1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(40)
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ーー身動きも取れずに、闇へ包まれた混沌の渦にただ埋まっているような感覚。波紋のように揺らめく世界が、乗り物酔いを催したかのような、気持ち悪さを錯覚させる。ここはどこなのだろうか。すると突然、そんな闇を照らすような一縷の光が照らされる。それは三日月におとぎ話の中のような、そんな不可思議な思いをさせられた。だが、何故だろう。悪い気がしない。それどころかいつまでもこの光を見つめていたい。そんな思いへと駆り立たせてくれるーー
ガチャッっと近くから戸の開けたような音がし、何やらヒソヒソと声が聞こえる。というか今、自分は何をしているのだろうか。朧気な記憶を辿り思い返す。
(確か、リンと契約してそこから生徒会長と戦って……、っ! リンはどこに!?)
とそこまで思い返したところで思考が活性化したのか目を開けた。すると目の前には学内の外とはかけ離れている白い景色が広がっていた。歩き出そうとしても何やら足に力が入らない。手をあげようと力を込めると慣れ親しんだ重みが手にのしかかってくる。そこでようやく三日月は自分が今、ベットで横になっているという事実に気がついた。
「三日月! やぁ、僕だよ! 起こしちゃった? 丸一日も眠っていたんだから」
そこに居たのは裂葉と明治だった。三日月が寝ていたのは学校の保健室。昨日の決闘の怪我を直すために運んでくれたのであろう。
「リンは!」
間髪入れずにそう尋ねた。
「い、いきなりだね。そんな思い詰めなくていいよ。ほら、三日月がここに運ばれてからずっと、離れたくないって言って聞かなかったんだから」
と裂葉は三日月の右手の方へと指をさした。そこには頭を伏して寝ている幼気な女の子が居た。
「リン……ッ!」
「えっと、どこまで覚えているの?」
「あの時は無我夢中だったから記憶があまりないんだけど……」
「榎戀の説得と、被害の少なさを考慮して特別にリンと三日月は大赦されたんだって」
「本当に!」
少年のような眩い笑顔でそう答える三日月。
「い、いきなり元気になるね。ってかそうじゃなかったらここに居ないでしょ」
「礼は榎戀に言え。あいつが色々と根回しや今回の件の後処理を引き受けてくれた。こいつが言った通り、お前らを退治させずに学院に引き止めるよう、説得したのも彼女なんだから、な」
といきなり閉じていた口を開いて挟み込む明治。
「そうだね……お礼言わなくちゃ、だね。 あ、でも本当に二人はごめんね。色々心配かけちゃって」
「全くだ。お前は後先考えなさ過ぎる」
「別に良いよ。三日月が元気になってくれたなら、僕だって嬉しいかぎりさ」
辛辣にも取れる言葉であったが、明治の口角は上がっていた。やはり、長らく前へと踏み出せなかった彼が一歩前進したことは嬉しいのだろう。対する裂葉はその喜びを隠しきれなかったというよりかは隠さずに、素直に弁を述べてくれた。
「じゃあ、僕たちはこの辺で」
「あぁ、分かった。来てくれてありがとね!」
そして二人が戸を閉めた後、何やら一悶着ある音が聞こえてきた。




