謎の客人
数年後
ここら辺は、獣が多く出没すると聞く。此処からそれ程遠く無い場所には、ドラゴンの住処が有るとか無いとか。およそ、人が暮らす場所では無いこの地に足を踏み入れたのは何故か。
まず一つには、追手から逃げている最中であったから。今何処に居るのかとか、これから何処へ向かうのかとか、そんな事を思考している暇は無かった。ただ、隠れられそうな場所に向かって突き進んでいたら、この様な辺境まで来てしまったのだ。
そして二つ目には、探し人が居たから。この先に、私の探している人達が居るかもしれないという情報を、アンダーグラウンドな所から聞き出した。情報元が情報元なだけに、信憑性は皆無ではある。しかし、情報元が情報元なだけに、表ではついぞ聞く事の出来ない様な話も流れて来るというものだ。今の私には、たとえ眉唾な情報だろうとも信じて突き進む他無かった。
草花は大人がスッポリと隠れる程に高く、密に生い茂っていた。先程から草花が刺さり、身体中傷だらけである。
「私の肌・・・なんて健康的な小麦色。城から出なければ、私はもっと艶々してた・・・」
道らしい道は無い。只管に草を掻き分けて進んでいくと、遂にその場所は姿を見せた。1本の大通りを挟んで、木造の家が建ち並ぶ。町はおろか、村というにも規模が余りにも小さい。強いていうならば、ただ集落というには些か大きい気もする。
「本当に居るの・・・? 此処に・・・元勇者が・・・」
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とある食事処は、今日も賑わっていた。なにせ、この辺では唯一の呑み食いできる店なのだから、繁盛するのは当然ともいえる。此処に住む人々がこぞって通う食事処の片隅に2人は居た。
井上は今日もカレーライスを頬張る。「カレーは3日連続でも食えるな」と言いながら。向かいの席に座る汐見は、食パンを何の調理もせず食べていた。
「汐見、それ昼メシか? いや、朝だとしても“それ“はどうなんだ?」
「食パンは、そのまま食べるのが一番美味い」
「昔食べた城の飯も、お前は美味い美味いって食べてたもんなあ。あんなもん、ほぼ食材の味そのままだったろ」
「ねえ」
突然、声が降りてきた。自分でも、汐見でも無い。井上は驚く。今が昼飯時という事もあり、人の往来の激しい中で、席の横を通る他人の事など気にも留めていなかった。だから、声をかけられるまで此方を向いて立っている事に気が付かなかった。しかし、この驚きは突然声をかけられた事による驚きでは無かった。いや確かに、いきなり声をかけられた事には多少の驚きはあったが、それ以上に。
その声は少女の様な声をしていた。なんという事だろうか。この町で、たかが少女が悠々と生きていける筈が無い。顔を上げると、訝しげな表情を浮かべる汐見と顔を合わせる形になった。ゆっくりと声の主へと顔を向けると、そこには少女が居た。少女は、長いコートに身を包み、頭にはフードを深く被っていた。丁度、彼女を見上げる形になっている井上と汐見だけが、顔を確認出来るくらい深く被っていた。
「仕事の依頼をしたい」
少女は、なんとも無感情にそう言った。表情からは、何一つも読み取る事が出来ない。只々真っ直ぐに此方を見下ろしていた。