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【書籍化】入れかわり失敗から始まる、偽物聖女の愛され生活 ※ただし首輪付き  作者: さき


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17/39

17:第二王子の考えと決意

 


 今日もまた晴天のもと ビターン! と豪快な音とステラの悔しそうな声が響いてしばらく……、


「今日は足元を気にし過ぎだな。アマネの視線が下に向かうたびに距離を取ろうとしてただろ。それを見抜かれて放り投げられたんだ」

「んぅ……、まぁ確かにそれはある」

「一昨日も足元見すぎて上半身が隙だらけだったし、その前は視線誘導に引っかかってた。フェイントに面白いくらいに引っかかってた時もあったな。あれは笑った」

「笑うな!」


 思い出し笑いをしかねないレナードに、ステラが吠えるように彼の態度を咎めた。

 その叱咤を受けてレナードが「笑って失礼」と返してくるものの、その表情も、手で隠した口元も、随分と楽しそうではないか。これでは笑っているのと同じである。


 なんて腹立たしい……、とステラはしばらく彼を睨みつけ、次いでふんとそっぽを向いた。

 これは己の怒りがどれほどかの訴えと、同時に「これ以上笑うなら部屋を出ていく」という意思表示である。

 察したレナードが再度謝罪の言葉を口にするが、それもまた楽しそうなのは言うまでもない。

 だが流石にこの話題を続ける気は無いようで、表情を真剣なものに変えると手元の書類に視線を落とした。

 濃紺色の鋭い瞳が書類に記されている文字を追い、男らしい手が細いペンを操り器用にさらさらと文字を書き留めていく。普段は男らしさや勇ましさを感じさせる風貌だが、こうやって静かに書類仕事をしていると知的な印象を見る者に与える。


(知的……)


 そういえば、と、ふと考えてステラは手元の本を見つめた。体術に関して書かれており、他にも戦術や武器についての本が机に置かれている。

 それだけではない。レナードの執務室は壁の一辺に背の高い本棚を敷き詰めており、難しそうな本がきっちりと並べられている。戦いに関してはもちろん、政治、歴史、門外漢であろう専門的な学術書もあり幅広い。


 レナードはこれら全て読み切り、そのうえほとんどを頭に入れているという。

 今日も今日とて負けたステラを執務室に呼び、探すこともなく本を数冊抜き取り「こことここを読め」と的確に指示してきたあたり、覚えているというのも嘘ではないのだろう。


「意外と頭が切れるんだな」

「突然どうした?」


 資料を読み込んでいたレナードが顔を上げてステラの方を見る。

 ペンを片手に首を傾げる姿は様になっており、騎士ではなく知的な宰相といわれてもしっくりきそうな風貌だ。


「事前に聞かされてた情報から、もっと腕力自慢の剣技頼みな脳筋馬鹿だと思ってた」

「お前……、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ。それとも俺の意外な一面を見て惚れ直したって事か?」


 呆れていたレナードの表情が不敵なものに変わった。

 口角を僅かに上げたその表情は蠱惑的な色さえあり、切れ長の瞳でじっとステラを見つめてくる。ゆっくりとした声色で「ステラ」と呼んできた。

 誘うような態度を取るレナードに、ステラはといえば……、


「馬鹿らしい」


 と、あっさりと吐き捨ててやった。

 もっともこの反応もまたレナードにとっては想定内なのか、怒ることも嘆くこともせず、それどころか「つれないな」と軽い口調で告げてきた。先程まで蠱惑的な笑みを浮かべていたというのに今は楽しそうに笑っており、その態度を見ているとステラの胸に不満が募る。


 惚れ直すだのなんだのと馬鹿らしい。

 あの余裕の態度をどうにかしてやりたい……。


 そんな悪巧みを頭の中で考え、ふとレナードの執務机の上に視線をやった。

 書類が詰まれている。あれを彼は今日一日で処理をするのだ。

 不在の両陛下に変わり国内の統治を任されているのはサイラスだが、弟であるレナードにも仕事はあり、騎士隊を始めとする国内の治安維持や戦力面に関しては彼の分野とされている。

