、彼女が妹ってのはどういう事かな」
向かいに座る青年の片方が、若干の動揺を隠しつつも穏便な声色で話を始めた。
リシュテニア国、第一王子サイラス・リシュテニア。
柔らかく温和な印象を与える顔付きだが、今は眉尻を僅かに下げて困惑が隠しきれていない。
それでもぎこちないながらに笑みを浮かべるのは場の空気を少しでも和ませようと考えての事か。
少女が視線をやればどう対応して良いのか分から無さそうに苦笑を浮かべてきた。金色の髪がさらりと揺れ、濃紺色の瞳が対処に困ると言いたげに細められる、麗しい男だ。
そんなサイラスの隣に座るのは、彼の弟である第二王子レナード・リシュテニア。
彼の態度は露骨だ。睨みつけるような鋭い眼光を少女に向けてきており、隠し切れないどころか警戒の色を隠そうともしていない。
爽やかな好青年といった外見の兄サイラスと違い、彼はどちらかと言えば威圧感を与える風貌をしている。濃紺色の髪と同色の瞳が彼の纏う空気を重くさせる。サイラスに負けじとレナードも美丈夫だが系統が違う。
そんな二人の疑問に応えるように、アマネが「説明するわ」と口を開いた。
次いでこちらをくるりと向いて満面の笑みで頷いてくるのはきっと安心させようとしているのだろう。少女としてはうんざりとした気分に拍車を掛けるだけなのだが。
「妹って言うのはそのままの意味で妹ってこと。こんなに私と瓜二つなんだから私の妹に決まってるでしょ。これは疑う余地のない紛れもない事実。感動的な姉妹の再会よ」
「確かに瓜二つだけど……。そもそも妹がいるなんて一言も言ってなかったじゃないか」
「言ってなかったし、今まで居なかった。でも今この瞬間、確かにここに居るの!」
力強くアマネが断言し、少女の手を掴んできた。
「今ここに居るのは間違いなく私の妹。この可愛らしさ、愛らしさ、世界一の美少女と言っても過言ではない美貌、まるで春風が連れてきた妖精のような気高さ、どこをどう見たって私の妹でしょ!」
「自分と瓜二つと断言したうえでこの褒めよう……。いや今更かな。むしろこれこそアマネと言えるかも」
根拠が無い代わりに自画自賛だけは十分過ぎるあるアマネの断言に、なぜかサイラスがうんうんと頷きだした。
なぜこれで納得するのか理解できないが、彼の表情にはどこかアマネの言い分を楽しんでいるような色すらある。このままでは彼女の希望を通しかねない。
対してレナードはこの程度のやりとりで流される気は無いようで、アマネの言い分を一刀両断するように「ふざけてる場合か」と厳しい言葉を放った。
ジロリと睨んでくる眼光は随分と鋭い。警戒しているのがひしひしと伝わってくる。
「第一、その『瓜二つ』っていうのが有り得ないだろ。この世界には黒髪黒目は生まれない、そこからしてこの女は怪しいんだ」
「ひとの妹に怪しいなんて失礼な物言いしないでよ。この愛らしさ、全身から溢れる愛おしさ、輝かんばかりの美貌、どこをどう見たら怪しいなんて言えるの。そりゃあ春風の妖精か花の精霊かって疑うなら分かるけど」
「あー、話が通じない……」
レナードがげんなりとした表情を浮かべて天井を仰いだ。こちらもこちらで、反論はあるが結局はアマネに押し通されかねない。
そんなやりとりの挙げ句、アマネが「そもそも」と話を続けた。
「私が妹と言ったら何があろうと妹なの。異論は一切認めない!!」
はっきりとしたアマネの断言に、サイラスはまったくと言いたげに苦笑しながら肩を竦め、レナードが深い溜息と共に肩を落とした。
(なるほど、話に聞いていた通りの力関係)
そう三人を見回しながら少女は思った。
聖女と成り代わる際に必要な事は全て頭に叩き込んである。もちろんアマネを取り巻く人間関係もだ。
