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「男娼になれ」

「男娼になれ」


 耳を疑う一言に、アレンはそれを口にした相手の顔を見た。

 伯爵邸で執事を務める、十五歳も年の離れた長兄レスター。一筋の乱れもなく整えられた銀髪。薄い色合いの瞳に、端正な容貌。高貴な上級貴族になんら見劣りしない麗姿。その表情は常日頃ほとんど動きがなく、「真面目が服を着て歩いている」と評される鉄面皮である。

 その唇から、男娼という言葉が出るとは。

 アレンは聞き間違いの線を捨てきれず、問い返した。


「男娼と、聞こえたんですが」

「男娼と言った。断るのは許さない。決定事項だ。軽薄そうで色気がだだ漏れで女が放っておかないような男になれ。必要なら、教師も見繕う」


 兄弟とはいえ、母親の違うアレンの容姿は、レスターとは似ても似つかない。赤毛に翠眼。末っ子で貴族の何たるかという教育もだいぶ目こぼしされていて、笑いたいときに笑い、よくしゃべる。愛嬌があると、言われ続けてきた。女性ウケが良い自覚もある。 

 それは幼少時より磨いてきた処世術でもあり、他人の間を軋轢なくすり抜ける自分のしたたかさには誇りを持っていた。

 すでに身に付いているその能力を使えと言われることに、本来ならさほどの抵抗は覚えなかっただろう。

 しかし、よもや男娼とは。


(怒るところだよなここは。だけど、レスター兄様に限って、冗談や思いつきってことは無いだろう。困ったな、怒り方がよくわからない。考えに考えて俺の他にアテがなくて言ってるんだよな?)


 ふっと息を吐き出し、アレンは微笑を浮かべた。

 屋敷の入り口で鉢合わせし、立ち話で始まった会話。レスターは勤め先の伯爵邸での執事スタイルのまま、直立不動で返答を待っている。アレンは絨毯を踏みしめて歩み寄り、正面からレスターの顔をのぞきこんだ。


「兄様、賭け事にでも手を出した? 弟の体を売るほどお金に困ってる?」

「誰に物を言っている。これは金銭の問題ではない」


 アレンはいかにも軽薄そうに、ひゅーっと口笛を吹いて破顔する。目を細めて兄の肩に腕を回した。


「だとすると、どこかの富豪が俺に目をつけて、兄様に無理難題を? ごめんね罪な色男で」


 ゆっくりと、レスターは目を閉ざして俯いた。長い睫毛をかすかに震わせ、吐息。


「十分だ。身元が確かで、それだけ『らしい振る舞い』が出来るのであれば、やはりお前に任せるのが一番だ。私と伯爵邸まで来て欲しい。それほど長期に渡る仕事ではない。長くても三ヶ月で終わる」


 沈痛な面持ち、重々しい呟き。家族として断言するならば、レスターとは思えないほど豊かな感情の表出。アレンは目を瞬いて、レスターの顔をまじまじと見つめた。


「兄様にそこまで申し訳無さそうにされると、不肖の弟もなんと言えば良いか。もう、わかったよ! なんでも言って! ここで一生分の恩を売るから買って!!」


 叫んで正面から抱きつくと、肩に顎をのせたレスターが、深々と息を吐きだして言った。


「うん。ありがとう。お前を見込んでの、一生分のお願いだ。きいてくれて感謝する」


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