補修
渡された一枚のプリントを眞砂利たちは各々見ていた。
『隠蔽校舎』の生徒たちは各々違う学年ではあるが一般的な教養以外は同じ授業を受けることとなっている。
今回の補修は自分達の存在について改めて考えることにある。
アンケート用紙のようにいくつかの問いとその下に答えるための空欄。
今回の問いは『他とは違う自分の特別な才能』であった。
「それでは、問いに対する空欄を埋めてくれたまえ。できたものから提出するように」
教員である塩沢がそう言うと各々持ってきていた筆記用具で各々が勘げながら問いについて回答し始める。
眞砂利は最初から学校に来る気はなかったので筆記用具をいつも異様に持ってくる哀情に貸してもらっていた。
全体的にピンクでノックするところにはピンクの猫のキーホルダーのついた可愛いやつである。
四人は哀情と宇佐義が初めにくっつけていた席に移動するのが面倒な眞砂利と相良がそのままプリントをやり始めたので狭い二つの机で男女四人が補修のプリントを回答する形となっている。
5分ほどペンの音しか聞こえなかったが最初に書き終えた宇佐義がその場で出来上がった回答を読み上げる。
「ウサちゃんの特別な才能はかわいい!元気いっぱい!あとジャンプ力が高いことと耳がいいところ!ぴょんぴょこピョーン!」
しょぼウサギモードから復活した宇佐義が元気いっぱいにそういいながらミミズはっているかのような汚い字でかいたプリントを見せた。
すると哀情は少し困ったような顔をして宇佐義をみた。
宇佐義はどうしたのかとで哀情を見る。
「困ったわね、宇佐義ちゃん。特別な才能がかわいいは私の才能とかぶってしまうわ。つまりそれは特別ではないと言うこととなってしまう」
「なっ、なんだってー!それはウサちゃんこまってしまった!」
「ちなみに私の特別な才能は、かわいい、愛が大きい、本気出せば大体の人間が私のいうことを聞いてくれるわ」
こちらはえげつないぐらいの達筆で書かれたプリントを皆に見せるように持ち上げて哀情が言う。
それを見た眞砂利が意義ありと大きな声をあげて立ち上がる。
「哀情さんは、かわいいではない」
「なっ!」
「ほぉう、その理由聞かせてもらおうじゃねーか眞砂利。」
結構心にきたのか哀情がショックを受けた表情をになる。
相良は書いていたペンを机において机に肘をついてその手に頬をつける。
「哀情さんは、可愛くないっといったら嘘になる。でも可愛くないだって、君はキレイ系なんだから!」
「!」
「つまり、ウサちゃんとの特別な才能とかぶることなく、哀情さんの特別はキレイ、愛が大きい、本気出せば誰でもいうことを聞いてくれるになる」
眞砂利による熱弁に哀情は驚いた表情を浮かべ、すぐにプリントの『かわいい』を消しゴムで消し『きれい』と書き直した。
「これが私?」
「そう、それが本当の君なんだ。気づけてよかったね」
「これで、ウサちゃんとの特別とも被らずに済んでよかったね!ウサちゃんも嬉しい!ぴょんぴょこピョーン!」
「わたし、昔から可愛いかわいいって言われて育ってきてたから、知らなかったわ私が綺麗だったなんてありがとう美杉くん!」
「どういたしまして」
哀情が差し出した手を美杉はガッチリと握り返した。
その光景を見た宇佐義と相良は大きな拍手喝采である。
ここにまた一つ新たなる平和が生まれたのであった。
「女子二人はいいよぁ。すぐに自分が特別である才能をいくつもすぐにあげられるんだから。俺なんて身長が高い以外思いつかないんだが、特別かどうかって言われたらウームって感じだし、美杉はかけた?」
「俺もイマイチだな。怪獣因子をつかった実験の被験隊の生き残りってことぐらいか?でも失敗作らしいし、他にも生き残り何人もいるし才能かって言われるとちょっとなぁ」
二人悩む男子二人に女子がこう提案する。
