1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(35)
「君はこれから僕の相棒になってくれないか?」
一切の御巫山戯も無い純粋で、混じり気も無さそうな口調でそんなふざけた事を口走った三日月だが、リンは表情も心持ちも穏やかとは正反対であった。
「な、何を言ってるんだお前は……正気か!?」
「正気だよ」
「妖と契約するとどうなるのかはお前も知っているんだろ!」
「リンも知ってたんだ」
「当たり前だ! アキノロトの話なんて私でも知っている……」
精霊使いが精霊を使役し、自らの霊力を高めつつ霊術を行使するのが基本であるが、実際に契約することが出来るのは魔族全般であり、精霊だけに限らず、妖とも理論上は可能である。しかし、妖は知性が知能が低く、凶暴であるため、使役するのが困難であるという理由と、妖の膨大な力に耐えきれず死んでしまうケースというのが定説だ。リンの言ったアキノロトという話は精霊の存在がメジャーとなったこの国の有名な御伽噺であった。
ーー昔々、人々に苛斂誅求を着せ、傍若無人の侭に振る舞う暴君・アキノロトが居ましたとさ。そんなある日のこと、ついに痺れを切らした人民たちは若き青年・シキを主導者としたクーデターを起こしました。アキノロトは兵にクーデター鎮圧を依頼するも、兵の多くは王の圧政に不満を持っていたので鎮圧に動くどころか、却ってクーデター側についてしまいました。クーデター側との交戦の末、王は命からがら城から脱出したものの、使役していた精霊を失ってしまいました。人民の王への不満は強く、彼を殺してしまえと憤ってました。王・アキノロトは力を欲しました。自分に反抗するものを全て根絶やしに出来るほどの圧倒的な力を。そして彼が選んだのは魔法の森で妖と契約することでした。従来の精霊の力では物足りないと感じたからです。結果として彼は妖と契約した瞬間に過度な妖術の重さに耐えきれず、押しつぶされるような形出亡くなったとされたのだーー
もっと教訓めいたエピソードもいくつかあるものの、この話の障りはこんなものだ。
「アレは所詮御伽噺にすぎないんだ。実際にやってみないと分からないだろ?」
このとき、彼は嘘を吐いた。確かにこの物語は御伽噺に過ぎないが、より強力な力を求め、妖と無理に契約して命を絶った例はいくつか確認されている。三日月もこのことは知っていたが、リンは知らないことを賭けたのだろう。実際に知らなかったようではあったが、彼女の不安を拭い去るのには力不足な言説だった。抱っこしていた彼女を影が出来ているとこに降ろし、上着を羽織らさせた。彼女はその場に力なくペタンと座り、ただ涙を流していた。
「それに、僕が今生きているのはキミに救われたからなんだ。キミのお陰の命なら、キミの為に使っても良いでしょう? というか、僕はこの命をキミの為に使いたい。相棒が亡くなってからずっと苦しかったんだ。これは君の生き永らえさせるためだけじゃない。僕がこれから恥じずに生きるためにも、キミを相棒にしたいんだ」
彼の言霊に触れ、心を動かされるリンだったが、彼女の不安は晴れずに居た。もし自分のせいで三日月が死んでしまったら?と考えると、その提案に「うん」ということが出来ずじまいであった。
「でも……でも……!」
「居たぞーー! ここだ!」
リンは最後の、一絞りの勇気が出せず、決断を決めかねていたが、そうこうしている内に見つかってしまった。
「ごめん、リンちゃん!」
彼女の手を取って握った。そして
「汝の思いを汲まん、故に、我に神の御加を」
「あいつ、まさかあの妖と精霊契約を?」
「死ぬ気なのか?」
口々にそんな声が聞こえるが、三日月は止まらなかった。
「今こそ、選ばれし力吾に宿らん 契約を!」
「三日月いいいぃぃぃ!」