1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(32)
「そんなことが……」
明治の口から彼が犯した疎かで、みっともない過ちの話を全部話した。この話をそのまま聞けば、なんて三日月は酷い人なのだろうと思ってもおかしくないのだが、長年三日月と面識がある彼女にはそんな感情を持つことはない。それどころか、話の終わり頃から肩をあげ、顔を覆い、嗚咽を漏らしていた。
「ああ、過去の亡霊にいつまでも取り憑かれている哀れな男だ全く」
「じゃあ、尚更行かないと、いけないじゃん……」
頬に流れていた塩水を袖で拭い、固く拳を握り締め、捻り出すように呟いた榎戀は歩み始めようとするが、彼女の左腕は明治に固定されたままだった。
「待て、バカかお前は」
「だって、私はあの子にあんな酷いことをしちゃったのよ! でも彼女は三日月の命の恩人のような人で、何も悪いことをしていない、それなのに殺されようとされてるなんてあんまりだわ! それに」
さらに顔を俯きそう囁いた。
「それにあんな顔の三日月なんて見たくなかった…… あの子から殴られたくもなかった……」
そう言い悄気ている榎戀。
「お前は三日月のことが本当に好きなんだな」
「ち、違う! そ、そんなんじゃない!」
単刀直入にヅケヅケとそんなことを言ってしまう明治、その発言により榎戀は顔を赤らめてしまう。
「悪かった。でも、ここから行ってどうするんだ。お前があの妖を庇ったらそれこそ、三日月の二の舞だぞ」
「別に良いわよそれぐらい」
急にトーンが落ち、そんな爆弾のようにドでかい問題発言をしてしまう。
「正気か。お前? お前の今の地位や階級を捨ててしまうことにつながるかもしれないんだぞ? 最悪の場合は退学だって考えられる。今の三日月を見てみろ、みんなから後ろ指指され、嘲笑されるような立ち位置に」
「……耐えられない」
ボソッとした声で呟いたため、至近距離に居た明治さえも聞こえず、思わず「え?」と聞き返してしまう。対する榎戀は作った握り拳をさらにキツく握りしめ、次は大きく大きく。
「耐えられないのよ! あの子がこんなに笑われていることが! あの子は友人のように相棒をユグ爺を大事にしていた。私が見た中であんなに自分の相棒を大事にしてる人は居なかった! あの子の不手際で、死なせてしまって優しいあの子は大きなショックを受けた。でも周りは、周りはあの子がそのショックから立ち直らせようとするんじゃなくて、侮蔑的な目で、酷く冷たい目であの子を見つめる。あんなに優しいから、傷ついてるのに! 酷い、酷いよ! 今はやっと、あの子の贖罪が出来て前に踏み出せるチャンスなの! それをまた奪い、あの子の心をまた壊そうとするなんて私は耐えられない。それなら、私が悪名を被った方が」
「家族はどうするんだよ。そこまで考えたか?」
「それは…… だけどこのまま見過ごすなんて私には出来ない!」
その時、何やら三日月たちが走っていった方向から何やら爆発音のような大きな音がした。
「三日月……!」
「離して、私は……!」
「何度も言っているだろう落ち着けって」
「もう落ち着いているわよ!」
「だ、誰か助けて……」
そう言い争っているとき、森から逃げてきた高等部の女子の子がそんなことを口走った。
「な、何を……」
梃子でも離さなかった明治がいきなり彼女の左腕を離し、戸惑う様子を見せる榎戀。そして明治はそんな女の子に問いかける。
「なぁ、森であのバカは何をしたんだ……?」
「じ、実は……」