「さっきの私もそうだけど案外自分では気がつかない特別や勘違いしていた才能があるかもしれないわ、他のみんなからしたら特別な才能に見えるものがあるかもしれないから、わたしたちが二人の特別だと思う部分を発表するってのはどうかしら?」
「それは名案だね!さすが愛に生ける才女、哀情さんだね!。まずは僕の特別なところを、ってぇ!いったぁ!」
「君たちは本当に真面目に補修を受ける気がないのが毎度ながらしっかり伺えて先生は悲しいよ」
手を手刀の形にして眞砂利の脳天目掛けて思いっきりチョップをかました塩崎教員が残念なものを見るような目で眞砂利たちを見下ろしていた。
「これは補修だ。君たちが自分達のことをどの程度わかっているのか。君たちの認識が我々、人類にとって危険なものであるなら修正するための時間なんだぞ。それをよくもまぁ、ツッコミ不在でポンポンと斜め上の会話をするものだ。何よりムカつくのは地味に自分達がこれは他人とは違うと思っている部分をはぐらかして発表しているとこだ」
塩沢教員は手に持っていた資料を見比べながら困った表情を浮かべる。
補修とは眞砂利たち『隠蔽校舎』にいる生徒たちが日常において国家がもみ消すほどの偉大な力を個人が持っていることを自覚させ、その力の使いようにどういった影響力が世間にあるのかということを学ばさせるための時間でもある。
が、眞砂利たち本人は出席日数を稼ぐための行為であり何より、彼らは自分達の持っている異様な力を制御するつもりがまるでないのである。
そして、この教師もこれっぽっちも制御できるなんてことは考えてはいなかった。
「いったいなぁ、この暴力教師!今の映像を俺の会社から動画配信して世界中にほうどうしてやる!」
若干の涙を目に浮かべながら眞砂利は悪戯がバレた少年の如く、叫ぶ。
「暴力ね。それもまた一つの愛だわ。先生もきっと美杉くんのことを思って叩いたのよ。生徒にしか愛を向けられないから未だ独身なのかしらね?」
「私に対して喧嘩をふっかけているのか?哀情。それに私は独身ではなくバツイチだ。娘だって一人もいる。一度頑張ったから結婚はもういいやと思っているから誰かと結婚する気がないだけだ。それにな美杉。たかが生徒への暴力如きの映像で私を脅せると思うな。一体どれだけの不祥事を私がもみ消してきたと思っている」
そういうと、ポケットから徐に一本のタバコを取り出して吸う。
教室中に広がる煙とその匂いに、宇佐義は嫌悪感をいだいてせっかく冷房で冷え切った室内の窓を全開せざるえなかった。
「タバコ、吸うのやめて欲しいんだけど、しおちゃん!ウサちゃんは激おこウサギモードなのです!びょんびょこぴょーん!」
頬を膨らませ怒りの表情を塩沢教員に向けるが塩沢教員は特に悪びれもせずにタバコを口につける。
「君たちといるとストレスが溜まるんだ。ヤニでも摂取しておかないとやっていけないんだよ教員なんて面倒な仕事は。家じゃあ娘がいるから吸えないしこの教室内だけが私の喫煙所なのさ」
深いため息のように口から吐き出す煙。
塩沢教員の心のストレスが可視化されているようにも見える。
宇佐義は納得いかないといった表情で身振り手振りで抗議するもスルーされた。
タバコを吸い終わるとその吸い殻をポケットにあった携帯式の灰皿に入れると彼女は自分の用意した一枚のプリントを皆に見えるように持ち上げる。
「もう少し、真面目に取り組みたまえ。今まで通りこの学校で旧友たちと学びを楽しみたいのであればな。私は教師だ。君たちのような異様な力を持っているからといって学校に来なくてもいいほどの何も学ばなくても生きていける力を持っているからって、私のクラスの生徒になったからには君たちには教師として目一杯学校生活で時には楽しんで、時には苦しんで、時には成長してもらわねばならん。それを間近で実感するのは先生だけが与えられた特権でもある」
そう言うとそのプリントをビリビリに破り捨てたかと思うとくしゃくしゃにしてそのままゴミ箱へと放り込んだ。
