2章 プロローグ
何も知らない。何もなくて何もない。というより何もないのは私の方か。不快で不快で仕方がない。何が起こっている? 分からない分からない。
ただ不快で行き場のない、腹の中に揺蕩うような漫然としたドクドクとしたものが滾っている。これを沈めたいという思いはあれど、このままで居たいという思いもある。
私がそうこう思っている中で、ガチャリと扉が開き一筋の眩い光と、憎たらしく今にも死にそうな顔をした人が、食べ物を手にこちらへやってきた。
食べたい。食べたい。全て私が頂きたいと心に思えど、全く近づけない。足と手がこれ以上動かないのだ。毎度のことだ。私はいつもこのよく分からない不安なところにいつの間にか居て、定期的に私を操るかのように食べ物をより一層欲しくなった時にだけ、ご飯を持ってくる。さらにメインディッシュは食べさせてくれず、引っ込んでしまう。だが、今日は一味違った日だった。死にそうな人の他に、筋肉質でエネルギッシュな人とまだまだ小さくて幼い人がやってきた。
「これが狂犬って言われている子ですか。でもあまりにも可哀想ですよ。こんな鎖や手枷足枷で雁字搦めにして」
「そうは思うかもしれませんが、この子は私達には到底手の負えない子供でして、今までもこういう子が居ない訳ではなかったんですけれども、この子は今までの子たちよりも段違いに暴れん坊でして、仕方なくこのような処置を取ったのです。可哀想だという気持ちも分かりますが、こうでもしないと、他の子供たちが怪我をしてしまう」
「お父さん……この子が良い。可哀想……」
幼い人が小声ながらも確かな意思を持ってお願いした。
「お嬢ちゃん、悪いことは言わないからこの子は辞めたほうが良い。あの縛りを解いた瞬間に襲いかかって来るようになる。髪の毛を毟ろうとしたり、服を剥がそうとしたり、いきなり噛み付いてきたり……」
「でも、この子が良い!」
「娘がここまで言ってるんです。お願いします。この子を私達に授けてくれませんか?」
筋肉質でエネルギッシュな人が頭を下げて、死にそうな人に頼んだ。
「どうなっても知りませんよ。じゃあ、手続きをしましょう」
「愛梨、良かったね」
「やったー!」
そして幼い人がやがてこちらの方へ、やってきた。
「これからよろしくね? えーと、名前は…… すみませーん! この子何て名前ですかー?」
「どうやら保護した時から名前が無かったみたいで、私達もこの子には「狂犬」ぐらいしか呼んでなかった。なんなら、キミが好きな名前をつけていいよ」
「うーん、そうだな……」
しばし悩んだ素振りをした後で彼女は漸く決めた。
「じゃあ、この子が「リン」! リンちゃん! 「林」の中から見つかったから、「林」の音読みでリン!」
「良い名前だね」
筋肉質でエネルギッシュな人もそれに賛同した。
孤児院の叔父さんの「辞めたほうが良い」という発言をそのまま聞いていればどんなに良かったことなのか。