何かに生かされている
平日仕事に追われているが、頼りにされており、いなくてはならない感じ。休日は彼氏とデート。毎日充実していた。
と思っていたが急に奈落の底に突き落とされた。
忙しい仕事に加え、使えない中途社員と新卒を押し付けられ、ついに体調を崩した。
食欲がなくなり、不眠症になり、イライラが抑えられなくなり休職。
精神的に不安定になり、彼氏にも振られた。
無職。独身彼氏なし。40歳。
最悪だ。もう全てが嫌になった。こんな人生生きてる意味がない。生きる気力もない。
自己啓発本も読んだし、カウンセリングも受けたが、なんかもう疲れた。
無理にテンション上げてポジティブになるのも疲れるし、かと言ってネガティブでい続けるのも辛い。
何も考えたくないけど眠ることもできない。
もう死のう。そう思ってクローゼットの洋服をどかしロープを縛った。一応遺書を残すべきかな。そう思い紙とペンを用意していたら電話がかかってきた。親友のアキからだ。最後に話すか。電話に出ると
「もし、、もし、、ぐすん」
泣いている。
「どうしたの?」と聞いてもしばらく鼻をすする音しか聞こえない。
「……家に行っていい?」
今から死のうと準備していたのにどうしよう。でも今すぐ死なないといけないわけではないし、泣いているのに断るのも難しい。アキの話を聞いてから死ねばいいか。そう思って承諾した。
しばらくしてアキが来た。
仕事で濡れ衣を着せられ怒鳴られた挙句、アキが悪かったわけじゃないとわかってからも謝罪がなかったらしい。
怒りと悲しみで泣き散らし、アキは、そのまま寝てしまった。
翌日休みだったアキはお昼まで寝ていた。話をして少しは心が落ち着いたらしい。お昼ご飯を食べて帰って行った。
ぼーっとしていたら夜になった。何となく外の空気を吸いたくなり、マンションの屋上に向かった。夜風を浴びていて、ここから落ちても死ねるな。そう思った。遺書とかどうでいいやと思い、塀によじ登ろうとしたら、後ろから声がした。
「こんばんは〜」
振り向くとマンションの住人らしき男性が望遠鏡を持って立っていた。
「今日は十五夜なのでお月見しようと思いまして〜。あなたもですか?」
全然違うが、この人の前で飛び降りるのも申し訳ないので
「あ、あ〜そうです、キレイですね〜。それでは」
適当に答えて立ち去ろうとした。
「よかったら望遠鏡でご覧になりますか?とてもよく見えますから是非」
半ば強引に持ってきた望遠鏡へ誘導された。
「お月様好きなんですよ〜というか夜空が好きというか、よくここへ来て見ているので、またタイミングが合えばご一緒に〜」
この人よく屋上にいるのか…そうなると屋上から飛び降りないほうがいいか。この人と鉢合わせる可能性もあるし、ここに来ることがトラウマになると良くないな。
「ありがとうございます〜」
お礼を言って部屋に帰る。
台所で包丁を取り出した。手首に押し付ける。なかなか切れない。しばらく包丁を研いでないから切れないのか。うっすら血が出るくらい。
これも無理か…。
夜も遅くて終電も終わっている。しょうがない。
タクシーに乗り込んだ。樹海の森に行こう。「樹海の森まで」なんて言ったら何か聞かれそうなので、住所を伝えた。車が走り出す。
しばらく走ると灯りも少なくなってきた。それまで何も口を開かなかった運転手が話しかけてきた。
「降りたらどうするんですか?」
わたしは
「少し散歩をします」
適当に答えた。
「こんな夜遅くに散歩は危ないですよ。……生きていると色んなことがありますよね……目的地に行く前に少しだけ僕にお付き合いいただけませんか?もちろんお金は取りません」
どこに連れて行かれるんだろう?断っても連れて行かれるんだろうな。
「はあ…」
しばらくすると深夜にやっている定食屋に着いた。
「ここのご飯美味しいから!ご馳走するからさ、最後に美味しいもの食べるのも悪くないでしょ?」
お店に入り運転手さんのおすすめを注文してくれた。食欲なんてない。
目の前に定食がきた。運転手さんとお店の方の手前少しは食べないといけないのかな。
しょうがなくお味噌汁を一口飲んだ。身体に染み渡っていく。さっきまで食欲なんて1ミリもなかったのに不思議とお箸が進んだ。全ては食べられなかったが半分ほど食べられた。
タクシーに乗ると自然と涙が出た。
運転手さんは一言
「乗ったところまで戻りますね」
ずっと下を向いていた。今日も死なないのか……。
タクシーに乗ったところまで戻ってきた。
空は明るくなってきていた。運転手はお金はいらないと言っていたが、こんなにしてもらって申し訳ないし、どうせ死ぬからお金を持っていても意味がない。
座席に3万円を挟んで降りてきた。
とりあえず家に帰りベッドに横になった。少し食事をしたからか眠気が襲ってきた。2時間ほど眠れたらしい。
でも死にたい気持ちは消えない。運転手さんごめんねと思いつつ、もうこれは電車に飛び込むしかない。駅に向かった。
急行の電車が来るのを待つ。駅のアナウンスが入る。
「まもなく電車が通過します〜」
よし、これでやっと…。
「スミマセン」
カタコトの日本語で話しかけられた。
一瞬話しかけられた方に気がいってる間に急行の電車が来てしまった。
あぁ……。
ことごとく死ねない。見えない誰かに何故か生かされているような気持ちになった。
死ぬまで生きていくしかないのか…。