異世界転移したら勇者として魔王を倒して欲しいと言われたので、城の財宝全部盗んで逃げてみた
とある王国の、中心地には城があった。よく手入れがされた、汚れの無い真っ白な城であった。今の時刻が夜中ということもあり、その純白は天から注ぐ惑星の光に照らされて光り輝いていた。
少年達は城の中に居た。そして少年達は、扉の前に立っていた。己らの数倍もあろうかという扉の前に立っていた。扉は、暗く閉ざされた深い夜の中にあって、散りばめられた重々しい装飾品は尚も眩しく輝いていた。全体が金で覆われたその荘厳な佇まいは、奥に隠された物への期待を一段と膨らませた。
「なあ汐見。こりゃあれだ、異世界転生ってやつだ」
ポケットに手を突っ込みながら、隣の者へと話しかける。そんな彼の名前は、井上詠之介という。片方の口角を上げて、不敵な笑みを浮かべる。
「いや違う。勉強不足だな井上。どちらかといえば、これは異世界“転移“だ。俺達は生まれ変わっていない・・・服装も制服のままだった」
対して隣の者は、名前を汐見透といった。腕組みをしながら、返答する。
「俺は娯楽はゲーム派なんだ、漫画小説は読まねえ。というか“それ“は勉強じゃねえ」
「自主学習か」
「息抜きだな」
井上は呆れて溜め息を吐いた。少しの静寂の後、再び井上は口を開く。
「・・・それよりなにより、汐見よ。こりゃ好機だ。人生の転機だぜ? 同級生はやれ将来は宇宙飛行士だの、やれ弁護士になりたい、起業したいだのと・・・正直、住む世界が違う気がしてた。あの、向上心の塊共とは・・・」
「同感だ。あいつらは全員、頭のネジがぶっ飛んでいるか、閉まり過ぎている。僕はもっとゆったりとした、例えばヒモみたいな生活をしたかった。そうだ・・・僕はヒモになりたい・・・!」
汐見はグッと拳を握り締める。その様子にまた井上は深く溜息を吐く。
「とんでもない気付きを得たな。ヒモはダメだろ人として。第一、彼女も居なかったろ?」
「これからつくるんだ。僕のパトロンをな」
「発言には気を付けろ?」
「人を指差すのは良くない」
井上は人差し指を仕舞い込むと、その握り拳をポケットへと戻す。ひと呼吸置いて、話しを続けた。
「兎に角、この好機を見逃すのは実に・・・実に惜しい・・・!」
「千載一遇とは正に今、この時の事だ。大事なのは迷わない事。そして・・・その場の勢いに身を任せる事だ」
「偶には良い事言うじゃねえか、只のカス野郎かと思ったよ。まあ一生を・・・のんびり暮らせる金が今、手の届く所に広がってる訳だし」
2人の前にある扉は、宝物庫の入り口であった。宝物庫は、城の最上階にあった。振り返れば、はめ殺しの窓から城を囲む街並みを一望できた。ちらほらと見える明かりは、街灯の灯りだ。よっぽど生活リズムが特殊な者でも無い限り、今の時間に起きている者はまず居ないだろう。
「・・・鑑定によれば、俺達はほぼ無制限に物を入れられる“空間魔法“てのが使えるらしい」
「魔法は全属性に適性があるとも言っていたな。耐性面でも、大抵の魔法なら素の状態で跳ね返せるんだったか」
「こりゃあれだ。“チート能力“ってやつだ」
「僕は“チート“というものは好きじゃない。だがいざ自分が“そう“だと分かると、特に悪い気はしない不思議。人間性の底が見えるな」
「俺には、人間性が浅過ぎて底しか見えてこなかったけどな」
「人は水深数センチでも溺死できるのを知らないのか? つまり浅くても大丈夫という事だ」
「どんな演繹法だ。えらい文章の合わせ技してんぞ。・・・『大丈夫』って、なんだろうな」
思わず声を張り上げた井上に対して、汐見は人差し指を口元に当てながら「シー」と言った。井上は、今にもポケットから飛び出してきそうな拳を一層深く仕舞い込む。
「で、どうする?」
「・・・“魔王軍を倒してくれ“ってやつか? やるか?」
顔を顰めながら頭を掻く。隣をチラリと見ると、汐見の顔も歪んでいた。
「僕もやりたくない」
「お前はヒモ希望者だもんな。そりゃやりたくないわな。でも、“そこ“は俺も同意見だよ。絶対危ないし・・・そりゃあ、『勇者様〜』ってチヤホヤされるのは悪い気分はしねえけど」
「わざわざ自分から、茨の道を行く必要も無い。鑑定時のあの騒ぎ様・・・これだけの能力があれば、どこでもやっていけるはずだ・・・多分」
「“多分“か」
「今までずっと勉強と部活動の日々だったんだ。少しハメを外しても罰は当たらないはずだ」
「分かるぞ、お前が言わんとしてる事。これからやろうとしていることもよお〜く分かる。というか、2人で散々考えたからよく分かる! ・・・でも、こりゃあれだ。ハメ外すっつっても外し過ぎだぜ。なんせ、“城の財宝全部貰って逃げよう“としてんだから」
「今更怖気付いたのか? ・・・なんだかんだ言いながら、お前も準備万端付いて来ているじゃないか」
「勉強は時に、人を狂気に変えるのさ。それに・・・ありきたりな人生に、ちょっとした変化を欲しがっちまうのが思春期ってもんよな?」
「いや、これは狂気じゃない。それに思春期でもない。なんせ先に仕掛けてきたのはあっちだ。僕達は、只“それ“に対処しただけ。人をダンプカーで撥ね殺し、転移させた挙句、『魔王を倒せ』だと? 御国の事情は自分達でなんとかしろ」
「おいおい物事を正当化する天才かよ。そーだそーだ、拉致られたやつが大人しく言う事聞くと思ったら大間違いだよな」
「というわけで行くぞ。この2週間で、城内部の情報はほぼ頭に入っている。逃走経路も確認済みだ」
「警備のおっちゃん達とも仲良くなったし。今なら顔パスで素通りよ」
「いざとなれば壁ぶち抜いて逃げる。あまり被害を出したくは無いが。戦闘も・・・なるべく避けたいのだが、万が一には仕方ない。騎長のベニドルムさんには気を付けろよ。あの人の攻撃だけは素じゃ受けきれない」
「任せろ。この日の為に2週間、防御できる系と隠れる系のやつをみっちり練習してきたんだ。でもまあ、攻撃は流石に遠慮したいよなあ・・・。1週間とはいえ、良くしてくれたし。飯は不味かったけど。なんというか・・・味がすこぶる薄かった」
「国王殿がご年配だったからな」
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