第2話
東の国の軍事拠点を壊滅させた私は、その後何事も無く無事前線基地へと帰還することが出来た。決して座り心地が良いとは言えない輸送ビークルから降りた私は、格納庫を後にし、前線基地西棟2階女子兵舎にある自室へと向かっていた。
さて、部屋に着いたら何をしようか。とりあえずシャワーでも浴びて一眠りしようか。それとも少し遅めの夕食を取るか━━。
そんなことをぼんやりと考えながら階段を登り、2階の廊下をゆっくり歩いていると、私の部屋の前に女性が一人立っていることに気が付いた。
「━━お疲れ様です!ロードベルト中尉!」
綺麗な金髪をポニーテールでさっとまとめ、柔らかな物腰で話しかけてくる長身の彼女は、満面の笑みを浮かべながら右手で敬礼し、私が部屋に入ることをその身体で防いできた。
「……ボルト少佐……アンタがいるという事は、次の任務の話だな?」
「流石中尉!ご名答!」
「勘弁してくれよ……こっちはたった今帰還したばかりなんだぞ?私に休みはないのか?」
「文句は私ではなく、ギリー大佐に言ってください!」
「チッ……あんの堅物オヤジが……はいはい分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば。シャワー浴びたらブリーフィングルーム向かいますんで……」
「了解です!それじゃあ出てくるまで私はここで待ってますね!」
ボルト少佐はそう言うと、満面の笑みを崩さないまま部屋の扉の前で立哨を始めた。
「……そんなことしなくても、私はどこにも逃げないぞ」
「まあまあ、いいじゃないですか!」
「はぁ……」
私はうんざりしながら部屋に入り、手早く着替えの支度を済ませ、備え付けのシャワールームに向かった。
決して広いとは言えない、ボロボロで人一人入るのがやっとのシャワールーム。早いところ設備を新調して欲しいものだが、私が出している要望が通ったことはまだ一度もない。
最早愛着すら湧いてきているこのオンボロシャワーの評価出来る点と言えば、そこそこの水圧と熱い水が出ると言うことくらいだろうか……。
そのオンボロシャワーで戦いの汚れをサッと落としながら、私の部屋の前で立哨している彼女についてボヤく。
「━━苦手なんだよなぁ、あの人……」
……エリー・ボルト━━グリム・ギリー大佐の右腕であり、私が所属している西の国第3部隊の伝令役でもある。常に貼り付けたような笑顔を浮かべながらろくでもない任務を良く振ってくる為、陰では『笑顔の悪魔』なんて呼ばれていたりする……。
「このまま寝たいよ、全く……」
文句も程々にシャワーを終えた私は、ベッドの上に用意しておいた制服に着替え、部屋を出た。
「━━お待たせしましたね、少佐」
「いえいえ!たったの10分と23秒しか待っていません!今までで一番早いですよ、中尉!」
「ああそうですか。律儀にどうもね……」
「さあ!それでは行きましょう!」
次の任務が先のような殲滅作戦では無いことを祈りつつ、意気揚々と私の前を歩き先導してくる少佐の背を渋々追いかけた。
私達が向かっているブリーフィングルームは、前線基地中央棟の3階に位置している。この上の階には前線基地の最高責任者であるブラウン元帥の部屋や将官以上の人達が使う作戦会議室といった、重要な設備が設営されているらしい。私はそのどちらにも行ったことはないが、ギリー大佐がつい先日、会議室に呼ばれているのを見かけたことはある。その時は確かボルト少佐も一緒だったような……。
「━━ロードベルト中尉!着きましたよ!」
どうでもいい記憶を何となく反芻しながら少佐の話を適当に受け流していた私は、少佐のその一言で我に返った。
「今回もほとんど私の話を聞いていませんでしたね!悲しい!」
「えっ?いや、ちゃんと聞いてましたよ。ほら、ギリー大佐がコーヒーこぼした話とか……」
「それはだいぶ昔に話した話ですね!ちなみに大佐は最近、コーヒーよりも紅茶を飲むようになったんですよ!入れるミルクは多めで……」
「━━ゴホン。あーっ、ボルト少佐。ご苦労であった」
大佐の飲み物についての話に火がつきそうになった時、私達の背後から少し気まずそうに話しかけてくる中年男性がいた。
「ああっ!ギリー大佐!ちょうど今大佐のお話をしていたところなんですよ!」
「ボルト少佐、俺はロードベルト中尉を連れてこいと言ったよな?余計なことをペラペラと話すんじゃない」
「あれ〜?もしかして照れてます?大佐も案外可愛いところあるんですね!」
「ええい、やかましい!ロードベルト中尉、君は先にブリーフィングルームに行きたまえ。他のメンバーはもう揃っているはずだ。とりあえず俺は、この馬鹿を一回締めねばならん」
「イヤーン!暴力反対ですー!やめてくださいー!」
喚き散らしている少佐の襟首をギリー大佐は無造作に掴むと、少佐を引きずりながら大佐の部屋の方へと消えていった。
「仲がよろしいことで……」
私は半分呆れながらそのやり取りを見届け、ブリーフィングルームの扉を開けた。
ブリーフィングルームには簡易的な椅子と机、それから少し大きめのボードが用意されていて、既に席に着いているメンバーもいる。私はどこか適当な場所に座ろうと思い、キョロキョロと席の物色をした。
「━━あの眼帯……あれが例の隻眼じゃ……」
「あんなガキがねぇ……」
珍奇な物を見るような視線が私に集まる。腫れ物扱いされるのはもう慣れたものだが、こうもあからさまだと少しばかり気分も悪くなる。