「こんな紙切れに君たち才能を纏めさせる方が酷というものだったな。全員この後に演習場に集合。その場にて補修を再開するとしよう。私の特権を上に奪われられないようにしっかりと真面目に取り組んでくれたまえ、少年少女」
腕を組みそのまま新しいタバコに火をつける塩沢教員。
実質、今の隠蔽校舎の生徒たちの学園生活というか、生命を守っているのは彼女の働きが大きい。
あるものは怪獣を操ることができ、またあるものは両足に最新最高技術の義足を装備していたり、またあるものは怪獣の能力を無理やり人体に取り込まさせられたり、またあるものは生まれながらにして人類がもつ運動能力を圧倒的に超えた神を宿した肉体を持つもの。
その他にも隠蔽どころか、殺処分さえ考えられていた未成年者たちがここ数年で全国に発見された。
その保護の一環として、『隠蔽教室』は作られたのである。
演習場での補修は特に身体能力とは関係ない哀情だけプリントを提出してちゃっちゃか帰ったのは言うまでもない。
移動を命じられた三人は制服を着替えることなく、塩沢教員に言われた演習場に向かう。
今朝、ランク8の避難誘導が出ていたにも関わらず多くの生徒がこの暑い夏休みに学校に来ているのはさすが日本有数の怪獣討伐学校である。
演習場に着いた三人は塩沢教員がここを使って好きに能力を使えと指示されたので適当に鬼ごっこを2時間ほど楽しんだ。
それは鬼ごっこと呼ぶにはあまりにも過激で殴る蹴る暴行ありのデスマッチにすら見えた。
「あー疲れた。まさか実践を交えた補修になるとは、相良、ウサちゃん。もう少し俺に手加減してもいいんだよ?」
「悪い悪い、俺も久々にある程度体を動かしたくなっちまってよぉ。キッキっ!」
朝に討伐したランク8の怪獣と戦うよりもかなり体力をつかった眞砂利が汗を脱ぐこともせずに項垂れながら文句を言う。
相良の方も汗を流しながらもスッキリした表情でうなだれている眞砂利を見下ろす。
「ぴょんぴょこピョーン!マー君は体力がない!そんなひ弱な体力じゃあ、自分よりも圧倒的な強敵にあった時に逃げ切れないんだよ!さぁ、ウサちゃんともう一回鬼ごっこで勝負だ!」
先ほどまで演習場を飛んだり跳ねたりしまくったのに宇佐義は未だに元気いっぱいなのかその場で地団駄を踏んで鼻息が荒く興奮している。
その度に演習場はゆれ、彼女の汗は飛び散り、砂埃が舞い散る。
ここは本校者の生徒たちが対怪獣用スーツを着て対怪獣戦闘兵器を使いこなすために用意された演習場の一つになる。
こういった演習場はこの学校には無数に存在し様々な種類の怪獣に対抗するために作られている。
怪獣も機械で作り出した擬似怪獣や生捕りに成功した本物の怪獣を使用する場合もある。
この演習場は先ほどまでは切り立った崖が多く不安定な足場で訓練するための場所だったのだが今では暴れに暴れまくった二人の生徒のせいでただの足場のわるい瓦礫の山となっている。
対怪獣兵器を使うために進化しすぎた化学を惜しみなく使って作られた頑丈さはピカイチ演習場も彼、彼女らの手にかかれば最も簡単に破壊できるようである。
きちんとしたデータが取れたことに満足したのか塩沢教員はノートにスラスラと先ほどの補修内容を記録する。
これほどまでの力を個人で有しているのを上にそのまま直接上に提出すれば、やはり彼彼女らは危険だと判断されよくて幽閉、悪くて殺処分が降るだろう。
なので塩沢教員はある程度はぼかしながら報告書に今回の補修の内容をかいた。
自分が保有する生徒一人ひとりのノートにはあるがままを綴っているのだが。
塩沢教員はある程度、要点だけまとめると記録していた手を止めてノートを閉じる。
「では諸君。これにて今日の補修を終了とする」
「えぇーウサちゃんまだまだ遊びたんないよぅ!もっといっぱい!しーちゃんも鬼ごっこしよう?ぴょんぴょこピョーン!」
