不健康税を導入しよう（その１）
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体は架空であり、実在のものとは関係ありません。
垓のシミュレーション結果から渋滞税の導入は悪くなさそうだ。
都市部の渋滞が解消されるし、代替交通手段で移動は可能だから実害はない。環境にも良さそうだし、税収も増えた。
渋滞税は新しい税金として有効ではあるが、税収の増加額は200億円だから財政赤字を賄えるほどの税額ではない。巨額の財政赤字を少しでも小さくするために、僕たちは更なる案を考えないといけない。
僕は、新しい税金を作っても支持されないと意味がないと思っている。日本において支持されそうなものは……少子化対策か高齢化問題のどちらかだ。
少子化対策に関連した税金の代表例は独身税なのだが、人権侵害に該当する可能性がある。子供の数によって税額を増やす（例えば、子供がゼロの夫婦の所得税額を上げる）のも人権侵害に該当する可能性がある。だから、僕は少子化関連の増税は導入が難しいと考えた。
一方、高齢化問題に関連した税金の方が導入しやすいと僕は考えている。
日本の高齢化は深刻な状況にある。純粋に平均寿命が増えたから高齢者人口が増えているのだが、日本の高齢化問題は高齢者人口の増加ではない。
高齢者には元気な高齢者と介護が必要な高齢者がいる。元気な高齢者は毎日病院や介護施設に行く必要がないから、日本の財政にはそれほど悪影響を与えない。一方、介護の必要な高齢者は社会保障費の負担を増やしていく。
つまり、高齢化問題を解消するためには、介護が必要な高齢者の増加を緩やかにしなければならない。
この問題は、平均寿命と健康寿命の関係だと僕は考えている。
まず、平均寿命とは「0歳における平均余命」をいう。厚生労働省によれば、2019年の日本の平均寿命は男性81.41歳、女性87.45歳となっている。
一方、健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」をいう。2019年の健康寿命は男性72.68歳、女性75.38歳だ。2001年から男性の方が女性より健康寿命は延伸しており、男女差も若干縮小している（図表38参照）。
【図表38：平均寿命と健康寿命の推移】
出所：厚生労働省
高齢者が長生きしてくれることは良いことだ。だが、高齢化の問題は男性が9年間、女性は12年間介護が必要になることだ。つまり、健康寿命を延ばして介護期間を減らすことができれば、日本の財政赤字の縮小に貢献する。
＊＊
僕は健康寿命を延ばす税金を新居室長と茜に説明することにした。
「高齢者の社会保障費を減らすために、『不健康税』を導入するのはどうでしょう？」
「不健康税？ 志賀くん、どうしたの急に」と新居室長は僕に言った。
「日本の財政赤字の最大の要因は社会保障費です。要介護となる期間を減らすことができれば、社会保障費を減らせると思うんです」
「要介護の期間を減らす？」
「僕が問題視しているのは日本の健康寿命と平均寿命の差が約10年あることです。社会保障費を縮小するためには健康寿命を延ばすことが重要だと思います」
「それはそうなんだけど……健康寿命と平均寿命の差は他の先進国も同じくらいじゃないの？」
「まぁ、そうですね。先進国の健康寿命と平均寿命の差は、発展途上国よりも大きいです。差の大きいアメリカ、オーストラリアは12年を超えていますから、先進国の中では日本の先進国の健康寿命と平均寿命の差は小さい方です」
※2019年のWHOのランキングによれば日本の健康寿命と平均寿命の差は10.2年で世界40位です。ランキングの上位5国は、アメリカ12.4年、オーストラリア12.1年、ニュージーランド11.8年、イギリス11.3年、ノルウェー11.2年と欧米諸国が上位を占めています。
「じゃあ、どうして？」
「日本と欧米諸国では健康寿命を損なう原因が違うんです」
「欧米は肥満が多いから、ということかな？」
「そうです。日本人の肥満率は欧米に比べると低いですから」
「それで？」
「日本の健康寿命を損なう原因は認知症が18%、脳卒中が16%と上位にきています。そして、衰弱13%、骨折・転倒13%、関節疾患11%と身体の不具合による原因が1/3を超えています。つまり、欧米は肥満で動けなくなるけど、日本はケガが原因で動けなくなるんです」
※厚生労働省『国民生活基礎調査』より
「へー、面白いわね」
「つまり、日本人が健康的な生活を続けるためには、身体強化が必要だと思うんです」
「身体強化？ 高齢者をジムに通わせるの？」
「いえ、ウォーキングやストレッチなど簡単な運動で大丈夫なはずです。何よりも家の中に閉じ籠らずに外出してもらうことが目的ですから」
「まぁ、外部と接触しなくなると一気に老けると言うしね」
新居室長に僕の意図が伝わったようだ。
＜その２に続く＞
