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メイドが言うには

 薄暗い玄関ホールに足を踏み入れると、地味な藍色のドレスにエプロン姿の若いメイドが歩み寄って来た。


「おかえりなさい、レスターさん。そちらの方が……」


 火の灯らぬシャンデリアの下、ちらりとアレンを見て、口ごもる。男娼、と言いあぐねて言葉を探している様子。


「いま帰りました、メアリー。彼は私が直接お願いしてお招きしたお嬢様の客人です。良い話し相手になると思います。アレンといいます」


 おそらく、同僚というよりは部下にあたるとおぼしき女性相手にも、レスターは丁寧な口調で説明をした。


(兄弟ってことはひとまず隠す、と。屋敷の中も探りにくくなるだろうし、俺がヘマをした場合、兄様へのダメージも大きい。お嬢様にバレて、兄様がお嬢様を納得させるために弟でごまかし、嘘をついただけ、と思われてしまうのもよろしくない。お嬢様としては余命をかけた最後のお願いなんだから、そこは俺も「男娼」として完璧に)


 頭の中でレスターとの決め事を素早くさらい、アレンは如才ない笑みを相手に向ける。


「どうぞよろしくお願いします」

「私の弟です」


 挨拶した側から、あっさり関係性を暴露されてアレンは目をむいた。レスターはちらっとアレンを見て薄く笑う。


「秘密が多くても疲れるぞ。お嬢様の前で完璧であれば、それで良い」


 メアリーというメイドはほっとした様子で、目元を和ませた。レスターを見て、いたずらっぽく笑う。


「弟さんの前では、そういう顔をなさるんですね。私、初めて見たかも」


 レスターはその言葉に微笑みだけで応えて、アレンに歩くように促した。メアリーが、素早く「待ってください」と声を上げる。


「お嬢様がお待ちです。旦那様が、お客様がお見えになっても挨拶は後で良いからお嬢様優先で、と。起きている時間がとても短いので……」


 ちらりとアレンを見る。レスターが「会えるときを逃してはいけない」と付け加えたので、アレンもすぐに状況を飲み込んだ。


「了解」


 優美な彫りの施された手すりの階段を登り、先導するメアリーに従って長く薄暗い廊下を進む。レスターといくつか言葉をかわしつつ、アレンは手ぐしで髪をわざと乱し、シャツのボタンをひとつふたつ、外した。


(死ぬまでに初夜を済ませたいから男娼を用意しろと言って、用意させてしまうだなんて。さてどんな気性の激しいお嬢様のお出ましか)


 癇癪持ちの気難しくわがままなご令嬢。

 その実、内面は死への不安に揺れ動き、誰かにすがらずにはいられない……。


 クララに対してアレンが漠然と抱いていたその先入観は、本人に会った瞬間、脆くも崩れ去ることになる。

 事態はそんな生易しいものではなかったのだ。

 

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