 第二王子という立場でありながら実質サイラスの片腕を担っており、サイラスがいずれ王になってもその関係は変わらないのだろう。


 だけど、あくまでレナードは片腕だ。

 王になるのはサイラスである。


「世が世なら、レナードが王になれてたかもしれないのにな」

「ん? 今度はなんだ?」

「これだけ知識があって、仕事も出来て、それでも王になるのはサイラスなんだから、出生の順番で決まるなんてあんまりな話だと思って。残念だったな、第二王子様」


 ステラがわざとらしい口調で話せば、レナードが溜息交じりに「煽るな」と咎めてきた。

 まったく気にもしていない様子。それどころかステラの言い分に対して馬鹿な事をとでも言いたげである。

 次いで彼は一度執務机の引き出しを漁ると徐に立ち上がり、ソファに座るステラの向かいに腰を下ろすと真剣な表情で握った手を突き出してきた。


「……っ!」


 殴られるのかと咄嗟にステラが身構える。

 だがレナードの拳はステラに触れる事は無く、目の前で止まったままだ。それどころか何かを急かすように軽く揺らしてきた。

 いったい何をしたいのか。もしかしたら何か渡したいのかと気付き、ステラが恐る恐ると彼の拳の下に己の手を添えるように持っていき……、


 コロン、と転がり落ちてきた小さな包みを落としかけ、慌てて両手で掴み取った。


「……チョコレート?」


 手の中に転がり落ちてきたのは梱包されたチョコレートだ。

 それは分かったがこの流れでどうして……、と疑問を抱き、次の瞬間はっと息を呑んだ。

 今と同じように会話の最中にお菓子を渡された事が今までにもあったではないか。あの時はクッキーを始めとした焼き菓子だったが、その違いは些細なもの。


「まさか……」

「兄貴から『ステラはお腹が空くと悪だくみをする』って聞いてる」

「やっぱり! サイラスめ、ひとの事を子供扱いして……、いや、子供扱いか? 何扱いだ……?」

「兄貴からの扱いは置いておいて。それで、さっきの発言は俺と兄貴の仲違いでも起こそうっていう作戦か?」


 不敵な笑みでレナードが尋ねてくる。

 だがそこに尋問めいた色は無く、出会った当初、ステラの素性や目的を聞き出そうとした時の威圧感も無い。まるで他愛もない雑談の最中の質問のようだ。むしろ面白い話題を見つけたとでも言いたげである。

 そんなレナードからの質問にステラは僅かに考えを巡らせ……、コクリと頷いて首肯した。

 隠したところでどうせ勘付かれているのだろう。彼の態度を見れば確信を得たうえで尋ねているのが分かる。


お姉ちゃん(アマネ)と入れ替わった後の作戦の一つだ。二人の王子を仲違いさせて国内での内部分裂を引き起こす」

「なるほど、国を潰すのに有効的な手段ではある。だけど残念だったな、俺はどう煽られようと兄貴を失脚させようなんて思わないからな」

「なんで? この国は嫡男の継承が決まってるわけでもないし、二人とも年は近い。別に褒めてるわけじゃなくて客観的に判断した結果だけど、レナードにだって王になる才能は十分にあると思う」


 褒めるのは癪なので「褒め言葉じゃない」と念を押しながら話すステラに、レナードが「素直じゃないな」と苦笑交じりに肩を竦めて返してきた。

 どことなく表情が嬉しそうなのは褒め言葉と取っているからだろうか。

 だが軽く息を吐くとその緩い表情を真剣な物に変えてしまった。腕を組み、何かを考え、そして濃紺色の瞳を窓の外へと向ける。


 ステラもつられて窓へと視線をやれば、晴れ渡った空に白い雲がゆっくりと流れて行くのが見えた。

 穏やかな日差しが降り注ぐどこまでも続く晴天。この敷地内だけではなく、国内のどこもかしこも今日は平穏な風が吹いているのだろう


「確かに数百年前の戦続きの時代だったなら、俺が王になった方が良かっただろうな。兄貴は政治面には長けてるが戦略面はからっきしだ。騎士隊を鼓舞して先陣を駆ける……、なんて出来やしない」

