1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(33)
「離せ! 離すのじゃ! お前に、私を、私を見捨てた不埒なお前にこんな辱めを受けるなんて、さっさと殺してくれ!」
三日月が着ていた上着を布団のように掛けながら、お姫様抱っこされている状態でリンはそう泣き叫んだ。
「お前なんか、嫌いだ、嫌いだ、なんで、なんで私を助けた!?」
三日月はずっと黙りながら、追っ手を振り切るために走り続ける。榎戀の度重なる電撃で身体中が痺れて立つのですらやっとのはずだ。それなのに彼は走る。何も言わず、何も語らず、走る。ただ走る。
「あそこで私をそのままにしておけば、良かったものの、どうしてここまでした!? いいや、あのときだって、街に出た私を大勢の人から退学の措置を覚悟でどうして庇った!? 贖罪のつもりか? 贖宥状になるとでも思ったのか? 愚かだ。お前は愚かな人間だ。」
「ああ、俺は愚かな人間だ」
突然、三日月が口を開き、彼女の問いかけに応答した。かなりの道を走り、専攻部の校舎の近くまで来てしまったようだ。専攻部は新たな魔術を発明するなど、魔術を究める人がここに集まる。魔術を用いた戦いなどを専門にしようとしていた人は軍関係の方に流れていくため、ここは高等部や中等部のとは違い、落ち着きがあり、平和的であった。そのため、一連のゴタゴタがあっても、全くここらへんは人気が無い。三日月は建物の陰に彼女を置き、彼はもう限界だと言わんばかりにふらつきながらも、膝を地に付き、バランスを取った。
「お前、バカ、ホントバカだ。何をしてるん……だっ……私はただの妖だぞ、どうしてここまでした……」
「恩を返したかったから」
「もう十分だ! 私はここで、この街で十分楽しい思いをした。妖である私が、お前たちみたいな人間と…… 恩ならもう十分だ……だから……」
「じゃあ、助けたかったから……かな? 榎戀にあんなになつくなんて思わなかったけど、あんなに楽しそうにしてると、さ……それと」
「本当は人間と一緒に暮らしたかったんでしょ?」
目を大きく見開き、呆然とした顔でこちらを見るリン。
「な、なんで、分かったの……?」
「人間として生活するためには服が必要だった。だから、服を入手したかったから、人間のがあまり居なくて、ギリギリ狼になれる早朝に五番通りに降りてきたんでしょ?」
優しげで、見透かしたような口調で話しかけた三日月に、リンはフルフル身体を震わせながら、涙を流していた。