1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(28)
振り返ってみると、そこには何十何百もの妖が犇めき蠕きあっていた。三日月は肩を担いでくれた二人には目もくれずに振り払い、ただただ一目散に走り出した。
「うわああああああああああああ!」
「おい、三日月!」
「お前さん!」
「何してるんだバカ!」
「あ、おい、ユグ爺! お前まで!」
彼の後を追うようにユグ爺が向かっていき、その他三人も後に続こうとはしたものの、妖の大群がそれを阻んだ。
無理だ無理だ無理だ怖い気持ち悪い嫌だ。そう思いながらあてもなく走っていると、突然目の前に崖が現れた。ギリギリで踏み留まろうとしたが、寸前で間に合わず斜面を転げ落ちた。
身体中のあちこちが痛かったが、幸い骨が折れてるなどの深刻な怪我は無いようだった。そのことを確認し追いつかれる前に逃げようと思ったけれども、ここで彼は三人を置いてきてしまったことに気が付いた。
(大変なことをしちゃった…… 戻らないと……)
そうは思ったけれど、彼の足は全く動かなった。さながら金縛りにも遭っているのが如く。
(動け、動けよ、僕の足……!)
だが気持ちは完全に竦んてしまって、全く動かなかった。
三日月は虫が嫌いだった。昆虫とかそういう犇めきあっている気持ち悪いもの。小さい頃から公園で遊んでいてもずっとその虫嫌いは克服せず今に至る。一匹や二匹の妖なら、彼も見慣れているため、そこまでの嫌悪感は持たないが、大量の妖が犇めきあう様は巫蠱の壺の中のようで、虫やらそういった生き物が苦手な人はまず直視出来ないであろう。その群衆が自分の命を狙っているとなると尚更だ。しかも「言霊」という霊力を運ぶ手段を使って発動する霊術は、そのような半狂乱状態だと、上手く呪文が言えなかったり、声が小さかったりと中々上手くいかないものなのだ。
自分のたったこれだけの嫌いなものというので、仲間を見捨て逃げ出してきてしまったという不甲斐なさと惨めさ、更にはこんなどこかも分からないところに迷い混んで来てしまったという恐怖も相まって、三日月はただただ泣き出してしまいたかった。だが、そんなことは出来る筈がない。暗くてよく見えないが、きっと近くには妖がいるに違いない。
しかし、そんな状況を打破するかのようにある声が聞こえる。
「おーい、お前さん、どこにいるんじゃーー!」
崖の上からそのような声が聞こえた。その声を聞いた三日月は今にも泣き叫びたかったが、感情を押し殺し、涙を拭いて「ここだよ! ユグ爺!」と叫んだ。そして、それに気がついたユグ爺は近くへと降りてきた。
「お前さん、三人が待ってるんじゃ。上がれるか?」
「無理だよ、ユグ爺…… 立てないんだ」
「なんじゃと! 骨折でもしたのか?」
「そうじゃない、ただ、ただ、足が、動かない」
消え入りそうな声でそう絞り出した。
「なぁ、ユグ爺、本当にどうしたらいいんだ……」
「お前さん、一回落ち着け」
「落ち着けって言われても、落ちt……」
その瞬間、カサカサッという葉擦れの音が鳴り、息を潜めた。そして何やら妖が現れた。暗くてどのような種類なのかは分からなかったが、「空虚な森!」と叫び、上手く霊術が実行出来たためにそいつは居なくなった。
「お前さん、やはり強い。自信を持て、気持ち悪いのかもしれないが、全て灰にすればいいのじゃ」
「それ、は、だいぶ難しいと思うけど……」
しかし、その妖が居たところから不気味な光が漏れていた。その瞬間、何やら、怪火が飛んできた。嫌にも明るくなったため、周りの全貌が見えてしまう。すると、そこには夥しい数の妖が蠕いていた。
「うわああああああ!」