「三十路を過ぎた女になんてこと強要してんだよ、ウサちゃん。今日はここまで。俺この後にもまだ仕事が控えてるんだから余力を残しておかないと」
「そっかぁ。ならしょうがないね。三十路のシーちゃんには鬼ごっこは辛いのか。ションボリウサギ」
立ち上がって伸びをする眞砂利にがっくりと肩を落とす宇佐義。
塩沢教員は少し安心した表情でタバコを取り出して火をつける。
「じゃあ、この後どうする?当初の予定どうりラーメンでも食って帰るか?」
相良がストレッチしながらそういうと、眞砂利は首を横に振った。
「俺はこのまま直帰で。補修を理由に抜け出してきたから社員たちが待ってんだよ」
「でたよ、意味のわかんないデタラメ。そんなに嫌か!俺たちとラーメンを食べに行くのが!いつもいつも断りやがって!俺たちにもっと構ってくれよ!」
「そうだ!そうだ!もっとあそべぇ!ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ!気がついたらあーちゃんもいないし!」
「めんどくさ!しょうがないじゃん仕事なんだから。今度オフの日にまた集まろうぜ?」
抗議を醸し出す宇佐義と相良を尻目に塩沢教員の前まで歩いていく。
タバコの煙を蒸す大人な女性の色気は正直思春期の彼には毒である。
実際の毒は彼女が吐き出している煙の方なのだが。
「じゃあ、今日は解散ってことで大丈夫?塩沢先生」
「あぁ、構わんよ。次の補修は来週にな。それまで大人しくしておくんだぞ。間違っても世間にその才能の存在を知られないようにな」
タバコを咥えながら器用に話す。
眞砂利はありがとうございましたと言うとそのまま演習場を後にした。
「それにしても、よくもまぁここまで学校の施設を破壊できるものだな君たちは」
タバコの吸い殻を携帯している灰皿に入れてポケットに戻す。
当分この演習場での演習はできないと瓦礫の山を見回す。
ほんの2時間ほど三人が暴れ回っただけでこの有様である。
この演習場ではランク5の怪獣を生捕りに成功した際にここで隔離することができるほどの強度がある。
その際この演習場は無傷とまではいかずともほとんど形を残したままであった。
それほどまでに強固なこの演習場を対怪獣スーツも対怪獣討伐兵器も使わずにここまで破壊し尽くせるとなると一人一人が最低でもランク6の怪獣相当の化け物であることがわかると塩沢教員は推察していた。
『隠蔽校舎』の生徒たち全員がこういったことをできるとは思わないし向いている強さのベクトルが違うものもいるが、『隠蔽校舎』の生徒がまだ成長途中であることに塩沢教員は身震いを覚える。
だが、彼女は知らない。
今回の補修、あくまで遊び感覚で受けた三人の生徒が全くもって全力を出していないことを。
その気になればこの演習場どころかこの学校くらいは一瞬で破壊し尽くすことぐらい容易であると。
『隠蔽校舎』の生徒たちが己の力を手加減ができないわけではないと。
特に眞砂利は手加減をしながらよりも普通に能力を使う方がよっぽど楽なのである。
手加減をしてなお、自分の実力を隠してなお、『隠蔽校舎』の生徒たちは社会が隠したがるほどの実力を持っているのである。
その本当の実力を知るものは、各々本人たち以外はわからないのである。
「では、補修お疲れだったな。この後ラーメンに行くのだろう?私の奢りで一緒に行こうか。さっさと帰った白状な哀情や美杉には内緒だぞ?」
「ごちそうになります!」
「やったーしーちゃん太っ腹!激ゲキ感謝ウサギモード!テェンキューピョコピョーン!」
90度の綺麗なおじぎをする相良にその場でジャンプを繰り返し嬉しさを全身で表現する宇佐義。
いくら、異常な特別な才能を持っていようとも彼らはまだ子供なのだと実感する塩沢教員である。
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