私が一体、何をしたというのか。お前らにとって不利益になるようなことは何一つしていないはずだが━━。
「━━おーい、セリカ!こっちこっち!」
不快感が高まりつつあった時、後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえた。
「……んっ?おおっ!誰かと思えば、カーミラじゃないか!」
私はカーミラの隣の席に座り、再会を喜んだ。
……カーミラ・グレイブ。私の同期であり、数少ない友人の一人でもある。年齢は私よりも5つ上の19歳で、確かコボルト大佐率いる第2部隊に所属していたはず……。
「久しぶり!だいぶ前の合同演習以来だね!」
「ああ、そうだな……しかし、何故カーミラがここに?確か第2部隊はアーランド地方の基地警護をしていたはずだが……」
「ああ、それなんだけど……」
「━━あーっ、すまない。お待たせした」
カーミラが何かを言おうとした時、ギリー大佐とボルト少佐がブリーフィングルームに入り、挨拶をした。
「諸君、忙しい中招集に応じてくれたこと感謝する。早速だが、今回の任務について話を進めたい」
大佐はボードに地図を貼ると、今回の任務の概要を説明し始めた。
「今回の任務はかの有名な実業家である、カーシナム家のお屋敷の警護だ。警護開始は今から3日後。諸君には4日間警護を行ってもらう。場所は前線基地から南に約80km、グリスプ地方の街外れだ。輸送ビークルで1時間もあれば着くだろう。そして、今回の任務は最重要任務故、第2部隊と第3部隊から選抜した計20名のメンバーで分隊行動をしてもらう。本作戦の司令はこの俺、グリム・ギリー大佐が務める。よろしく頼むよ。……さて、ボルト少佐。例の物を皆へ」
「了解です!」
大佐がそう声をかけると、少佐は前の席から順々に紙を配り出した。
「……行き渡ったな。それはポストカードだ。各自どのポストに配置か確認して欲しい。それから分隊についてだが……」
大佐は私にチラッと目配せすると、少し言いにくそうに話を続けた。
「━━A分隊とB分隊の二分隊編成とする。そしてセリカ・ロードベルト中尉、君は第2部隊所属のローラ大尉を隊長とする、A分隊に入ってもらう」
「なっ……!大佐!私は……」
「━━ちょっとちょっと、アタシが隊長やんのかい?それにこのガキの御守まで……勘弁しておくれよ、ギリー大佐」
私が抗議の声を上げようとした時、同じようなタイミングでミーシャ・ローラ大尉が声を上げた。
「アタシは御免だね。隊長だけならまだしも、こんなじゃじゃ馬娘預かりきれないよ」
「私だって嫌です。一人で行動させてください」
「二人とも、落ち着きたまえ。文句なら俺ではなく上層部に言ってくれ。それに、俺だって何もしなかった訳では無い。分かってくれ」
「……チッ」
ローラ大尉は舌打ちすると、さっさと話を続けてくれと言わんばかりにひらひらと手を振った。
「ロードベルト中尉も良いかな?」
「……はい」
「よろしい。それではB分隊の隊長についてだが、同じく第2部隊所属のマックス大尉、頼んだよ」
「……ハッ!了解しました。ビリー・マックス大尉、尽力いたします」
「うむ。さて諸君、作戦の概要は把握出来たと思う。何か質問はあるか?ないのなら解散になるが……」
ブリーフィングルーム内に沈黙が走った。
━━今回の作戦、気になる点は確かにある。たかが金持ちの屋敷の警護が何故、最重要任務になるのか。それから割いている人員の多さ。屋敷の警護ならばどんなに多くても10人程度いれば問題は無いはずだ。それなのに今回はその倍の人数が配置されている……。そして最後に大佐の発言だ。上層部が一枚噛んでいるとみて間違いないだろう。
……どうも今回の任務はきな臭い。しかし、それを指摘するのは難しい問題だ。黙って飲み込むしかないのか……。
「━━無いようだな。それでは解散とする。各自任務に支障が出ないようしっかり休むように。以上だ」
作戦に疑問が残る中ブリーフィングは終了した。兎にも角にもここで悩んでいても仕方がない。私はサッと立ち上がり、ブリーフィングルームから出ようとした。隣に座っていたカーミラも私の後を追うように立ち上がると、転びそうになりながらも私のすぐ横に並んだ。
「━━ああっ、そうだ。ローラ大尉とマックス大尉は残ってくれ。少し話がある」
大佐の張りのある声が気だるそうな雰囲気のブリーフィングルームに響く。呼び出された二人は帰り支度をやめると、それぞれ席に座り直した。
「へいへい、残りますよ。ガキの取り扱い方法でも教えてくれんのかねぇ」
「了解しました」
……話とは一体何なんだろうか。内容が気になるが、私がここに残る訳にはいかない。いっそ扉の前で聞き耳を立てるか?いや、それとも━━。
「どうしたのセリカ?」
隣にいるカーミラが不思議そうな顔をしながら私に話しかけてきた。その一言で我に返った私は、頭の中に湧いて出た疑問を胸の奥にしまい、カーミラに視線を向けた。
「……いいや、なんでもない。行こうか━━」
こんにちは、高山です。
冬も深まり各地で雪が降り始めましたね。コタツで温まりながらみかんでも食べたいものです。
さて、今回は第2話ということで話がちょっと進んでいます。楽しんで頂ければ幸いです。
次回の投稿日は未定ですが、どこかの木曜日に更新出来たらいいなと思ってます。よろしくお願いします。