「そうだろう? 本当に残念だったな」

「だから煽るなって。それにこれはあくまで『戦続きの時代だったなら』って話だ。今はそうじゃない。小競り合いは多少あるが近隣諸国総じて友好関係を築けている。そうだろ?」


 レナードが話す通り、近隣諸国は互いに協定を結び平穏を保ちあっている。

 百年単位で国家規模での争いは起こってはおらず、向こう数十年も安泰だろう。


「俺はこの平和が続く事を願ってる。そのためには俺じゃ無くて兄貴が王になるべきだ」

「それで、自分は二番手に?」

「あぁ、それがこの国の安寧を続けるために必要なら喜んで二番手になる」


 濃紺色の瞳でじっと見据え、はっきりとした声で断言してくる。

 確固たる意志が窺える表情。更には幼い頃から決めていたとまで断言するのだから、これは多少どころかどれほど揺さぶりをかけても動じたりはしないだろう。


「首尾よくお姉ちゃん(アマネ)と入れ替われても、この作戦は失敗してたかな」

「そうだな。それで、他にはどんな作戦があるんだ?」

「あとは……」


 サイラスとレナードを仲違いさせ内部分裂を謀るための要素は幾つか教えられている。

 その第一候補が先程の王位継承権についてだった。王になる素質を持つレナードを焚きつけ、彼が台頭することで国内に分裂を招く。

 だが他にも仲違いを引き起こすネタはある。……だけど。


「……言わない」

「言わない? なんだ、変な作戦なのか?」

「別に、普通の作戦だけど言わない」


 そっぽを向くことで話を無理やりに終え、それだけでは足りないと立ち上がった。

 レナードが怪訝そうに見上げてくる。「どうした?」という彼の問いかけに対しても、ステラはツンと澄まして「別に」とだけ返しておいた。


「お腹が空いたから食堂で何か食べてくる」

「なるほど、やっぱり腹が減ってたから悪巧みしたんだな」

「違う! というか、なんでレナードまで着いてくるのさ」


 いつの間にかレナードまで立ち上がり、それどころか平然と隣に立って部屋を出ようとしているではないか。

 それに対してステラが文句を訴えるも彼はどこ吹く風で、それどころか「ほら行くぞ」と促してきた。挙げ句に先に部屋を出て「置いていくぞ」とまで声を掛けてくる。

 一緒に行くのは不服だ。かといって主の居なくなった部屋に残るのも気が引ける。それと、お腹が空いているのも事実だ。


「別に一緒に食べるわけじゃないし……、私が先に食堂に行くって言ったんだし……」


 ぶつぶつと呟きながら、ステラはレナードの後を追おうとし……、だが通路の先の光景を見て足を止めた。

 既にレナードは通路の先を歩いており、たまたま通りがかったアマネと何やら話をしている。


 二人が並ぶ姿は目を引く。

 この世界にはない神秘とさえ言える黒髪黒目の少女と、それを守る体躯の良い王子。絵になる、というのはきっと彼等の事を言うのだろう。


 互いに容赦の無い物言いは、遠慮なく言葉を交わせる仲の証だ。嫌い合っての喧騒ではない事は彼等を見れば誰でも分かる。

 アマネが不満気にレナードに何かを言い、それに対してレナードもまた言い返す。

 二人のやりとりはそれでもどこか楽しそうで……、


「……やっぱり」


 ステラは小さく呟き、彼等とは別の道を行くべく、踵を返して歩き出した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ステラに情緒が育っていってて、微笑ましいですわー
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