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約束  作者: 榎 実
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8月5日②

それぞれ保護者に許可を取り、無事お泊まり会開催の運びとなった。

階段を降りてすぐの総合病院の売店で下着や歯ブラシを購入し、その隣にある銭湯に入った。中は病院関係者や患者の家族、小さな民宿の宿泊客など、意外と盛況だった。風呂上がりのアイスを食べながら寺に戻ると、コウキがいた。

「あ、アイス」

コウキに持っていたアイスを差し出す。

「はい、一口。今日泊まるって聞いた?」

「うん、だから家でシャワー浴びて車で来た」

「あ、コウちゃんお疲れ様~」

会話は中断され、コウキはイノリたちと二言三言ことばを交わす。

その間食べ終わったアイスの棒をくるくるともてあそんでいるのを見たコウキが

「そう、そう。昨日の続きなんだけど」

「うん?」

「僕が祭の今のやり方思いついたきっかけ」

「あぁ、うん」

「あれさぁ、ヒロとアイス食べたからなんだよね」

「え?」

こどもの頃、駄菓子屋のアイスを買って食べたことは何回もあった。

コウキはヒロの反応を見ながら、勿体ぶる様に話を続けた。

「ほら、前さ、みんなでおっきいアイス買ったことあったじゃん」

(おっきいアイス)

「あ、あったあった~リエとヒロでバニラかチョコかで揉めたやつ!」

「あぁ、あのバケツアイス!」

イノリとリエの反応の方が早かった。言われて思い出した。

アイスを買うために持ってきたそれぞれのお金をまとめて、1リットルアイスを買ったことがあった。

(そうだ、確かに俺が言ったんだ、ずっと食べてみたくて、みんなを説得して…)

「…覚えてる」

コウキが微笑み、

「その時さ、残ったお金でミルクせんべいとかリングチョコとか駄菓子買って、サンドにしたりトッピングして食べたじゃない」

「あ、キラキラアイスのことか!そっかあれバケツアイスだったのかぁ」

「ヨシマサには私が作ってから渡してあげたんだよね~」

ヨシマサとイノリがふふふと笑い合う。

「僕さ、その時ものすごく感動したんだよね」

コウキが話を続けた。

「感動?」

「うん、だってさ、持ってるお金はいつもと変わらないのに、みんなのお金をまとめただけで、いつもの何倍も豪華なアイスになったじゃん。なんか、ほんとに、衝撃的だったんだよ」

「えー、俺は夢の特大アイスが食べられて、満足して終わってたな」

自分の単純さに今更呆れる。

「ヒロは言い出しっぺだからきっとその程度なんだよ。当時僕にそういう考え方は全くなかったから、その衝撃はずっと覚えてたんだよね」

「食い意地が張ってただけだと思うけど」

コウキからの称賛に水を差したリエに抗議の視線を送る。

そんな様子を微笑ましそうに見ながらコウキは話を続けた。

「ーで、また祭をやろうって話になった時にさ、思ったんだよね。近隣の人たちと協力すれば、あのアイスの時みたいに、なんかすごいことができるんじゃないかって…例えば花火、とか」

「すごいな、コウキは」

こどもの一時の思いつきを、大人たちを巻き込んだ一大イベントに昇華したことに、ただただ感心した。

「ヒロもね」

照れたようなそれでいて誇らしそうな顔で、コウキは拳を差し出した。

(あ、グータッチ)

拳を合わせると、昔に戻ったみたいだった。


夕食をたらふく食べ、歯を磨き、布団の上でめいめい好きな体勢でくつろぎながら話をする雰囲気は、まるでこの10年ずっとそうであったかの様だった。

引っ越す前の様な、こどもじみたやり取りじゃないのに、当時の関係性や親密さは継続している、そんな感覚。他のメンバーも同じ様に感じていたのか、

「なんかヒロが10年ぶりって嘘みたい」

とイノリが呟く。

「実際このメンバーで話すのってヒロが引っ越してから初めてだよね」

とヨシマサが応えた。

(そうだ。俺はこの10年、一度もこの島には来なかった。本当は)


「お、俺」


(言うなら今だ)

あれから今日までずっとわだかまりになっていたことを、今を逃すともう伝えられなくなる気がした。

「ほ、本当はさ、あの災害があってから、俺、島に来なきゃって、みんなに、会わなきゃって…お見舞い?て言うのはなんかおかしいんだけど、でも、俺も、何かしなくちゃって、思って、思ってたのに……なのに……だから、ご」


「来なくてよかったよ」


ピシャリとリエが言葉を遮った。あまりの冷たさに息が止まる。

リエはヒロをまっすぐ見つめて改めて口を開いた。

「見なくて良かったよ、あんなあたし達。絶対、見られたくなかったし」

言っている意味がわからなくて、開いたままの口を閉じることも動かすこともできない。リエはふいと目を逸らして続けた。

「あの災害から暫くはさ、学校とかも休みで、大人達は大変だったろうけど、私たちはすることなくて暇でさ、だから、できる遊びをする位しかなくて。でも」

「外で遊べば作業の邪魔だからって止めさせられるし、屋内でマンガ読んで笑えばうるさいとか不謹慎だからって取り上げられるし」

「そのくせ外の人が来た時は感じ良くしなさいって笑顔を強要するし」

リエは呼吸を整えながら話し続けた。


「あの時あたしたちは"健気に笑う愛想のいい可哀相なこどもたち"でいなくちゃいけなかった」

「そんなあたしたちなんて、絶対見なくてよかった」

そう言って、リエは口を結んだ。


(…きっと、こんなふうに落ち着いて話せるようになるまで、長い時間がかかったんだろうな)

正しいかはわからないが、まず最初にそう思った。

イノリが静かに呟いた。

「リエは、ずっと怒ってる」

「みんなが忘れたらだめなんだよ」

リエも淡々と返す。

彼女の言葉には、青い炎が宿っている様だった。より高温で、精度の高い、怒りの炎が。

「うん。そうだね。ありがとう」

穏やかにそう言ってイノリはリエの肩にもたれる。リエも素直に寄り添った。


不思議と気まずい空気にはならなかった。リエがヒロに怒った訳ではなく、それを全員理解していたからだろう。そして、彼女の言わんとしたことも。

だけど、自分は続けるべき言葉を失ったままだった。



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