とりわけ外せないのが、今目の前に座る二人の王子。
聖女を支える第一王子サイラスと、聖女を守る第二王子レナード。二人は常に聖女アマネと共に行動し、時に突拍子もない発言に反論はするものの、最終的には絶対的な存在である彼女には逆らえずに押し切られてしまう……。
聞いていた通りだと内心でごちていると、その落ち着きが癪に障ったのか、こちらを睨みつけてくるレナードの眼光に鋭さが増した。
だが睨みつけこそすれども何も言ってこないあたり、これ以上反論したところで無理だと考えているのだろう。こちらを睨んでくる眼光には、結局のところアマネの言い分を飲むしかない状況への不満も混ざっているのかもしれない。
(入れ替わりは失敗したけど、聖女の近くに居れば攫うチャンスはまだあるはず。いざとなれば一度逃げて体制を立て直すことも出来る。ここは大人しく従っておくのが得策か……)
随分とおかしな展開になっているが、こうなったからには別の作戦を立てるべきだ。幸い、アマネにつられてかサイラスも警戒心を解き始めており、注意すべきはレナードのみ。
ひとまずアマネの妹としてこの場に潜り込み、懐柔されたふりをして彼等の油断を誘おう。
愛想を良くするだけで彼等の油断を誘えるなら安いもの。
そう少女が考えて、ひとまずアマネに愛想でも浮かべるかと彼女の方を向いた瞬間……、
ガチャン、
と自分の首元から金属音がした。
ひんやりとした冷たさが首に触れ、程好い重みが肩に掛かる。
「は?」
と聞こえてきたのは誰の声か。
自分か、それともサイラスかレナードか。
満面の笑みを浮かべているアマネではないだろう。彼女は輝かんばかりの笑顔を浮かべており、そのうえ「似合ってる」と褒めてきた。
「似合ってる……?」
「そう。お姉ちゃんから愛しい妹への愛のプレゼント。出会いの記念にと思ってさっき急いで用意したの。世界に一つしかない素敵なネックレス、すごく似合ってる」
満足そうなアマネの言葉に促されるように、少女は震える手で己の首元に触れた。
指先が何かにあたる。硬い鉄の感触……。
「首輪」
「ネックレス」
「いやどう考えてもこれは首輪」
「お姉ちゃんの愛がたっくさん詰まったネックレス! いつでもお姉ちゃんと一緒に居られるように、お姉ちゃんと離れるとちょっとずつ首が締まってお知らせしてくれる機能付きだからね」
「……呪われた首輪?」
「それと、素直になれない可愛い妹が意地を張らないで済むように、お姉ちゃんに何かしようとした時も首が締まるからね。このネックレスを言い訳にして、存分にお姉ちゃんに甘えてくれて良いよ」
嬉しそうに目を細めて、そのうえぎゅっと手を握ってアマネが話してくる。
その表情には姉妹愛しか感じられない。……感じられないからこそ怖い。本気でこれを愛のネックレスだと考えているのだ。
少女の背中にゾッと冷たいものが走り、己の頬が引きつるのを感じながら上擦った声で「ネックレス……」と呟いた。
「なるほど、あれなら下手な行動にも出られないし逃亡も出来ないね。さすがアマネだ。きちんと考えてくれてる」
「そうかぁ? 引くほど重苦しい姉妹愛の押し付けだけだと思うけどな」
とは、そんな二人のやりとりを眺めていたサイラスとレナードの言葉。
片やアマネの事を褒め、片や呆れている。正反対な反応ながらにどちらもネックレスもとい首輪については反論する気は無いようだ。むしろ監視として好都合と考えているのかもしれない。
うぅ……、と思わず少女が唸り声をあげるも「世界で一番似合ってる!」というアマネの歓喜の声に掻き消されてしまった。
次話は7:00更新予定です。